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第一章~⑨

 通話を終わらせた真理亜は、そこで安堵の溜息を吐き念の為にと写真を撮った後、それほど重くなかったので二つの箱を重ねてリビングへと運んだ。それから豪華なソファに腰を下ろし一息ついた。

 なんとなしにぐるりと周りを見渡す。コンセントが抜かれた冷蔵庫や、同じく中身を処分または箱詰めされ空っぽな食器棚やキャビネット、大画面のテレビや一人暮らしに必要だったのか不思議なほど大きなテーブルと複数の椅子が目に入る。

 今座っているソファを含め、大きな家具類は既に売却額が確定され、相当な値が付けられていた。だから下手に汚したり傷つけたりしてしまうと差額が生じる。それはできるだけ避けたい。

 マンションの部屋自体も、不動産鑑定士により査定済みで売却先も決まっている。箱の中身の確認が終われば直ぐ運び出し、これまた指定の業者に引き渡すだけでいい。

 そうすればやがては管理する特別口座に振り込まれ、他の現金資産と併せ寄付先に配分していくだけだ。

 事前に作成した財産目録は確認し終わり、他の箱の中身の処分方法も決めた。犬の遺体処理の目途が付き、残るは他人名義の通帳等と指輪とバッグの処遇だけだ。

 そこでもう一度頭を働かせた。解決する為に必要な情報は、いずれ依頼した調査員からもたらされるだろう。また犬の遺体を、連絡した業者に渡さなければならない。それを待つ間、真理亜がこの部屋にいてできる事は何かと考えた。

 通帳に関していえば、確認可能で得たい情報はこの部屋だと限られる。その為もう一度手袋を嵌め直し、まずは小ケースに入った指輪を手に取り再度観察した。

 最初に見た時にも感じたが、やはり新品ではなさそうだ。汚れてはいないけれど、何者かが長年愛用していたと思われるいくつかの僅かな傷が、リングに刻まれている。ただ持ち主や年代が特定できる刻印はなかった。

 けれど当初はエメラルドだと思っていた緑の宝石を良く見たところ、角度を変えた際に赤く光る点に気付く。その為これはアレキサンドライトの可能性もあると考えた。

 真珠と同じ六月の誕生石で、皇帝の宝石とも呼ばれる高価なものだ。一カラット以上はあるから、偽物でなければ相当の値段が付くに違いない。

 これがもし弥之助の持ち物だとすれば、間違いなく財産目録に載せるはずだ。もし売却して寄付するリストから除外予定だったのなら、それなりの指示をしていただろう。

 それにこれ一つだけなら、寝室の奥に眠っていたから忘れていた可能性は考えられる。だが他人名義の通帳に加え、赤いバッグも一緒だった点からまずあり得ないと判断した。

 真理亜は次にバッグを手に取った。ロゴから誰もが知っているだろうブランド品だと分かる。

 ただこれも指輪同様、新品ではないらしい。綺麗に使われているが、持ち手や側面の革に長く愛用していたと思しき僅かな皺や傷が発見できたからだ。

 とはいえ指輪ほどでない中古品にしても、今の市場で売却すれば十万円以上の値がつくだろう。よってこれも本来財産目録から外れてはいけないものといえる。

 何故なら家庭にある一般財産の相続に際して、一つ当たりの価額が五万円超のものは個別に評価される為だ。裏を返せば五万円以下のものは家財一式として一括で計上し、まとめた売却額で評価するとの決まりがある。

 こうなると、これまで苦労し作成してきた財産目録自体の信憑性に疑義が生じてしまう。だからといって、ある特定の人物に相続させる訳ではない。その為、多少の誤差があろうとも相続税がどうのと、税務署が横から口を出してくる可能性はかなり低かった。

 それに今回の遺産整理に関しては、介入業者などが決められているとはいえ、通常なら監視するだろう相続人もいないので、ほぼ真理亜に一任されている。ならばその他売却物と一緒にしてしまえば済む話だ。

 それなのに敢えて何者かがここに置いたと仮定してみる。すると徐々に犯人の意図が見えてきた。もちろん弥之助自身が、真理亜に対しちょっとした嫌がらせをした可能性もセロではない。優秀だと評判なPA社の担当者を罠に嵌めようとしたとも考えられる。

 けれど最も説得力のある動機は、やはり相続に関わるものだろう。ならば自ずと対象は絞られた。だがそれを裏付ける決定的な証拠は今の所ない。しかしいずれ分かってくるはずだ。そうなると腑に落ちないのは、犬の遺体を置いた犯人の意図である。指輪やバッグと違い、相続に影響するものではない。

 ならば弥之助に対する嫌がらせなのか。それとも彼から依頼を受けた真理亜を罠に嵌める為なのか。

 ただもう亡くなってしまった人物に、こんな真似をするとなれば相当な恨みを持つ者しか考えられないが、それにしては奇妙な行為だ。殺人などならともかく、死んだ人間が動物愛護に関する法を犯していたと後に判明しても、そうダメージを受けるとは考えにくい。

 やはり真理亜に恨みを持つ者が業者の一人を買収し、嫌がらせをしたと考える方が現実的だが、それでも余りに程度が低すぎる。もっと大きなダメージを与える手段は他にもあったはずだ。

 第一、セキュリティの厳しいこのマンションの部屋に侵入するというハイリスクに釣り合わない。防犯カメラを見ればすぐにばれるだろう。 

 所有者の委任状を提示しても、個人の依頼で映像を見るのは実際困難ではある。しかし法を犯していたと判明し、警察沙汰になればそれも可能だ。また合鍵を持つ人物がいて侵入したのなら、それも誰かは直ぐ明らかとなる。そうなると予想していれば、犬の遺体を運び込むような行為などしないだろう。

 しかも腐敗防止処理を施しているようなので、それなりの時間をかけ計画していたと思われる。そうなると矛盾点が多すぎて現実的ではない。やはり疑わしい人物の背景などを調査しなければ、全ての謎を解明するのは困難だ。

 これ以上考えても結論は出ない。調査員の報告を待つしかないのだろうかと真理亜が諦めかけたところで、ふと思い付いた。

 そういえば弥之助の書斎には、資料や調査書がまだ残されている。その中に、彼を恨む人物やその動機または他人名義の通帳の存在が意図するものを辿るヒントが隠されてはいないか。

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