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その2:撫子と白藤

悪天候で服が乾かなかった。


ここ最近、悪天候が多くて服が非常に乾きにくい。

洗濯係も、感想を優先するのは恩寵を受けし者の方々が着用する衣服。

当然と言えば当然だ。

鳥籠には格差がある。

恩寵を受けし者が何よりも優先され…籠守は…。


「今日も着替え待ちかぁ…」

「乾燥機が空き次第、順番に乾燥機を使って頂戴」


一部を除いて、乾燥室前に待期していた。

恩寵を受けし者の衣服が乾き次第、籠守達は衣服を乾かせる。

しかし早い者勝ちというわけではない。

恩寵を受けし者の事情を考慮し、それに合わせて“早く戻る必要がある者”を優先して乾燥室に案内している。


「ほら浅葱。順番空いたわよ」

「へ〜い。あ、白藤殿の分もやりましょうか」

「これぐらい自分でやるわ。鳩羽の分のワイシャツもあるし…」

「自分の分はともかく、鳩羽様の分は洗濯係に任せたらいいじゃないですか。恩寵を受けし者の分でしょ?」


「…鳩羽のことは誰かに任せず自分でやりたいのよ」

「…お熱い事で」


「浅葱、何か言ったかしら?」

「いえ。白藤殿が鳩羽様を愛されていることがよく分かります」

「…貴方も大概じゃない?」

「私はまだ感情を言葉にしていませんので。それでは」


立ち去る浅葱の髪の間から覗く、黄色の石のピアス。

左耳にしかつけられていないそれの意味を撫子は「浅葱のことだから、両方穴を開けるのが面倒くさくて左耳だけなのね」と思っているが、実際のところはそんな馬鹿みたいな理由で片方のみ着用しているわけではない。


現状、彼女でも定まっていない気持ちの答えに辿り着けるのは、その先に連れて行かれた白藤だけなのだ。

撫子はそんな二人の理解し合っている会話を理解できず、首を傾げることしかできない。


こういう時「疑問をぶつけてみては?」と考えに至る。

しかし、何となく撫子は二人に疑問をぶつけるのが怖かった。

自分が知らない、まだ理解ができない世界の話をされる気がしたから。

浅葱が乾燥室に向かうのを見送り、白藤と撫子は順番待ちを再開した。


「ねえ、撫子」

「はい、白藤籠守長」

「確か、報告所に上がっていたのだけど…撫子は浅葱が専属をしている金糸雀様とお友達になったのよね?」

「え、ええ!彼女の権能を安定させるためにも、外部との接触は多い方がいいだろうと、上下関係なく、仲良くさせていただいています」


「あの金糸雀様が、外部との接触を図ろうとしているのが意外なのよね…。今までそういう傾向がなかったから」

「そ、そうなんですか」

「浅葱との出会いがきっかけだと思うのだけど…撫子は理由を知らない?」

「いえ、私は全然…。浅葱の誘いで、金糸雀様とも最近話すようになった間柄ですし…」

「でも、貴方は凄く金糸雀様に気に入られている様子だったけど」

「私も驚いたのですが、金糸雀様は社交的な性格の方なんですよ」

「そうなの…」


白藤に隠し事をするのは気が引けるが、これも彼女の為だ。

鳥籠の中には、恩寵を受けし者がかつて人だった時期の本名を知ってはいけないという規則が存在する。

浅葱の姉や、白藤の妹みたいにかつての身内が偶然ここにいて、予め本名を知ってしまった…なんて場合は見逃されるが、基本的に知ったら籠守を解雇。

恩寵を受けし者が役目を果たすまで、地下牢で過ごす事になる。


撫子は、浅葱が目的を果たす手伝いをするため、予め浅葱が知る情報を頭の中に入れていた。

金糸雀と椋の本名を知ったのはその際である。

ここで「実は金糸雀様は浅葱の幼馴染」なんて言えば、色々とご破算である。

彼女がここに来るまで協力してきた撫子からしたら、それは絶対に避けなければいけない。

一年の間だけは、浅葱と金糸雀は主従でなければいけない。


「そ、そういえば!白藤籠守長は最近鳩羽様とよく一緒にいますよね!いつも一緒なのは変わりませんが、距離が近いように感じて…」

「そ、そうかしら…?そう見える?」

「え、ええ…まあ」


話を変えるために話題に出したのは、白藤自身と彼女が専属で仕える鳩羽の話題。

二人は人事異動の激しい鳥籠で唯一、九年間一緒にいたコンビだ。

元々距離感が近い二人だったが、最近は更にその距離感が近いところをよく見る。

二人で並んで腰掛けるのは当たり前なのだが、今は寄り添っている…と、いった具合に。


「…息抜きが、過ぎているかもしれないわね。籠守長に相応しい振る舞いをしなければ」

「あまり根を詰めすぎないようにされてください。以前の様な事があっては…」

「そうよね。わかっているわ。心配してくれてありがとうね、撫子」


顔を真っ赤にさせて大慌て。

紅潮した顔の熱を冷ますように、手のひらで顔に風を送ってみたり、頬を両手で挟んでみたりしているが…治る気配はない。

この会話でどこにそんな赤くなる要素があるのか、撫子は考えた。

しかし答えは出てこない。


「うぃっす〜。撫子、終わったよ」

「ああ、浅葱。早かったわね」

「新橋の分適当にしたからね」

「ちゃんとしなさいよ。貴方がへし折ったんでしょ、彼女の腕…」

「正当防衛だよ」

「それでもよ。やるべき事はちゃんとやりなさい。自分のも雑じゃない」

「撫子ママ痛い…」

「自分より三歳年上の娘を持った記憶はないわ」


「…で、何これ」

「さあ…」


腰をくねくねし始めた白藤を、浅葱はその場に腰掛けて観察し始める。

撫子は浅葱に拳骨を一発入れた後、浅葱と新橋のワイシャツを片手に乾燥室へ踏み入れた。


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