第一章~⑫
そう何度も目にしたくないものだから顔を逸らしたが、彼らは覗き込んだだけでなく、ゆっくり外へと出していた。先程は上から触っただけだから、そこまでしていない。その為彼らに注意した。
「ビニール袋が破れているかもしれない。中から変なものが出ないようにしてよ」
「分かっている。でも真空かは不明だが、どうやら空気を抜いて中身が出ないよう閉じているな」
「そうみたいですね。密封されていますよ。だからほとんど匂いがしないんだ」
松ケ根に続き、吉良もそう言ったので真理亜は視線を戻し、恐る恐る覗き込んだ。
「そ、そうなの」
「ああ。中身を取り出し詳しく調べてみないと分からないが、自然にこうなったのではなく、内臓を取り出して乾燥する等の手を加え、剥製か何かにしようとした形跡が見られる」
「これって黒い毛に覆われているから、パッと見では分かりにくいけど、犬ですよね」
「種類までは分からないが、恐らくそうだろう」
二人の見解に真理亜も頷きながら疑問を口にした。
「そうだよね。でもどうしてわざわざこんな真似をしてまで保存したんだろう」
そこで松ケ根は何も答えず、ゆっくり箱の中に遺体を戻したと思ったら、何気無い素振りでもう一つの箱を開けた。
「ちょ、ちょっと勝手に何しているのよ」
彼は中から赤いバッグを持ち上げ、こちらを向いて言った。
「これは三郷さんのものじゃないよね」
「違うわよ。それより人の物を許可なく触らないで」
「不審物が、この犬の遺体だけとは限りませんから念の為です。ところでここの所有者は確か高齢の男性でしたよね。しかもずっと独身だったはず。そんな人が何故こんな物を持っていたのでしょうか」
「し、知らないわよ。私が聞きたいくらいなのに」
思わず口走った真理亜に、彼はニヤリと笑った。
「遺産管理等を任されているあなたが把握していないのなら、これもある意味不審物ですね。もしかするとこれも、ですか」
バッグを箱の中へ戻し、代わりに指輪の入ったケースを持ち上げこちらに見せてきた為、無言で顔を背けた。
彼はその隙に蓋を開け、中の指輪を取り出してしげしげと見始めた。吉良も同じく顔を近づけ覗き込んでいる。
その様子を黙って横目で見ていると、彼らは口々に言い出した。
「これも高齢男性の持ち物にしては変わっているな」
「バッグの持ち主と同じでしょうか。この宝石は何だろう。さすがに僕もこういうのには詳しくないので」
「薄緑色だが角度を変えると赤くも見える。ネットで検索して見ろ」
指示された吉良がスマホを取り出し、確認して見つけたらしい。
「これじゃないですか」
「アレキサンドライト、か。この石の大きさからすると、かなり高額なもののようだな」
「偽物ではなさそうですし、三郷さんの顧客ならこれくらいの高級品を持っていてもおかしくないですけど、新品ではありませんね」
「ああ。バッグもそうだが結構使い古されているように見える」
聞き耳を立てていたが、真理亜の見解と同じだった為になんとなくホッとする。特に盗品などの捜査もする所轄刑事課の吉良や、一課に配属される以前には、そうした案件を扱った経験もあるだろう松ケ根の見立てならまず間違いないだろう。
ただこれらは真理亜にとってそうでも、彼らから見れば明らかに不審物とは見なせないはずだ。それに弥之助の所持品かどうかを答える義務だってない。
そうした質問をするのではと身構えたが、松ケ根はそれ以上何も言わず指輪を箱に戻した。そこで肩透かしを食ったと油断した瞬間、次に取り出した通帳を見て放った言葉に動揺させられた。
「これは明らかに高岳弥之助氏のものではないな。どうしてこんな他人名義の通帳を持っているんだ」
答えられずにいると、吉良が口を挟んだ。
「これはまずいですね。金持ちが他人名義の口座を持っているとなれば、犯罪の匂いがします。三郷さんは高岳という爺さんの資産管理をしていたんでしょ。もしこの口座の存在を把握していたとなれば、脱税などをほう助していた疑いが持たれますよ」
さすがに黙っていられなくなり、反撃に転じた。
「わ、私は知らない。遺品整理をしていたら、いきなり現れたのよ。犬の遺体もそう。顧客の立ち合いの元、この部屋に何度も足を運んで財産目録を完成させたんだから。私だけじゃなく、PA社の顧問弁護士や取引のある他の専門家が同席した時もあったし、複数の目で確認したから間違いない。こんな物で脱税していたと分かっていれば、委託契約を破棄していたわよ」
「まあ、顧客からの信頼が厚く、周りからやっかまれる程優秀な成績を収めている三郷さんですからね。そんなリスクを犯すなんて普通は思いません。もしばれたら会社にも迷惑をかけるでしょうし」
「回りくどい言い方ね。だったら吉良さんは、どうしてこんなものがあると思うの。それに匿名の通報者の言った不審物がこれだとしたら、その人は何故ここにあることを知っていたのよ。私でさえついさっき発見したばかりなのに」
「それはまだお答えできません。ただ通報通り、不審物があったのは事実のようです。さてどうしましょう、松ケ根さん」
「そうだな。ところで三郷さん。この部屋であなたが把握していなかった、顧客の所有物か不明なものはここにある物だけですか」
通帳を箱に戻し立ち上がった彼はそう尋ねてきた。刑事独特の鋭い目で見据えられ、もう嘘はつけないと観念してゆっくりと頷く。
それを見て満足したのか二人は目を合わせ、その後告げられた。
「それでは三郷真理亜さん。詳しい話をお聞きしたいので、署まで同行して頂けますか」
こうして真理亜は段ボール箱を一つずつ手に持った二人に挟まれ、吉良が所属する署へと連れていかれる羽目となった。
朝見た占い通り、今日は最悪の日だと嘆いたが、今更どうしようもなかった。