第三章~① 佐知の秘密
利也との通話を終えた佐知の手は震えていた。午前中に訪ねてきた刑事は、恐らくずっと外で見張っていたのだろう。だからコンビニに行くと一人出かけた利也を捕まえ、話を聞き出したに違いない。
持っていたスマホで改めて時間を確認した。もう十四時近くだ。つまりかれこれ一時間以上、刑事達と話していたことになる。
しかも電話の向こうで、聞き捨てならない言葉が投げかけられた。かつて利也が渡した通帳の中身に、高岳はこの十年で一千万以上振り込んでいたというのだ。
月々九万円余りと言っていたから、年換算で百十万円以内に抑える為だったと直ぐに気付く。どうやら彼は贈与税がかからないよう、利也の為にお金を貯めてくれていたらしいと理解した。
年百十万円という金額やそうした知識は、彼から教わった。その他にも、この社会で生き抜く為の知恵など色々と学んだ。
しかし刑事達によれば、既に彼は亡くなっているという。当然そんな事は聞かされていなかった。
利也は殺されたのかもしれないと言っていたが、さすがにそれはないだろう。ここから少し離れたS市に住んでいるとはいえ、あれほどの資産家がそんな事件に巻き込まれていたなら、もっと大騒ぎになっているはずだ。
それに佐知が知る限り、彼は独身で子供もいない。そうなると相続をするのは彼の身内になる。どれだけ相続人がいるのかよく知らないけれど、遺産は相当な額になるだろう。下手をすれば、ドラマや小説などでよく目にする相続争いが起こってもおかしくはない。
もしかするとその一環で利也の通帳が見つかり、しかも一千万円もの大金を預けていると分かったのだろうか。
けれどそんな事だけでわざわざ警察が出てくるとは考えにくい。その上利也が言ったように、殺人など凶悪な犯罪を主に捜査する捜査一課の刑事の出番なんてないはずだ。
しかし実際彼らが利也から話を聞きだす為、外で待ち伏せしていたのは間違いない。佐知は不吉な予感がした。一体彼らは何を聞きたいというのか。高岳との関係をどこまで知っているというのか。
先程からずっと胸騒ぎが治まらなかった。室温はそれほど高くないはずなのに汗が止まらない。ビクビクしながらも彼らの到着を待つしかないのだ。
そう覚悟を決めていたのに、手はびっしょりと濡れていた。
落ち着かないので、ソファから腰を上げてうろうろと歩き、洗面所に掛けていたタオルで汗を拭っていると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
利也の声がして姿が見えた。
「お、お帰り」
緊張で喉が渇いていた為に掠れた声で答えると、靴を脱いで上がった彼の背後から、二人の男が現れた。
「失礼致します」
頭を下げながら素早く中に入り三和土に立った彼らは、後ろ手でドアを閉めた。その様子から、隣近所の目を気にしてくれたのだと分かる。よって意外に良心的な人達らしいと感じられた。
そこで少しだけ警戒心を解き、上がるよう告げた。
「こちらにどうぞ」
ソファに座るよう促すと、二人はもう一度頭を軽く下げてから部屋に入って来た。
このアパートの間取りは狭いながらも一応二LDKだ。リビングダイニングには、テレビを観る時などに使う二人掛けのソファと、その前に低いテーブルを置いている。それらの右横に食卓と椅子二脚が並んでいた。部屋はそれだけでもう窮屈な状態だ。
滅多に人を招く機会が無い為、四人が座るとなれば彼らはソファ、佐知達は椅子に腰かけるしかない。配置により一見してこちらの意図を理解したらしい彼らは、すんなりと腰を下ろした。
利也も黙って椅子を引き席に着いた。佐知は座る前に声をかけた。
「お茶を出しますね。温かい方がいいですか。冷たいものなら麦茶しかないですが」
「お構いなく」
年配の刑事がそう言ったが、短時間では済まないだろう。その間、何も口にせず話をするのはこちらの喉が持たない。
その為、彼の言葉を無視して台所に回り、冷蔵庫から麦茶が入ったボトルを取り出した。コップも四つ用意し注いでいく。
その様子を利也や彼らは口を挟まなかった。冷たい飲み物の方が、動揺して顔などが火照った場合に良いだろう。そうした佐知の勝手な考えで用意した麦茶をそれぞれの前に置き、最後に腰を掛けた。
それを見届けたからか、若い方の刑事が口を開いた。
「いきなり押しかけてすみません。先程も名乗りましたが、私はS署の吉良と申します。こっちはS県警の松ヶ根です」
最初に来た際渡された名刺は、予め食卓に置いていたのでもう一度確認する。どうやら年配の刑事が捜査一課所属らしい。比較的愛想が良い吉良と違い、一見取っ付きにくい感じがする人だ。といってそれ程怖い印象は無かった。
正面に座った利也は、俯いたまま視線を逸らしていた。佐知に黙って彼らと話をしたから気まずいのだろう。それを今更怒っても仕方がない。よってやや用心しながら尋ねた。
「それで一体、どういうご用件でしょうか」
「先程、高岳弥之助氏が亡くなられたとお伝えしましたが、ご存知なかったようにお見受けしました。利也さんには確認しましたが、佐知さんはどうですか」
早く確認したかった話の一つだったので、素直に答えながら質問もした。
「私も知りませんでした。もし聞いていたら、お葬式には顔を出していたと思います。でも新聞などで、そうした記事は無かったように思いますけど。あれほどの資産家ですから、地方版の欄にでも訃報記事が載るものではないのですか」
「最近は遺族が掲載するよう依頼しなければ、余程の有名人でない限り滅多に載らないようです。それに事件や事故で亡くなった訳でもありませんし」
そこで恐る恐る尋ねた。
「ということは病死、ということでしょうか」
「はい。二年ほど前にすい臓がんが見つかったそうです。一応手術をしたようですが完治は難しかったらしく、途中から放射線治療などもしなくなり、自宅で緩和ケアに勤めていたと聞いています。ただ亡くなる二か月ほど前には痛みが激しくなって入院し、その後息を引き取ったそうです。それが二週間ほど前になります」




