第9話~死に至る病①~
家が焼けてしまったため、妹と共に赤井萌の家で暮らすことになった輝木光。
色々と事件はあったが、ひとまず落ち着いて、
また明日からいつも通りの訓練が始まる。
「ぐすっ.......」
影華の騒動から夜が明けて次の日。
訓練の休憩時間中に突然、メグが涙を流し始めた。
「どうしたんだ? メグ」
「あ、あぁこれ? いや.......」
「何があったの? そんなに泣き腫らして.......」
内木さんも私に続いてメグに問いかける。
「.......ついに、この時が来てしまったって感じ?
なるべく発症しないようにはしてたんだけど.......」
(時が来た? 発症? もしかして、メグは.......)
「び、病気.......なのか.......?」
「いやぁ、あはは.......。まあ、そうなるかなぁ?」
「治らないの?」
「治らないねぇ.......グズッ.......。これ治したら、その人ノーベル賞取れるよ多分」
不治の病!
なんてことだ!
メグがそんなものと戦っていただなんて.......!
私たちは所詮出会って1ヵ月の間柄……。
お互いに知らないことなんていくらでもある。
(……でもまさか、こんなことなんて……)
「ごめんよメグ。私たち、全然気づけなかった.......」
「これからのメグの人生が、素晴らしいものになるように全力でサポートしますわ!」
「とりあえず、今日の帰りにローサンのプレミアロールケーキ買ってあげるわ!」
3人でメグを励ます。
「え、ええっ? うん、や、ヤッター! かな?」
メグは困惑している。
.......優しい彼女のことだ。
きっと、私たちに心配をかけまいと、打ち明けられずにここまで1人で生きてきたんだ.......。
だけど、もうその必要もない。
世界ってのは、想像より少しだけ優しいのだから。
「あ、そうだ。私、この後高校いかなきゃいけないんだった! 部活の後輩が、3送会をやってくれるの!」
「あー、だから今日制服だったんだ」
「あら、そうなの? じゃあプレミアロールケーキは明日にお預けね」
「3送会、素晴らしいですわね。きっと、素敵な部活動だったのでしょうね」
「うん。先輩も後輩も、みんなとってもいい人たちだったよ」
3送会か.......。
懐かしいな。
(確か私がソフト部を卒部した時は.......)
過去を思い出す。
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「ひかりん先輩へ、プレゼントです!」
「え、何これ」
「カチューシャです! 先輩は女子力最底辺なので、これをつけてちょっとはオシャレしてください!」
「え、あ、はい.......」
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微妙なのをもらった上に、休日につけていったら笑われたんだ。
.......ロクな思い出がなかった。
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「ただいまー」
「おかえり! お姉ちゃん、モエさん!
あ、そうだ! これ、実家に忘れてたよ。ダメじゃないお姉ちゃん! せっかく後輩からもらったプレゼントをぞんざいに扱っちゃあ」
(……。あのカチューシャだ.......)
「いや、これは.......。私、こういうの似合わないし.......。赤井にあげるよ」
「私にこそ、こういうものは似合いませんわ.......。
しかも、人からもらったものを横流しするのは、どうなんですの? 人として」
「そうだよーお姉ちゃん。要る要らないじゃなくて、気持ちの問題なのにー」
「本当に気持ちが篭もってるなら、こんな似合わないものをよこさないと思うんだけど.......」
(気持ちって言ったってなぁ.......。多分、デパートの安売りワゴンとかにあったのをノリで買っただけだろこれ)
「それじゃあ、2人のためにおやつを作ったので――」
『プルルルルルルル.......』
そう言ってキッチンへと向かおうとした影華の言葉を、誰かの電話の着信音が遮る。
「ごめんなさい、私ですわ。.......はい、赤井です。はい、おります。.......え、えぇ。かしこまりました」
電話に出た赤井はスマホをテーブルに置いた。
なんだろうか。
「えーっと.......。国井さんからですわ。スピーカーにしてくれと.......」
『赤井! 輝木! 今すぐ明陽高校へ向かってくれ!』
国井が大声で電話越しに言った。
(明陽高校? 中野にある、都立の進学校だよな確か)
『ティーべがカナリアの会、幹部の情報を吐いた! しかもそいつは、幹部の中でも特に大物だ。暗殺班のトップで、教団No.2候補の一角らしい』
「! ……っ」
教団No.2.......!
そいつを捕まえれば、『ボス』も……そして、昨日影華を洗脳したヤツの正体も分かるに違いない!
「お、お姉ちゃん.......顔が怖いよ.......」
「あ? あぁ.......」
そこまで顔に出ていたか。
この怒りは、到底胸の内に抑えられるものでは無い。
『話を続ける。教団幹部の名前は、阿鳩優! 職業は高校教師!』
(潰す! 潰してやる! No.2とやらも! そして、組織のボスとやらもな!)
「行くぞ赤井! 手を貸してくれ!」
「ええ!」
私たち2人は部屋を後にした。
『.......それに、明陽高校は.......ってあれ? 居ないのか?』
「もう2人とも出かけましたよ。そして、モエさん.......スマホ置いたまま行っちゃいましたね.......」
『そ、そうなのか.......。まあ向かってくれたのだろう.......』
「じゃあ、切りますね」
『あぁ.......。済まない』
電話の向こう側で国井が1人呟く。
「.......。輝木たちじゃないよな? 誰だ? 今の」
--------(side:水野恵) ---------
「先輩、飲み物買いに行きましょうよ」
「うん、行こう行こう!」
3送会が始まってから1時間近く経った。
在校生と、卒業生で互いに簡単な挨拶を終えて、今は歓談の時。
喉が渇いたので私は後輩と自販機へ向かう。
「先輩! 私が出しますよ! せっかくの3送会なんですから」
後輩の名前は茂部加奈子。
私と同じ吹奏楽部で、1つ年下。
「えぇ? いいよー。私の方が歳上なんだしさー」
「そうですか? じゃあ、普通に買いますか」
そう言って彼女はコーラを買った。
「私はミルクティーかなー」
ボタンに手をかけた時、ちょっとした事件は起きた。
「きゃっ」
「.......」
「どうしたの加奈子ちゃん。あ、先生.......」
加奈子ちゃんがコーラを開けた時に、中身が吹き出したようだ。
さらに、ちょうど廊下の角から歩いてきた先生に思い切りかかってしまった。
七三分けでメガネとスーツの似合う、理知的な男性数学教師だ。
「いや.......。いいよ、気にしないで」
先生はにこやかに言う。
それを受けて、加奈子ちゃんが返す。
「そうですか。じゃあ気にしないことにしますねー。あ、先輩、戻りましょ!」
(その返し方はどうなんだろう.......。気にしないでって多分社交辞令なんじゃあ.......)
「うん! あの、すみませんでした。.......えっと」
「優先生」
--------(side:???) ---------
「おい、優.......。このままじゃあ、オレたち.......マジに殺されかねないぜ」
オレにはかつて、かけがえのない親友がいた。
高校で知り合ったその親友は、オレと同じ大学、学部に進み、同じく教職を志していた。
教養、意志の強さ、行動力、そして優しさ。
全てを兼ね備えたアイツを.......オレは心から尊敬していた。
「そうだね.......。いつまでもこの廃ビルにこもってる訳にもいかないし.......」
アイツと2人で行った春休みの海外旅行を、オレは忘れない。
『探せ! 必ず見つけ出して、抹殺しろ!』
南米を訪れたオレたちは、偶然にも麻薬の取引現場にいたマフィアを目撃してしまった。
「.......。スペイン語だ。『必ず殺せ』だとさ.......」
「じ、冗談じゃない.......。オレ達はただ、観光に来ただけなのに.......」
「.......。もう、投降しよう。事情を話して、説き伏せれば彼らだって.......」
「はぁ!? 正気!? アイツら、二重の意味で言葉が通じないのに!?」
「大丈夫だ。俺を信じてくれ。必ず、切り抜けてみせる」
オレが誰よりも尊敬し、信頼している友の言葉だった。
だから、オレは従うことにした。
「だから、私達はただの旅行者で、ここで見たことも決して口外しません!」
『黙れ。現場を見られた以上、生かしてここを出す訳にはいかない』
親友が必死にマフィアを説き伏せる。
(ダメだ。やっぱり話が通じない)
だが、アイツなら.......。
オレの唯一無二の友ならば、きっと.......!
「俺たちを殺してみろ。そんなことしたら、日本から本格的に調査員が送り込まれるぞ。そうなれば、あのルートだって使えなくなるし、お前らだって無事では済まない! 組織解体の可能性もある! それを受け入れる勇気があるなら、俺を殺せ!」
アイツが一気にまくしたてていた。
オレにはスペイン語が分からないから、アイツがなんて言っているか分からない。
だが、それを聞いて、マフィアが狼狽えているのは伝わってくる。
やっぱりアイツはすごいヤツだ。
「優.......。この様子なら、何とか助かるかもしれねぇ.......!」
「本当か!? やっぱり君はすごいヤツだよ!」
マフィアたちが再びオレたちへ目を向ける。
そして――
『.......。やっぱり、お前たちは、殺すことにする』
「ま、待て! いや、そんな! 頼む!」
アイツが拳銃を向けられ、血相を変えている!?
(まさか.......! いや、やはり.......オレたちは.......!)
「お、おい.......。やめてくれよ!」
このままじゃあアイツが殺されてしまう!
助けなくては!
助けなくてはならないんだ!
.......なのに!
「..............」
(体が1歩も動いてくれない! 指先1つすら動かない! オレは、なんて小心者なんだ!)
……その時だった。
アイツが、信じられない言葉を口にしたのは。
日本語だったからオレにも理解できた。
「ち、違う! 俺はただ、コイツに騙されて仕方なくなんだ! 全部コイツが悪いんだ! だから俺だけは助けてくれよ!」
「!?」
「コイツはどうなってもいい! 俺の命だけは、頼む!」
…………。
……オレは売られた?
誰よりも信じていた人間に裏切られた?
「あ、あぁぁ……!」
銃声が響く。
オレの信じていた人間はたった今、目の前で死んだ。
あれから、2日が経った。
オレは.......オレだけは、無事に南米を脱出できた。
オレに宿っていたらしい超常的な力が、オレを守ってくれたのだ。
そして、命を繋ぎ留めたオレは悟った。
人間は……いや、生命である限り、それは自己のためにしか生きられないんだ。
別にアイツはオレを裏切った訳じゃない。
死が差し迫った時、人間には必ず、生命としての本質が現れる。
それだけの事。
オレだって同じだ。
親友が死んだというのに、生き残ったことに心底安堵した。
どんなに立派なヤツだって、臨終の間際には醜く生き長らえようとする。
それこそが、この世の何よりも純粋な感情なのだ。
オレはそれを、美しいとすら錯覚した。
--------(side:Descriptive part) ---------
「いやぁ、あの体験がオレを変えたね。なぁ? 茂部加奈子さんよォ」
「や、めてください.......先生.......! 離して.......!」
夕方の路地裏にて……。
阿鳩優は茂部の髪を引っ張り上げながら、狂気の形相を浮かべていた。
「あァ!? んだよクソガキ! オレ様の話をちゃんと聞けっつってんだろうが!」
「ゆ、許してください.......。お願いします.......」
「許してくれだぁ? 何言ってんだよオメェ? 別にオレはオメェが憎くて殺すわけじゃねェのよ。ま、オレ様のシャツを汚しやがったのはムカついてるけどなァ」
「やだ.......! やめて.......!」
「だから、別に許すも許さねぇもありゃしねぇ」
「じゃあなんで、こんなことを.......!」
「そんなの趣味だからに決まってんだろ? オメェみてェなクソ生意気なガキをブチ殺すのがな!」
「し、趣味.......!?」
「そ。っつーわけだから、オメェが死ぬのは大前提。そもそもこんな場面を見られて、生きて返すわけねェだろうがよォ……」
カナリアの会、幹部会にして暗殺班のトップ。
そのおぞましい正体を露わにし、自身の学校の生徒を容赦なく痛めつけていた……!
「い、いやっ。誰か助けてーーっ! お願い! 誰か来てー!」
「はっ。来ねェよ。来るわけがねェ。クソ生意気なオメェにも分かる理由を教えてやるよ。オメェは今、『ただの人形』なのさ。誰の目にも入りゃしねェ」
茂部の右腕には、ハッキリと『赤い文字』で『人形』と書かれている。
「いやぁっ! やめて! 誰か助けてっ!」
「逃げんじゃねェ! 人の話は静かに座って聞きましょうって教わらなかったのか、このクソガキが!」
茂部は走って逃れようとするが、上手く走れない。
なぜなら今、茂部は――『本当に人形』だからだ。
人形はもちろん走れない!
『触れた物体に赤い文字を記入し、認識や性質を書き換える』
これこそが、阿鳩優の恐るべき超能力だった!
「やだ、やだ! 助けて! お願い.......!」
「いいねェ! いい命乞いだ! この瞬間は堪らねェ! この美しさは、何ものにも代えられねェっ!」
絶望的に思えたその時。
「何やってるんですか、優先生! その子から手を離してください!」
「!?」
そこに茂部の先輩……水野恵が現れたのだった!
水野恵が通う明陽高校の数学教師である阿鳩優。
その正体はカナリアの会、幹部会にして暗殺班のリーダーだった……。
ついに正体を現したその阿鳩優へ、水野恵が後輩を助けるために立ち向かう……!




