その16:小豆の一日 そのよん!
さあ、午後の時間ね。
「なあ、小豆。本当にやるのか…?」
「ええ!小豆が力を示すことで、雀様の籠守として志気を高められたらって思って!」
それに、雀様だけを置いて面談をさせて見えた光景もある。
———籠守もどうせ、我々と同じぐらいだろう?
あの未踏開拓軍の二人は例外だとしても、残りの八人は大して変わらないはずだ…と。
ホント心外!どんな相手が来ようとも、小豆一人で雀様は守り抜けるし!
…撫子と山吹は分からないけれど、少なくとも他の面々は一人で主を守り抜く力量はあるわ!
この模擬訓練の参加は、私の腕試しが主だけど…表向きは雀様の側にいる私の実力を示すこと。
衛兵を指揮する雀様の籠守が強いこと。
そして恩寵を受けし者を守る立場にいる籠守もきちんと訓練を積み、強いことを証明するのが小豆の仕事。
訓練に参加するため、動きやすい衣服に着替え、雀様と共に衛兵達が訓練を行う広場に出る。
待ち人は既にそこにいた。
「や、小豆」
「こんにちは、浅葱。露草も」
「ああ。さて、浅葱。準備始めろ」
「うぃー」
やる気のない返事をしながら、浅葱は腕を軽く動かして準備運動を始める。
「…てっきり、動きやすい格好をしていると思ったのだけど」
「籠守の戦闘は基本的にこの衣服で行うことになるだろうからね。そのままにした」
「なるほどね!それなら小豆も着替え直してくるわ!模擬訓練だもの。普段を想定した格好で行わなきゃね!少し待っていて!」
急いで自室に戻り、制服に着替え直す。
部屋と広場の行き来で身体は十分温まった。
軽く息を整えた後、呑気に欠伸をしている浅葱の前に立つ。
「身体は十分温めたわ。準備はバッチリよ」
「もう少し休まなくていい?」
「お気遣いありがとう。でも、これ以上は皆を待たせちゃうわ」
「ん。じゃ、始めようか」
「お願いする…わっ!」
開始の合図が鳴った瞬間、目の前の浅葱が私の背後に位置取り、拳を振り上げる。
なるほど。これが未踏開拓軍の猟犬と言われるだけあるわ。
いい瞬発力をしているけど!
「…動きが分かれば、受け止められないこともないわ」
「ふむ。いいね」
攻撃が避けられても次の手がすぐに繰り出される。
高い瞬発力にものを言わせ、様々な手法で攻撃を繰り返す。
その中でも印象的なのは鞭の様にしなやかに動く足。
浅葱の足が私の腕を目がけて横切り、重い一撃を与えてくる。
「っ…」
空中で体重も上手くかけられていない筈の蹴りはなかなかに重い。
位置取りした場所から動かないことが目標だったけど、無理な話だったみたい。
勝負事に遊びを持ち込むんじゃなかったわ。
楽しい。久しぶりに歯ごたえがある時間が過ごせそう。
「でも、不意打ちは可愛くないわね!」
一撃をしっかり叩き込む。
けれど、軸がしっかりしているのか…攻撃を与えても浅葱の重心がブレる気配は一切ない。
流石ね。これが戦って生きてきた人間。
生半可な気持ちで挑んじゃダメね!
「…いい腕をしているね。予想以上だよ、小豆」
「そう。じゃあ続けて」
「まった小豆」
「勝負に待ったは許されないわ」
「いや、お願い。後で何でも言うこと聞くから。マジで頼む」
「なんでよ」
「…腕折れてるっぽい」
「は?」
「おい、浅葱。今なんて」
「ほら、めっちゃぷらぷらしてる」
浅葱は申し訳なさそうに、力なく揺れる右腕を小豆達に見せつけてくる。
流石の浅葱も、その顔は真っ青だった。
「「はああああああっ!?」」
「ごめん。めっちゃ痛い。待った聞いて」
「聞く!聞くから早く医務室に連れて行くからぁ!?」
「あ、運んでくれるんだ。あれ、私…小豆に胴上げ…なんで…私、体重は七十は間違いなくあるんだけどな…片手で持ち上げるとか小豆やばくね…」
浅葱を担ぎ、医務室へ向かう。
なんで、なんでなんでなんで!?
なんで骨が折れるの!?
◇
小豆がいなくなった広場。
愕然とする衛兵の皆さんを帰還させ、私はぽかんと口を開けている露草さんへ声をかけた。
「大丈夫か…?」
「あ、勿論。大丈夫だ。しかしあれは…」
「小豆は怪力でね。自分は全然自覚していないが…その、自分を鍛えていることもあって…」
「籠守になる前のあだ名、もしかしてもゴリラ?」
「そうらしい…」
「冗談で言ったのに…」
「普段は無自覚で抑えているんだが、こういう場ではよく加減ができなくなってな。おそらく、筋力一点においてはお前達を越えているだろう」
「でしょうね…」
「小豆が満足できる相手ができたと思ったが…流石に人間相手じゃだめか」
「…今度の遠征に連れて行ったらダメです?」
「ダメです嫌です許しません。小豆さんは私の…あっ」
「聞かなかった事にするんで、遠征…」
「聞いたことにしていいですから…遠征には連れて行かせませんからね!小豆さんは、私の籠守なんですから!」
「タコみてぇ…」
露草さんがおかしな事を言いますが、私はいたって普通です!
決して!真っ赤で、ふくれっ面なタコではありません!




