第二章~②
やや躊躇したようだが、彼女は尖った態度を前面に出し言った。
「警察が何の用です。話なら私が聞きます。利也は中に戻っていて」
「いや、それだと困っちゃうんすよ。私達は高岳弥之助氏について、まずは利也さんからお話を伺いてぇと思い、こちらに来たっす。佐知さんにもいくつか確認してぇ点はあるけど、後程お願いするっす」
高岳の名を聞いたからだろう。背後で絶句している気配を感じた。しかしそれは僅かな時間だった。
「警察の方にお話することは何もありません。お帰り下さい」
利也の前に出た彼女がドアを閉めようとした。けれど止められた。
「ちょっと待って下さい。少しお話を伺いてぇだけなんすけど」
「お帰り下さい」
吉良という刑事との攻防がしばらく続いたが、相手はやがて諦めたらしい。
「でしたら一応、私達の名刺を渡しておくっす。何かあればご連絡下されば助かるんすけど」
「そんなものを置いていかれても困ります」
「だったら先日、高岳氏が亡くなられたのはご存知っすか」
利也は目を見開いた。彼女も同じ思いだったようで、目を丸くしてこちらを向いた。そして徐々に顔が青ざめ、心なしか震えているようにも見えた。その様子を目にして彼らは察したようだ。
「お二人共、ご存知なかったようっすね。お伺いしたかったのは、高岳氏の死に関係しているんすよ」
それでも彼女は首を大きく振った。
「もうあの方とは関係ありません。お帰り下さい」
勢いに押され後ずさりした相手の隙をつき、ドアが閉められ鍵もかけられた。
利也は呆然としながら、強引に下駄箱の上に置かれた彼らの名刺を覗き見た。その一枚にはS県警察S署刑事課とあり、吉良の名が記されていた。
だが衝撃を受けたのは、もう一枚にS県警警察本部刑事部捜査一課とあり、松ヶ根という名が書かれていたことだ。
社会人になってからは忙しくほとんど読んでいないが、小説の中でもミステリが好きな利也は、登場する刑事部捜査一課が主に殺人などを担当する部署だと知っていた。
テレビドラマでも警視庁刑事部捜査一課や、京都府警刑事部捜査一課という名はよく聞く。この近辺の管轄でもないS署の刑事が訪ねて来た点も不思議だったが、それ以上に不可解だ。
そこで高岳の名が出た後、亡くなったと言った事を思い出す。もしかすると何者かに殺されたのかもしれない。その捜査過程でかつて繋がりがあった利也達の存在を確認し、訪ねて来たのではないか。
そうした考えを彼女に伝えたが、やや顔を引き攣らせた後、首を振って否定された。
「そんな訳ないでしょう。もしあの人のようなお金持ちが殺されたら、ニュースになってもっと騒がれているはずよ。そんな話は聞いていないし、朝のテレビでもやっていなかったから」
「じゃあなんで捜査一課の人がここに来たのさ。それにS署の刑事と一緒だった。何か事件が起こって調べているのは間違いないよね」
「知らないわよ。例えそうだとしても私達には関係ないでしょ。もうずっと会っていないし、連絡だってしていないもの。それとも利也は、私に隠れてあの人と会っていたとか言わないよね」
「そんな訳ないよ」
激しく首を振ると、彼女は疑わしい目を向けてきた。
「本当なの。だって高岳さんの件で警察が調べていたのなら、利也より私の名前を先に出すはずでしょう。でも彼らはまずあなたと話がしたいと言っていたじゃない。私にも確認したいことがあるみたいだったけど、後でと言われたのはどうして」
「し、知らないよ。だったら追い返さず、そう聞けば良かったじゃないか。だってもう関係ないんだから、何を言われたって困る事なんてないはずだよね」
問い詰められて後退さった彼女は、利也の反撃に戸惑いの表情を見せた。
「そ、それはそうだけど、面倒に巻き込まれたくないでしょ。警察なんか相手にしちゃ駄目。向こうだって本当に話を聞く必要がある重要な事だったら、また来るんじゃないの。その時に聞いて見ればいいじゃない」
これで話は終わりだと言わんばかりに彼女は利也に背を向け離れ、洗面所の奥へと向かった。
食事をしている時洗濯機を回す音がしていたが、今は止まっている。今日は晴れているので、これから洗濯物を干すのだろう。いつもならとっくに済ませている時間だから、利也と同じくゆっくりしていたらしい。そこで今日は彼女の勤めるスーパーのシフトが入っていなかったと思い出す。
折角互いの休みが重なっているというのに、どこへも出かけないというのも寂しい気はする。けれど出かける際はいつも一緒に、という時期などとうに過ぎた。
別に関係が悪くなった訳ではない。ただかつてとは明らかに生活環境が変わっている。また二人だけで過ごす生活も長くなっていたからだろう。
止むを得ず一旦ソファに座り直し、点けっぱなしだったテレビを引き続き観ていたが、なんとなく居づらく感じた利也は腰を上げた。
そして自室に戻り財布とスマホ、それにいつも身に着けている大事な腕時計を手にし、玄関に向かった。
「どこ行くの」
背中越しに聞こえた彼女の問いに、振り向かず答えた。
「ちょっとコンビニ」