第12話~幸せの定義④~
ついに姿を現したカナリアの会のボス、美河亮。
彼を止めるため日本橋へと向かう道中、仲間たちと分断されてしまった輝木光と赤井萌。
そこへカナリアの会最後の幹部、江留布操が現れる。
異常行動を繰り返す彼の目的とは……?
「どうする......?」
「どうするって言われましても......」
「......高校生を殺した、あの一撃。赤井……お前の目には見えたか?」
「......見えませんでしたわ。余りにも速すぎて」
「肉眼で捉えられない程のスピードの突きだった......。多分超能力なんだろうが、その正体は......」
江留布が高校生を殺した時に放った突きは、あり得ない程の速度だった。
私たち二人ともが目視すらできないほどだ。
「速度の操作......とかでしょうか?」
「だろうな......。それか、逆に周りをすごく遅くするのか......。まあ、そんなところだろう」
「......どうします? 言われた通りここで待ちますの?」
「いや、そんな道理も義理もないだろ......。今のうちにアイツを探して、不意打ちした方がマシでしょ......」
「ですが、それを読んで既に罠をしかけてる可能性もありますわね。大人数で待ち伏せしてるとか。......結局、2択の博打を打つしかないですわね」
「......はぁ、どうしたもんかね......。こうしている間にも、時間は過ぎる......。
……ただ、私個人としては、こっちから不意打ちをしかけたい。案外、奴の言ってることが本当なのかもしれないからな」
「なぜそう思いますの?」
「わざわざ私たちの前で高校生を殺した意味が分からないんだよ。結局、超能力を推理する材料を私たちに与えただけで、ヤツにメリットがない。
だから、ヤツの言っていた『つい』っていうのは、マジなのかも知れない。
そうなると、手が汚れて洗いに行くっていう今の状況は偶発的なものだ。そこへ事前に罠を仕込むことは出来ない」
「まず、前提の『つい』で人を殺すというのが分からないのですが......」
赤井に言われる。
それは本当にその通りだと思う。
しかし……。
「都園懸悟が言っていた。『江留布操に人間の常識は通用しない』。
まあ、敵の言葉を信じるのかってことになるか......」
「大丈夫なんですの?」
「都園懸悟は信用できそうな気がする......。なんとなく、フィーリング......でしかない......けど......」
「......いえ。信じますわ。どちらにせよ、2択勝負の運否天賦に近いですもの。それならば、少しでも根拠のある択を選びたいですわ」
「......あぁ、分かったよ。それじゃあ、江留布操を探そう」
そう言って私たちは移動を始めた。
江留布操は探すまでもなかった。
「さ、殺人鬼だーっ!」
「たすけて!」
パニックに陥った人間が次々と走っていく。
その人たちが、走ってきた方向に江留布操はいるということだ。
「わぶっ」
時に、私たちは逃げ惑う人にぶつかってしまう。
人々の流れに逆流するのは少し億劫だが仕方ない。
この方位磁針たちのおかげで、相当助かっているのだから。
「お、おい! お嬢ちゃん方! この先には行かない方がいい! 人殺しがいるぞ!」
そのうちの一人に、私たちが呼び止められる。
「は、え? あのー......」
......訂正。
やっぱり邪魔だ。
「あ、その......」
なんと答えればいいのかと私が戸惑っていたら……
「アッハハハハ! そんなワケねーだろ!
おっさん、ウチらをビビらせようったってそうはいかねぇよ?
オラ、行こうぜ、ひかりん! マジかどうか、ウチらで見届けてやろうぜ!」
「あ、赤井!?」
そう言った赤井に手を引っ張られた。
(......え、何、今の? 本当に赤井が発した言葉なのか......?)
これによって、私たちは無事に人混みを逃れることができた。
「おい、赤井! なんだよ今の!」
「......ふう、撒きましたわね。こんな粗暴な言葉を使うなど......淑女たる赤井萌、一生の汚点ですわ」
「結局なんだったんだ?」
「あ、いえ。その......。この状況で向こうへ行くのは、おバカな野次馬くらいだと思いまして......。なるべくバカっぽく振舞おうとした結果、あのような言葉遣いに......」
「お前の中のバカのイメージが、アレだと......」
突然頭がおかしくなったのかと思った。
結構演技力あるんだな......。
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数分歩いて、私たちは江留布操に追いついた。
(まあ、そうだよな。駅構内で手を洗うと言えば、ここしかないよな)
「男子トイレねぇ......」
江留布操は男だからな。
そりゃあこっちに入るわな。
「入りますの......?」
「......しょうがないでしょ。私の電気探知で見る限り……恐らくこの中に江留布操はいる。慎重にな」
「くぅ......。私がここへ入ることになるとはっ......! 赤井萌、一生の汚点ですわ......」
「お前の人生は汚物だらけだな。シャンゼリゼ通りかよ」
「おや、よくフランスをご存知ですわね。......!」
赤井が唐突に緊張した面持ちになる。
その理由は、私にも分かる。
「............いますわ。江留布操が」
「あぁ......。不意打ちするぞ。私が惹き付けるから、裏に回って影からお前の炎で......殺せ。アイツは危険だ。もう情報を辿る必要もないしな」
「えぇ......」
「相手だって人殺しだ、容赦するなよ」
「......わかってますわ」
「よし......、やるぞ」
作戦開始。
――しようとした、その時だった。
「ぬおぁっ! お、重いぃ!」
「なんですのこれ! 立っていられないですわ!」
私たちは急激に体が重くなり、トイレの床に倒れ込むこととなった!
「おぉー。引っかかった引っかかった!
どうどう? トイレの床に這いつくばる気分はさ。こっちは最高だよ! まるで便所のゴキブリを見てるみたいだ! あっははは!」
江留布操がこちらに近づいて、言い放つ。
異常なほどに、体が重い!
(重力が増幅されているのか!? 江留布操の超能力は、速度の変化じゃなかったのか!?)
「重力の操作!? 江留布操の超能力は速度の操作では......っ! ま、まさか!」
私と赤井に思い浮かぶ、最悪のケース!
数分前の私たちでは、想像力が圧倒的に不足していた!
「速度や重力だけじゃない! ありとあらゆるモノの、『程度を操作』する超能力!」
なんてふざけた能力だ……!
なんでもありじゃないか!
「おぉ! すごい! 僕の超能力を、出会って数分で見破ったのは君たちが初めてだよ!」
(この重力から逃れなくては......っ! あの高校生のように、私たちも殺される!)
「う、動けっ......! 動けよ......!」
……ダメだ!
たった1メートルすら進めそうにない!
江留布操はどんどん歩み寄ってくる!
「ねぇ、こっちを向いてよ。殺さないからさ。今から、僕の話を聞いて」
(はぁ? なんだコイツ。どういうことだ?
油断させるために、そんなことを......?)
「まずは輝木光。よく聞いてよ? 君の妹を操り、君を襲わせたのはこの僕……江留布操なんだ!」
(!!?? こ、コイツ......っ!!)
「どうやったかは、もう分かるよね? 輝木影華の、『姉への怒り』を増幅して、その辺にほっぽったのさ」
「お前......! よくも......っ!」
「君たちの戦いは遠くから見させてもらったよー。僕は輝木影華が勝つって踏んでたんだけどね。結果はまさかの引き分け!
あれは予想できなかったよ、面白かった!」
(面白いだと......!? あんなことをしておいて......! この、クソヤローがッ!!)
「あのまま妹が死ねば、オチも完璧だったのにさー。そこはちょっと残念かな」
「お前は......! お前だけはっ!!」
「抑えてヒカリ! ここで怒れば、きっとヤツの思う壷ですわ!」
私を制止する赤井を見て、江留布操がニヤリと笑う。
「あぁ、君もいたんだよね。お待たせして悪かったよ、お嬢様。君にも聞いて欲しい話があるんだ」
「な、なんですの……」
「でも、その前に、1つ。家族は元気にしてる? 外交官の、お父様とかさ?」
「なっ!? なぜ、アナタが私のお父様を......! もうとっくに死にましたわ! アナタには関係ないでしょう!」
「どうどう。落ち着いて落ち着いて。あのね、僕もできれば無関係でいたいんだけどさぁ。
どうもさ、君の一家が死んだのって......僕のせいかもしれないんだよねぇ」
「はぁ? 何を言い出すかと思えば......。私の両親は自殺ですわ!」
「うーん、そうなんだよ。だから僕は関係ないはずなんだよ」
(さっきからなにが言いたいんだこいつ......。やはり都園の言う通り、コイツは頭がおかしい......)
「じゃあさ。全然別の話をしようか。
例えば......。飽くまで例えばだよ? 新卒間もなくで海外勤務。仕事を覚えるだけで大変だって言うのに、周りの文化は違うし、言葉も覚束ない。
これってさぁ、超ストレス溜まるよね?
ほんの少しのさ、破壊衝動って言うのかな? 芽生える瞬間、あると思わない?」
「!!」
(まさか、コイツは......!)
「僕は親切心だったんだ。日頃の鬱憤が晴れればいいと思ってねぇ? ふふふふふ......あーっはっはっはっは!
そしたらさぁ、アメリカの日本大使館が燃えてやんの!
あっはっはっはっは! 超面白ぇーっ! 斜め上すぎるっつーの!」
この外道がっ!!
「それでぇ? ちょっとした『親切心』なんだけどぉ? 君のご両親に教えてあげたんだよねぇ。
『テロなんて不祥事揉み消すためのウソでーす。あなたのお子さんが大使館燃やしたんですよー』って。
だって真相を知らないのは可哀想じゃん? だから伝えないといけない、そう思ったんだ。
そう、僕は全部良かれと思ってやったんだよぉー!
あっひゃひゃひゃははは! それが喜ばれるって思ったのぉ!」
(ふざけんなよ............っ。じゃあ全部、コイツが……っ!)
「はいはーい! 終わりましたー!
幸せな毎日は終了でーす! お金持ちの家庭はぐっちゃぐちゃ! みるみるウチに、シアワセ係数はフォーリンダウン! 現実から目を背けるためにぃ? 酒に逃げ、賭け事に逃げ、男に逃げぇ……最後は娘を巻き込んで無理心中!
ブザマだねぇ、ミジメだねぇ。あぁ、かわいそう! かわいそう、かわいそうだね! それってとっても不幸だよね?
でも、僕のせいじゃないよね? だって、僕は『良かれと思って』やったんだから!
君は言ったよねぇ? 両親は自殺、アナタには関係ないって!
その通り! 全部テメーのご家族様ご一行がバカでマヌケでアッパラパーだったせいだ! 僕は悪くない! 悪いのはオッペケペーな親父たち!
お嬢様がそうおっしゃるから、きっとそうなんだぁーっ!!」
「っ..................!」
「あ、赤井!」
泣いてる......。
泣いてるんだ......。
悔しさのあまり、言葉も出てこないんだ......。
「泣くなよお嬢様ー。『例えば』だって言ったじゃないかぁ。ま、いいか。僕の楽しみはまだまだ終わらない! 本当のお楽しみはこれからなんだ!」
(許せない......! コイツは! 許しちゃあならないっ!!)
江留布操から数々の事実が明かされ、激昂する赤井萌と輝木光。
しかし、彼の超能力を前に手も足も出ずうずくまるだけだった……。
次回、ついに反撃!




