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第二章~⑪

 後で聞いたが、あの時口にしたような店ごと買い占めはしなかったけれど、株を買っていたという。全国展開はしていなかったが、関東地域でそれなりに店舗数を誇る中堅企業だ。よって投資先として悪くないと思ったのか、大株主の一人に名を連ねたらしい。

 あの事件がきっかけで、本当に会社の本部と連絡を取り話し合った縁から、そうなったと聞いている。また事後、再び騒動が起こっていないかを確認する為、視察も兼ねていたようだ。

 大声を出し県議を威喝し騒ぎを収めたまでは良いが、そうした行動により意図しないトラブルが発生しないか、彼は心配だったのだろう。特に彼女や利也が苛められはしないか、と不安だったらしい。

 けれどそれは杞憂だった。その後店長を始め他の店員やパートさんは、彼女に一目置き始めたらしい。皆優しくなったそうだ。その上学校の先生達にも騒ぎの様子が伝えられたようで、利也は勇気のある行動を取ったと褒められ、取り巻く友達が増えた。

 威張っていた六年生の男子が、皆の前で泣いて恥をかかされたからと逆襲してくることも無かった。それどころか彼は父親から見放されただけでなく、周りの友達からも遠ざけられたらしい。

 日頃から傲慢で悪さばかりしていたから、元々嫌われていたのだろう。父親の力が通用しないと分かり、取り巻きだった子達も離れたのを機に、大人しくせざるを得なくなったようだ。

 おかげでそんな彼らに虐められていた六年生やその下の子達は解放され、そのきっかけとなった利也を可愛がってくれたのである。よってそれまで以上に過ごしやすい学校生活を送れるようになったのだ。

 そうした経緯もあり、恩に感じた彼女も彼に感謝し、顔を合わせれば気さくに話をするようになったという。彼は彼で年が半分しかない若い女性に慕われ、悪い気がしなかったと思われる。

 また親しくなるにつれ、家庭事情をより詳しく知ったのだろう。事故で夫だけでなく父母も失った上、血の繋がらない連れ子の利也を彼女一人で世話してきた背景や、困窮する経済事情まで耳にしたようだ。

 苦しかったのは彼女だけでない。その弟や妹達も親を失った為、社会人になった弟達三人は一緒に暮らし、支え合っていた。事故後、遠方に嫁いだ姉を除いた四人で暮らす話もあったけれど、利也がいた為にそれはできなかった。

 というのも当時一番下の子はまだこれから受験を控えていた為、幼い子がいれば邪魔になると思われたようだ。さらに大学生の妹や社会人になりたての弟は、自分達の両親を殺した人の、血が繋がらない幼子と一緒に暮らすなんて嫌だと陰で言ったという。

 厳密にいえば父達を殺したのはトラックの運転手だ。運転していた父のせいではない。ただそんな理屈は通用しなかった。父が彼らの親を連れ出していなければ、事故に遭わなかったのではないか。

 そう考え憎むことで、彼らは親を失った悲しみを埋めるよう心のバランスを保っていたのだろう。よって妻だった佐知さんも、遠ざけられてしまったのだ。 

 唯一彼女の姉だけが、それは間違っていると三人を諭してくれたらしい。けれど、若くして親を失った彼らには伝わらなかった。それに佐知さん自身が申し訳ないと責任を感じ、決して裕福でない経済事情を抱えながらも、時々弟達にお金を渡していたという。

 罪滅ぼしのつもりだったのだろうが、それでも働きながら子供を一人で育てるのは大変なことだ。彼女も色んな悩みを抱えていたに違いない。それを時折高岳さんにぶつけていたと思われる。

 そうして二人の距離は近づき、彼と三人で会って食事をするようになった。家にもやってきて、豪勢なお弁当や総菜を持ってきてくれ一緒に食べたり、美味しい果物やお菓子を貰ったりもした。

 最初の頃、利也は高岳さんが大好きだった。彼が訪れると、彼女はそれまで見せたことのない笑顔を見せるようになったからだ。

 また彼は利也にとって、余り記憶にないお祖父さんの役割を担ってくれた。時には母子家庭で欠けていた、父親の匂いさえ漂わせてくれたのである。

 利也は勉強が得意で、成績も良かった。いい点を取れば彼女が喜ぶと、幼心に学んでいたからだ。それを知った高岳さんから五年生になった時、中高一貫の進学校に行かないかと勧められた。

「そういう学校に入れば、地元でいたあの先輩達のような子ではない、もっと話が合う友達や先輩と一緒になれる。それに勉強ができればいい大学に合格できるし、沢山お金が稼げる会社に入社できる可能性は高い。そうすればお母さんを楽にさせられるんじゃないか」

 佐知さんが一生懸命働き、お金に苦労している事だけはなんとなく理解していた。それに難しい問題が解ければ楽しい。また成績が良ければ彼女達も喜んでくれる。

 そうした単純な動機で、勧められるがまま利也は塾にも通うようになり、受験に向かって努力し始めたのだ。

 当時はまだ子供だったから、進学校はほとんどが私立でどれだけの入学金や授業料などのお金がかかるなんて、良く分かっていなかったからできたのだろう。

 けれど大きくなり様々な知識を身に着ければ、自分が置かれた環境も察知するようになっていく。とはいえ目の前には中学受験合格という目標があった為、全てに目を瞑った。

 そして無事合格し、お祝いをする席に着いた時、利也はようやく目が覚めた。高岳さんは単なるお金持ちのお祖父さんではない。佐知さんに好意を抱く、一人の男性だったと気付いたのだ。

 やがて彼が求婚していたと知らされ、頭が真っ白になった。そこで利也は佐知さんを母でなく初恋の人、一人の女性として好きだという、心の奥底に押し込まれていた気持ちも認識させられたのだ。

 そこから地獄の苦しみを味わった。相手は年が倍ほど離れているお爺さんだ。それでも佐知さんは満更でもなく、利也さえ賛成すれば一緒になるつもりだろうと分かった。

 そうなればもちろんお金で苦労することはなくなり、彼女は必死に働かなくて済む。また裕福で幸せな家庭が築けるかもしれない。これまで肩身の狭い思いをしていた彼女の弟や妹達に対しても、堂々と振舞える。

 その上既に利也が通う塾の学費や、合格した学校への入学金を含め、多額の経済的援助を受けていると知ってしまった。当然高岳さんにすれば大した額では無かったのかもしれないし、将来結婚する相手と息子になるだろう子供に対する投資だったのかもしれない。

 彼女の幸せや利也の将来を考えれば、彼らの結婚を祝福する方が良いに決まっている。それに出会ってから三年余りの月日を経て、彼は信用できる相手だと認識していた。

 ずっと六十過ぎまで独身を貫いていた彼だが、決して何か問題があった訳では無かったそうだ。祖父や父親、兄に反発して事業を起こし、必死に結果を出そうと仕事一筋だっただけらしい。後にそう彼女から聞いた。

 それでも利也は、高岳さんと彼女がそういう男女関係になることをどうしても許せなかった。そこで二人の結婚に反対したのだ。

 それだけではない。彼女に内緒で高岳さんと会い、当時利也が持っていた全財産だと通帳を見せ、カードや印鑑と共に渡して言った。それが約十年前の、中学一年の秋のことだ。

「これで勘弁して下さい」

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