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第一章~⑩

 あれは処分しきれなかったのではなく、意図的に取り置かれたものだとすればあり得る。実際、真理亜についての調査書などが破棄されずに置かれていた。

 それを目にした時、弥之助の悪ふざけにしてはくだらないと感じたが、別の目論見があったのかもしれない。少なくとも通帳に関しては何らかの意図があるはずだ。そう確信をし、書斎へと移動し箱の中身をもう一度確認してみた。

 すると思った通り、その中にある人物の名が記された調査書を発見した。しかもページの間にメモが挟まれていたのだ。そこには

「えむりしよねな」

と通帳にあった文字が記載され、またその下には

まめさ(・・・) うおゆかとえま(・・・・・・・)あの(・・)

と、これまた奇妙なひらがなばかりの文字が書かれていたのである。

真理亜は思わず呟いた。

「何かの暗号みたいね」

 そう考えれば、やはりこれは弥之助からの隠されたメッセージだろう。これを読み解けば最低でも通帳の謎は解けるはずだ。

 そんな確証を得た反面、何故彼はこんな回りくどい手を使ったのか疑問に思った。

信頼を得られたからこそ真理亜は資産運用も含め、処分などについてもかなりの権限を与えられ任されてきた。それに彼とは相当の頻度で膝を突き合わせ会話し、事細かな指示を受けている。

 それなら通帳についても、処理の仕方を直接伝えれば良かったはずだ。なのに何故そうしなかったのか。

 メモの他にもまだ何かあるかもしれないと箱の中を探っていた時、部屋のインターホンが鳴った。

 このタイミングであれば、恐らく最初に依頼したペット霊園の人が犬の遺体を引き取りに来てくれたのだろう。

 そう思い、訪問者を確認する為にボタンを押しモニターを覗いたところ、意外な人物がそこに立っていると分かり驚く。

 さすがの真理亜も想定外すぎて絶句した。だが相手はこちらの気持ちなど察していないのか、淡々と言葉を発した。

「お忙しい所、突然申し訳ありません。S県警の松ヶ根(まつがね)と申します。少しお話を伺いたいのですが開けて頂けますか」

 その後ろには同じくS県警だが、所轄の刑事課に勤務する吉良(きら)の姿が見えた。

 彼なら盗難や窃盗なども扱う部署なので、担当エリアにあるこのマンションに、たまたま見回りで訪問したと考えられなくはない。

 けれど松ヶ根は県警刑事課、しかも殺人事件などを担当する捜査一課の所属だ。その上三十三歳の吉良よりも九つ年上なので、二人一組で捜査する場合は所轄刑事を前に出し、口火を切らせるのが通常である。

 以前真理亜の顧客が殺害された事件で聴取を受けた際も、最初は吉良が話を進めていた。その間に松ヶ根が時折口を挟むという流れだったはずだ。

 とはいえあれから二人との関係は変わっている。犬の遺体を発見し警察に届けようかと考えた時、最初に浮かんだのは彼らの顔だ。けれどそれは余りよくない手だと思い直し辞めた。それなのに、何故このタイミングで二人はここに来たのだろう。

 一瞬頭の中が混乱したが、よく考えれば真理亜に用があるとは限らないと思い至る。

 この近辺で殺人または傷害事件が起こり、その捜査で彼らが聞き込みをしているに違いない。それが偶然、真理亜のいる部屋番号を押しただけだろう。ここには他に部屋が数十戸ある為、その可能性は高かった。

 だが彼らに答えられることなど何もない。余所で何があったか知らないが、今起きているトラブルで頭が一杯だ。

 それにしてもと思いつつ、彼らはここに真理亜がいるなど思っていないはずだから驚くだろうと想像しながら応答した。

「はい。どのようなご用件でしょうか」

 勘が良く優秀な彼なら声だけで分かるに違いない。そう思っていたが、返って来た言葉に唖然とした。

「実はこのマンションにいる方から通報がありまして、少しお話を伺いたいのですが。ここでは何なので、中に入れて頂けますか。詳細はそこでご説明させて頂きます」

 真理亜は首を捻った。発達障害の一種である自閉症スペクトラムという舌を噛みそうな名の精神障害を持つ彼は、人とのコミュニケーションで特に女性を苦手とする傾向を持っていたはずだ。

 日常生活に支障をきたす程ではないが、慣れない相手だと、う~、という言葉が会話の中に入るなどしていたと思い出す。

 その分サヴァン症候群により特殊能力を持ち、聞き取った話や見た映像等は全て覚えている人並み外れた記憶力を備え、読唇術も会得していた。

 彼は現在の刑事課に配属される前、指名手配された容疑者らの顔や容姿を写真で記憶し、雑踏の中から捜し出す“見当たり捜査”の専従班に属していたと聞いている。

 正式には県警刑事総務課捜査共助係という部署だ。そこに配属されてから一年足らずの間で、九人の指名手配犯や容疑者を発見するという顕著な実績を挙げたらしい。もちろんそうした能力を遺憾なく発揮した結果だろう。

 そんな彼がインターホン越しとはいえ、真理亜の声だと気付かないのはおかしい。またそうだとすれば、女性相手に言葉を詰まらせることなくすらすらとは話せないはずだ。

 それに対し、後ろに控えている吉良は対人関係を得意としていた。意図的にタメ語やチャラ語を駆使し、相手の懐に入りこむという手を使う、これまた一癖ある人物だ。

 いくつか疑問を抱いたが、拒否して追い返す訳にもいかない。

「分かりました」

 そう答え、とりあえずマンション入り口のドアを開錠した。

 彼らが中に入った姿を確認してから映像を切る。エレベーターに乗り、部屋の前に来るまで少し時間がかかるだろう。

 もちろん玄関は鍵をかけている。二人がもう一度インターホンを押すだろうから、その後もう一度応対をして扉を開けなければならない。もしここが自分の部屋だとしたら、そう簡単には入れずにドアストッパーをかけ、その隙間を通し会話をしていただろう。

 けれど彼らにそこまでする必要は無い。部屋の中までは入れずとも、三和土まで招き入れて何が起こったのか、どういう用件なのを聞くつもりだった。

 それに顔馴染みだが久しぶりなので楽しみだと思い、前もって扉の鍵を開け彼らを待った。そして再び押されたインターホンを通じ、真理亜は先程と違いテンションを上げ、

「すみません。今しがたお伝えした者です」

という松ケ根の呼びかけに応じた。

「はい、ドアは開いているのでどうぞお入りください」

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