第三章~⑭
「今日はこれで失礼します。利也さんの通帳や佐知さんの高岳氏に対する借金の件は、管財人と相談の上で後日改めてお伺いした時にお伝えしたいと思います。それまで少しお時間を頂けますか」
「分かりました。お手数をお掛けしますが宜しくお願い致します」
佐知達は揃って彼らに頭を下げた。そして玄関まで見送ったのである。
刑事達が去った後、十年振りで高岳についてなど色々話し合った。他にもそれまでの認識の誤りを正し、今後の生活をどうしていけば、高岳の遺志に沿えるだろうかと語り合った。
「もし佐知さんが、今お付き合いしている人と真剣に交際するつもりなら応援する。借金が片づけられれば、僕はこの部屋から出て一人暮らしをするよ」
「ちょっと待って。まだそんな関係じゃないから。でも利也の気持ちは有難く受け取っておく。高岳さんは私達が過去の生い立ちや経済的困窮に負けず、幸せになることを望んでくれていたんだと思う。これからどうなるか分からないけど、それだけは忘れないでいようね」
「うん、分かった。そうだ。高岳さんのお墓はどこにあるんだろう。刑事さん達なら知っているよね。今度一緒にお参りに行こう」
「そうね。今度また来ると言っていたし、お金の件が全て片付いたら、お礼を兼ねてお墓の掃除もしよう」
その頃には二人の涙は乾き、笑いあえるようになっていた。けれどまだ一つ、解決していない疑問が残っている。だがそれも彼らと次に会えば分かるだろう。
そう割り切った佐知は利也に尋ねた。
「今日はブランチだったし、沢山話をしたから疲れてお腹も空いたね。今日の夕飯は少し早めに作ろうか。何が良い」
「何でもいいよ」
「そういうのが一番困るって、いつも言っているでしょ」
「だって佐知さんが作るものは何でも美味しいからさ。それとも久しぶりに僕が作ろうか。ひき肉はある? ピーマンとキャベツと卵、それと玉ねぎはあったよね」
「全部あるわよ。何を作るつもりなの」
「ピーマンの肉詰めと、野菜炒めパスタにしようかな」
「いいわね。一緒に作ろうか。手伝うわよ」
「じゃあそうしよう」
佐知達は立ち上がり、揃って台所へと向かった。手を洗い野菜などを先に取り出し、分担し切っていく。
こんなちょっとした幸せでも大事にしたいと思った。利也がここを出て一人暮らしを始めれば、できなくなるかもしれない。それにもう高岳には叶わないことだ。そう考えるとまた目に涙が滲んだ。
そんな佐知に気付いた利也が言った。
「どうしたの。大丈夫」
「うん、ちょっと玉ねぎがね」
「そういう時は、割り箸を咥えるといいらしいよ」
「聞いたことあるけど、いちいちそんな真似をするのも面倒じゃない。割り箸も洗ったりして使い回さないともったいないでしょ」
「確かに」
再び笑いあいながら、二人の刻むトントンという包丁の音が狭い台所で反響していた。
*
五十音図を書き、鍵の法則が予想と間違っていないことを確認した私は、まめさ うおゆかとえまあの、が何と書かれているのかを解読した。
だがその意味を読み取ることは困難だった。これは間違いなく高岳弥之助が私に向けて残したメモに違いない。だからこそ、その意図を訝しんだ。
そもそも、何故こんな回りくどいものを残したのか理解し難い。その為、メモが挟まっていた資料以外の書類を再度確認してみた。
すると杁中利也や佐知の他に、直子や久弥、さらには複数人の周辺を洗った調査報告書が残されている事が分かった。もちろんその中には、私や勤める会社に関するものも含まれる。
その調査書の中身を、今度はじっくりと読んでみた。そこで横書きされた文章のいくつかの部分に下線が引かれている事に気付く。そこから、彼が私を指名した思惑の一端が垣間見えた。
それでもまだ腑に落ちない点がある。
しかしもっと大量にあった資料などの中から、これらだけが残されていた事実。杁中利也という、第三者名義の通帳と記された文字。それをヒントに辿って発見した、暗号メモの存在とその内容を鑑みれば、病院のベッドで何度も繰り返された言葉の裏には、隠されていた遺志があったと解釈せざるを得ない。
その為、私は他の資料の中身も精査し始めた。




