第15話~夢追い人⑤~
政治記者となり超能力について探っているある人物。
彼は、略歴の不自然さから伊武有人という政治家をターゲットに調査を開始する……。
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オレは伊武有人の取材に赴いた。
「伊武さん、分かりますよ。あなたの仰ること……。素晴らしい理想だと思います」
「そ、そうかな? いやぁ、あの会社の記者だって言うから、どんなこと聞かれるかってビクビクしてたけど……。君は実に気持ちのいい青年だよ」
「そんな、もったいないお言葉ですよ」
伊武有人はバカが付くくらい真面目な人間だった。
こんな人間が悪事を働けるとは思えない。
「でも、現実は厳しいよねぇ。まずは自分が強くならないと。俺だって運良くここまで来られたけど、本当に綱渡りの連続だったんだ」
彼の理想は、日本から貧困で苦しむ人間をなくすこと。
まあ、ご立派だ。
そんなの不可能だと切り捨てたいところだが、オレも夢を追う人間だ。
だから否定はしない。
「そうですか? とても30代で入閣した勝利者の言葉とは思えませんが……」
「俺なんて大したことないヤツさ。……ほんの少しの、偶然の積み重ねに過ぎないよ」
「いえいえそんな……」
(謙遜か? だが、オレの見る限り、本心からの言葉にも見える……)
彼は本当に大したことのない人間なのか?
「それにさ、まだ勝利者とは言えないよ。理想を実現する日まではね」
ただ、伊武有人が38という若さで大臣を任されていることは事実であり、それ自体は大したことなのだ。
オレは、ここに強烈な違和感を覚えた。
「確かにおっしゃる通りです。出過ぎたことを申し上げました。
伊武さんが本当の勝利者になれるよう、私も微力ながら応援いたしますよ。あ、お注ぎしますよ」
「いやいや、気にしないでくれよ。君は本当にいい人だなぁ」
彼は何かを握っている。
オレは、調査を伊武有人にある程度絞った。
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あれから、さらに2年が経った。
オレはこれまでに得た知識を総動員し、伊武有人からの信頼をつかみ取ろうとしていた。
しかし、目的の話にはたどり着けずにいた。
そんなある日だった。
「なぁ君。清く正しく掴んだ栄光と、近道を通って掴んだ栄光。どちらに価値があると思う?」
「等価値だと思います。むしろ、後者が目標達成への効率化を図っていて好感が持てますね」
「そうかい? 本当にそう思うかい? たとえ、それがどれだけ邪悪だとしても……」
「悪路だって、道であることに変わりませんから。むしろ」
「……?」
「悪路の方が、歩くのは大変なんですよ、伊武さん」
今思えば、この会話が決定打だったのかもしれない。
「なあ君……私の秘書にならないか?」
「え?」
伊武有人の家に招かれた俺は、唐突に告げられた。
「秘書……ですか?」
「あぁ。君は信頼できる。本当に、心から」
政治家秘書か。
政府に近づくなら、これほどの適職はない。
しかし……。
「大変嬉しい話ではありますが……」
もしも、ここで伊武有人の秘書になってしまったら、他の政治家はオレを懐まで近づけなくなるだろう。
(伊武有人が当たりとも限らない以上、ここは断るべきか?)
「少し考えさせていただけないでしょうか」
「……私は、次の次……8年後の総裁選で総理大臣になる」
「総理大臣に……?」
何だこの言い方は。
どうして断言することが出来る?
「そう言い切ることが出来るほど、伊武さんの権力が民新党の中で拡大していたとは……」
「……閣僚で1番の若造である私に、そんな力などない」
「ではなぜ、そこまで自信満々に言い切ることができるんです? あなたが賄賂などに手を染めるとは思えないのですが……」
「理想のために手段を選ばないと……私は決めた。が、非合法なことではないよ。それでは、いつ足を掬われることになるか、その後の人生を怯えて過ごさなければならない。
私は、……『言ったことを必ず実現させる』。としか、言えないな今は……」
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希望的観測は嫌いだ。
いくら小さくとも、確実な成功しかオレには信用できない。
その小さい成功を積み重ねていけば、必ず大きな成功を手にすることができる。
しかし……。
「クソっ! ダメだ! 手がかりを掴めない!」
伊武有人が何か秘密を抱えているのは分かる。
だが、探れない!
「伊武有人め。自宅に監視カメラを仕掛けてやがる……!」
それだけ彼にとって重大な秘密だ。
それも分かる。
「カメラの死角を計算し、写りこまないように探るのは簡単だ。しかし、『全く写らない』というのも、それはそれで不自然……!」
無理だ。
一部だけ写り込むにしても、何かやってるってバレる!
どうしても不自然を回避できない!
「何か! 何か手はないのか!?」
自宅で頭を抱え、酒を飲む。
どう見ても打ちひしがれている人間の姿だ。
「惨めだ……」
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「答えを考えてきてくれたかね?」
約束の日……1週間後、またしても伊武有人の自宅へ招かれた。
伊武有人以外、誰1人居ない自宅へと。
「えぇ……」
答えは考えた。
「私は――」
その時、乱暴に玄関の扉が開き。
「お、おい! 金を出せ! 伊武有人!」
ナイフを振り回して浮浪者が押し入ってくる。
「ご、強盗!?」
「い、伊武さん!? どうしましょう!」
「とりあえず、従うしか……」
浮浪者はどんどん近づいてくる。
「お、お前らっ。奥の部屋に行け!」
オレと伊武有人は奥へと誘導される。
「開けろ! その扉……っ! 金目のものがあんだろ!?」
そうだ。
伊武有人の家にある、厳重に鍵が掛けられ、決して開くことのなかった扉。
「こ、この扉は……! その中に金目のものなどないっ」
オレはこの扉の中を見たかったのだ。
だから……。
「これは……」
「オラ! 開けろ! 早くっ! じゃなきゃコイツをぶち殺すぞ!」
「い、伊武さん……! 私は構いません! 暴力に屈しては……」
強盗がナイフをオレに突きつける……。
(ど、どうだ? これで……。頼む! 上手くいけ! 失敗すれば全て終わる! これは人生初の大博打なんだ!)
「わ、分かった! 開ける! 開けるから、彼を放せ!」
(! よし来た!)
『ギギィ……』
木製らしからぬ重い音を立てて、扉が開く。
(さあ、見せろ! 伊武有人の抱えている秘密とやらを!)
開かずの扉の向こうの部屋の中には、1冊のノートがあった。
表紙には、こう書かれている。
『世界管理表』
「…………」
「これは……?」
「……だから言っただろう。金目のものなどないと」
「ま、まだ隠してんだろ! 大人しく……」
「ここを見られた以上、君をこのままにしておく訳にはいかない。ここから消えてもらう。……『もしも、君が幸せだったら』」
「き、消える!? お、おいふざけるな。俺はただコイツに――」
(! 浮浪者が! 余計なことを喚くな!)
「伊武さん!! 消えてもらうってどういうことですか!?」
すぐに会話を遮る!
「見れば分かる」
「……!」
目の前の浮浪者の姿が薄れていく……!?
「なっ、こ、これは……!?」
「これが、本当の私なのだ。『ありえないことを実現できる』。そんな力を持っている」
「そ、そんな……バカな……」
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1人、自宅で考える。
浮浪者に渡す予定の金が浮いた。
前金で100万。
成功報酬兼、手切れ金としての100万円。
うち、後者の金が。
「だけど、今はそんなことどうでもいい……」
伊武有人は超能力者?
それも、『ありえないことを実現させる』?
なんてことだ。まさに、世界を支配できる能力じゃないか。
『世界管理表』と名ずけられたノートは、今まで伊武有人がどんな改変を行ってきたかを忘れないよう記録するためのものだった。
「彼の秘書になって、更に探るべきだ。もはや、オレに超能力の情報を隠すことはしないだろう」
こうして、オレは転職を決意した。
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「理想のために、共に尽力しましょう」
秘書になってから半年が経った。
オレは本来、人に従うのが嫌いだ。
だが、夢へと日進月歩している感触があったから、この半年は何とも心地いいものだった。
伊武有人も完全にオレを信頼している。
彼の正体について分かったことは多い。
まず、彼は生まれた時からこの能力を持っていたわけではない。
衣食住にすら事欠いていた子供時代の頃、冬の満月の夜に公園のベンチで夢を見た。
そして、夢はこんな言葉を残したらしい。
『盟神探湯の時は来た。汝、神の御子となりて、天地を救済すべし』
訳の分からない話だ。
神の御子?
超能力は、神に与えられた力だというのか?
だとしたらなぜ?
当時の伊武有人は乞食同然の子供だった。
そんな人間になぜ、ここまで大それた力を与えた?
まあ、それはひとまず置いておいていい。
今あるのは結果だけだ。
「今の総理大臣の任期はあと3年。続投になるとしてもそれプラス4年だな。それが終われば総理大臣は変わる」
この力さえあれば、この世を支配できるものだと思った。
だが、意外と制約が多いようだ。
「そこで、伊武さん……あなたは日本のトップになると……」
まずは規模。
世界規模での改変は不可能で、せいぜい人一人の人生が精一杯らしい。
「あぁ。この国を変えてみせよう」
そして、改変の度合い。
あまりにも極端な改変は行うことが出来ない。
例えば、『人類が誕生しなかったら』みたいな改変だ。
飽くまで、きっかけ作り程度に過ぎない超能力だったという訳だ。
だから、伊武有人は『世界管理表』を記し、どの変化がどこへ作用するのかを逐一観測し続けていたのだ。
「えぇ」
さらに制約として、この超能力は『自分自身は対象にできない』らしい。
「楽しみにしております」
だがそんなことは瑣末だ。
オレにとって何よりも素晴らしい事実は、伊武有人が『他人へ超能力を与えられる』ということだ。
踏むべき予定だった段階をいくつも飛ばし、もはや夢への到達は目前だった。
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それからついに、オレは伊武有人を説得し、念願の超能力を手に入れた。
だが、ここで想定外の壁にぶち当たった。
『どんな力が与えられるのか』は、伊武有人本人にも決められない。
よって、『オレに与えられた超能力が何なのか』が分からなかったのだ。
「クソっ……。どういうことなんだよ……!」
『何も起きなかった』のだ。
伊武有人にも、オレに宿った力の正体は分からない。
「お、オレに超能力の才能がないとでも言うのか?
ふざけるな……。それなら、オレは一体なんのために……!」
これまでの調査で、超能力の性質は名前に依存することが多いと分かっていた。
(オレの名前には、一体何が宿ったんだ?)
「ちくしょうっ」
オレに、再などという名前を付けた親を恨んだ。
政治記者から伊武有人の秘書へと転職したある人物。
そしてついに念願の超能力を手にしたが、彼は自身の名前である「再」にどんな能力が宿ったのか分からず、苦しんでいた……。




