第三章~⑫
まだ何を聞き出そうとしているのかと警戒しながらも、利也の前で拒否はできないと思い頷いた。
「はい。なんでしょう」
「利也さんがいる手前、十年前に関係を断ったかに見せ、引き続き陰ながら経済的支援をしていたと理解できました。では先程おっしゃった、弟さん達からあなたを守るという話はどうされたのですか」
「詳しくは聞いていませんが、恐らく高岳さんは弁護士さんにお願いしたのかも知れません。任せておいてと言われた後、弟達からは一切お金をせがまれなくなりましたから」
「それは十年前からですか」
「はい。大体そうです。元々その頃、一番下の妹が大学を卒業して就職も決まっていましたし、私達が受け取った賠償金などを含めた保さんの遺産も、ほぼ底をついていたからでしょう。もう搾り取れないと諦めたのかもしれませんし、高岳さんからの圧力があったのか連絡してこなくなりました。それに妹はその後それなりに稼ぎのある人と結婚しましたし、弟達もそれぞれ家庭を持ち始めたりしていました。だから余計なトラブルを避けたのではないでしょうか」
「そうはいっても姉弟ですよね。一番上のお姉さんは別としても、全く連絡をしなくなった訳ではないでしょう。例えば結婚されたのなら式に呼ばれたり、子供が生まれたらその報告をしたりされるはずではありませんか」
「年賀状のやり取りだけは続けています。ただ結婚式には呼ばれませんでした。親戚付きあいもしていません。やはり彼らはまだ私を含め、保さんや利也に対する憎しみを持っていたのだと思います。ですから私も敢えて距離を取るようにしてきました」
「そうでしたか。ではここ十年程、全く会ってもいないのですか」
「はい」
「分かりました。そういうことだったのですね」
ようやく彼らは納得してくれたようだ。これで解放され、利也は残された通帳を受け取れるだろう。まだ高岳さんへの借金問題が解決していないけれど、それはなんとかなるはずだ。借用書は残っているだろうが、いつまでに返さなければならないという期限は設けていない。無利子だとも明記している。もし別の債権者が現れても、僅かずつだが返す意志さえ見せればそう揉める心配はないだろう。
それに松ケ根の口振りだと、借金は佐知に対する遺贈として処理される可能性を匂わせていた。税金がかかった場合は面倒だが、そうでなければ支払わなくて済むのかもしれない。
そう考えると改めて高岳に感謝した。そしてやっと刑事達の尋問から逃れられる。そう胸を撫で下ろしていたところ、飛んでもない質問が飛んできた。
「そういえば、佐知さんは今お付き合いされている方がいるっしょ。どんな人なんすか」
再び砕けた吉良の口調に、佐知より早く利也の顔が強張った。
「な、何をいきなり言い出すんですか」
「あっ、駄目だったか。そんなに慌てている様子を見ると、利也さんには内緒だったんすか。今年になって旧姓に戻したと聞いたから、てっきり相談されているのかと。俺の早とちりっすね」
否定しようかと思ったが、これも後で利也に知られるより、今話してしまった方が良いと考え直した。
「お付き合いという程、深い関係ではありません。ただ時々食事に誘われたり、お買い物に付き合って頂いたりする程度の仲です」
「そんな人が、いたんだ」
利也はショックを受けたようだ。彼が佐知に対して特殊な感情を抱いていることは、高岳との件以降の振る舞いにより感じていた。
彼とは血が繋がっていないけれど、元親子であり結婚はできない。また佐知もそこまでの関係は望んでいなかった。今年彼は無事就職してくれた。今後奨学金やその他の借金を払い終えれば、晴れて家庭を築けるだけの経済力が持てるだろう。そこまでいけば、親としての役目は果たせたと言える。
彼の将来を考えれば、佐知とは距離を置いた方がいい。そう考えていた。だがまだそれまでもう少し時間がかかる。よって男性による誘いはあっても、一線を越えたいとまで思えなかった。
けれど利也がいなくなれば、佐知は一人きりだ。もう今年で四十四になる。老後を考えた時、利也の邪魔にはなりたくない。だからパートナーがいたらいい、とは思っていた。とはいえあの人は今のところただの友人以上恋人未満で、その候補にも挙げられない方だ。
「失礼ですが、その方とはいつ頃からお知り合いですか。高岳氏は、その人の存在を知っていましたか」
松ケ根の質問に佐知は首を捻った。
「はっきりお話した事はありません。知り合ったのは一年弱くらい前なので、ご存じなかったと思います。ただあの人は鋭い人なので、もしかすると電話で近況報告を兼ね雑談をする内に、何となく気付いていた可能性は否定できません」
「そうですか。ちなみに名前は何という方でしょう」
「そんなことを、何故聞くのですか」
「いえ、実を言うとあなたがおっしゃった通り、高岳氏はご存じだったのかもしれません。ですから教えて頂けると助かるのですが」
何が助かるというのか。そもそも彼らは一体何の権限があって捜査とも言えない真似をするのかが、未だ不明のままだ。よってこのまま無視しても良かった。
しかしこれも利也の耳には入れておいた方が良いと考え答えた。その名前を聞き、彼らは首を傾げながら再びタブレットを取り出し、こちらに突き出した。
「もしかして、それはこの方でしょうか」
「そ、そうです」
何故彼の顔写真を持っているのかと佐知は驚いた。しかもどこかで隠し取りしたものを拡大したように見える。利也は横から興味深く覗き込み、険しい顔をした。




