ざまあ!無実の罪で全校生徒から土下座を要求された僕は、逆に一人ずつ土下座をするように要求した。
「「土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座!」」
高校2年の春、僕は体育館の壇上に立たされ、全校生徒約1200人から響くような土下座コールを受けていた。
この状況に至った背後には、入学当初から僕を嫌っていた鮎喰京介の存在があった。
「皇、みんな待ってんだぜ? 盗っ人のてめぇが土下座すんのをよっ!」
「……っ」
鮎喰に頭を押さえつけられた僕は、全校生徒が見守る中で壇上に両手をついていた。
「これは冤罪だ! 僕は盗っていない!」
「言い逃れなんてできるわけねぇだろうがッ! てめぇのロッカーからなくなった金が出てきたのはどう説明すんだよッ! このゴミクズ野郎がァッ!」
我が私立帝王学園にはとある風習があった。
年に一度、アフリカの恵まれない子供たちのために、校内に一週間だけ募金箱が設置されるのだ。みんなの思いがこもった募金箱は、学校側が責任をもってアフリカに届けてくれる――はずだったのだが、理事長室に保管されていた募金箱が忽然と消えた。
学校中が騒然とし、全校生徒の持ち物検査が行われた。教師たちは生徒の中に募金箱を盗んだ犯人がいると疑っていた。
僕のクラスでも、担任によって手荷物検査が行われていた。当然、僕は犯人ではないので、持っていた物を全て机に並べてみせた。
しかし――
「あっ、あった! 募金箱があったぞ!」
担任が僕の私物を確認していると、教室の後ろの方から騒がしい声が聞こえてきた。声の方に振り返ると、ロッカーの前でさわぐ鮎喰の姿があった。彼の胸には失くなったはずの募金箱が抱えられていた。
「鮎喰、それをどこで見つけたんだ!」
担任が問いただすと、鮎喰はとあるロッカーを指した。
「皇のロッカーに入ってありました!」
その瞬間、教室が騒然となった。
「マジかよ」
「嘘でしょ」
クラスメイトたちは一斉に犯罪者のように僕を見つめ、担任は「お前が盗んだのかッ!」と僕を犯人扱いした。
「――僕は盗っていません!」
当然、僕は反論したのだが……。
「盗ってねぇって、コレ! お前のロッカーから出てきたんだけど? どう説明するつもりだよ。まさか募金箱に足が生えて、勝手にお前のロッカーに入ったとでもいうつもりか?」
「お前が盗ったんだろ、皇!」
「素直にゲロっちまえよ!」
「みんなの気持ちをなんだと思っているのよ!」
「マジでクズ過ぎるだろ、こいつ」
「募金箱パクるとか、マジで鬼畜の所業じゃん」
誰もが僕を犯人だと決めつける中、
「す、皇くんは、その……盗ってないと思います」
「拝村さん……」
唯一僕の無実を信じてくれる人がいた。拝村架純だ。クラスの女子の中でも比較的大人しい彼女は、いつも教室の隅で本を読んでいるような真面目な生徒だった。
「は? こいつのロッカーから募金箱が出てんだぞ? それで盗ってねぇは意味わかんねわ。つか、何なのお前? ひょっとしてきめらぎのこと好きなんじゃねぇの?」
鮎喰の嘲笑に、拝村さんの顔はみるみると真赤に染まり、彼女は今にも泣き出しそうな顔でうつむいてしまった。
「おい、うつむいていないで何とか言えよ!」
「そこまで言って逃げんなよ!」
「皇が盗ってないって証拠くらいあんだろうな?」
僕をかばったばかりに、クラスメイトたちから容赦ない野次が飛ぶ。
「い、一年生の頃、皇くんが……その、募金を募っている男の子に募金をしているのを見ました」
「は? だから?」
「そ、そんな人が……募金箱を盗むとは思えません」
「なら何でこいつのロッカーから募金箱が出てくんだよッ!」
「……け、今朝、あ、鮎喰くんたちが……その、皇くんのロッカーを勝手に開けているところを見ました」
「は? てめぇふざけんなよ! 俺たちがやったって言いてぇのか!」
鮎喰の犯行を見ていた拝村さんの証言によって、僕の無実は証明できたかに思えたのだが、
「お前ら付き合ってんじゃねぇーの?」
鮎喰と仲のいい男子生徒、風間隼人の一言で、再び教室はどよめきに包まれた。
「というか、そもそも京介が募金箱なんて盗むわけないじゃん」
自信満々に言い放ったのは、人気ファッション雑誌でモデルを務める冷泉莉世。鮎喰京介と恋人関係にある女だ。
「つーか、皇をかばって京介たちのせいにしようとか、マジこの女クズくね?」
「わ、わたしたちは付き合ってなんかいません」
「――だったらんっだよ! ウチの彼氏が盗んだって言いてぇのか! あぁんっ!? ウチの目見てもっぺん言ってみろよ! このブス!」
風間の彼女でギャルの和久井絵美の怒鳴り声に怯える拝村さんは、震えながら小さくなっていく。このままでは僕をかばってくれた拝村さんが悪者になってしまう。それだけは絶対にダメだ。
「彼女は関係ない。事実を話してくれただけだろ」
「事実……? てめぇ、俺が盗ったって言いてぇのか?」
「鮎喰、お前が僕のロッカーに募金箱を隠したんじゃないのか?」
「っんなもんはあのクソ女の作り話に決まってんだろうがッ! このボケがァッ!!」
鮎喰は依然として、僕が盗んだと主張し続けるつもりのようだ。
やはり、一年前のことを相当根に持っているようだな。
「担任なんだからよ。先生からもちゃんと言ってやってくれよ」
西方先生の弟は去年大学を卒業したばかりで、鮎喰の父親が経営する会社に就職していた。そのため、ウチの担任は鮎喰には逆らえなかった。
「お、お前が盗ったんだな、皇」
「盗ってないと言っているじゃないですか」
「……お、お前のロッカーから出てきたんだから、お前が盗った以外ありえないだろ!」
「だから、それは拝村さんが言うように、鮎喰たちが僕のロッカーに入れただけです」
「う、うるさいっ! 拝村は恋人のお前をかばってデタラメを言っているだけだ!」
「僕と拝村さんは付き合っていません」
「そんなことはどうでもいいんだよ! とにかく、この事は今すぐ理事長に報告させてもらうからなっ!」
「……もう一度言いますけど、僕は盗っていませ――」
「――うるさいっ! 犯人はお前以外いないんだよ、皇!」
こうして、僕は募金箱を盗んだ犯人として仕立て上げられてしまった。
そして現在、急遽体育館に集められた全校生徒の前で、僕は募金箱を盗んだ犯人として公然と非難されている。
「早く申し訳ございませんでしたって頭下げろよっ! ほらァッ!!」
僕の頭を押さえつけ、床に擦りつけようとする鮎喰に、僕は必死に抵抗していた。
「みんな待ってんだろ? 窃盗犯のてめぇが頭を下げるところをよぉっ!」
「僕は……盗っていない!」
「いい加減認めろよ、てめぇ以外犯人はいねぇんだからよ」
にらみ合う僕たちの前で、土下座コールは豪雨のように続いた。
その時だった。
「――――何をやっている!」
勇ましい女性の声が体育館に響き渡り、あれほど騒がしかった土下座コールが一瞬で静まった。
私立帝王学園の女帝である生徒会長罰之樹楓が、生徒会メンバーを引き連れて体育館にやって来たのだ。
「生徒会だ……」
遅れてやって来た生徒会メンバーの登場に、体育館はざわめきに包まれていた。
罰之樹楓は騒然とする体育館を睨みつけると、生徒会が遅れた理由を全校生徒に説明し始めた。
「生徒会は皇紫苑の申出により、募金箱が隠されていたという彼のロッカーを調べていた。結果から伝えよう、彼のロッカーの鍵は壊されていた。あの状況では彼でなくとも、募金箱を彼のロッカーに隠すことは可能と、我々生徒会は判断した」
体育館はさらなるどよめきに揺れていた。
「ちょっと待てよ! だからってこいつが犯人じゃねぇってことにはならねぇだろ!」
「2年の鮎喰京介だな。確かに貴様の言うとおりだ。それだけで皇紫苑が募金箱を盗んだ卑劣な犯人ではないということにはならない」
にやりと口元を持ち上げる鮎喰に、僕はいらだちを覚えていた。
「しかし、犯人だと断定することもできない!」
「なっ!?」
「本人が冤罪を主張している以上、彼のロッカーに募金箱が入っていたという理由だけで、彼の犯行だと決めつけることはできない」
「いやいやいや、こいつのロッカーに入ってたんだから、盗ったのはこいつ以外にありえないだろ!」
「誰かが彼に罪を擦りつけようとしている可能性は、十分考えられますわね」
生徒会長の後ろから姿を現したのは、金髪の縦ロールヘアが特徴的な副会長、百鬼メアリー。噂では彼女はドイツとのハーフだと言われている。
「だ、誰がそんなことするんだよ!」
「それは3年のわたくし達にはわかりかねますわね。但し、生徒会の情報によると、皇紫苑は入学当初から孤立していたとありますわね。彼が孤立するきっかけになった出来事も、ここでお話いたしますか?」
「それは……別にいい。今更だしな」
あの出来事を蒸し返されたくないのは、彼の方なのだろう。
あれは1年前のことだ。
初めての電車登校に浮かれていた僕は、駅構内のエスカレーターで不審な動きをする男を見つけた。僕と同じ帝王学園の制服を着た男子生徒が、前方の女子生徒のスカートの中をスマホのカメラで撮影していたのだ。そのことに気付いた僕は、男の腕を掴みとった。
「何すんだよ!」
「君、今女の子のスカートの中を撮影していたよね? それは犯罪だよ」
「し、知らねぇよ! つか、離せよっ!」
「――――っ!?」
僕は男に突き飛ばされてしまい、その隙に男は改札の方に走り去ってしまった。
「逃げられたか……」
しかし、教室には先程の男子生徒がいた。
そして、目が合った瞬間――
「あっ、痴漢野郎だ!」
彼は僕を指差した。
駅で自分がしていたことを、まるで僕がしていたかのように、クラス中に聞こえるように話し始めたのだ。
鮎喰京介――この男は僕が見てきた人間の中でも、トップクラスのクズだ。学園の外でもいろいろと問題を起こしており、会社を経営している父親が、裏でその問題を隠蔽していることも知っている。
「さあ、わかったらこんなくだらない事はもうおしまいだ。皆、教室に戻るんだ。先生方もそれでいいですね?」
生徒会長の言葉に、教員たちは顔を見合わせてうなずいた。
「ちょっと待ってください!」
そこで、待ったをかけたのは、他ならぬ僕自身だ。
「僕は無実の罪でこんな目に遭ったんです。みんなから犯罪者扱いを受け、壇上で頭を押さえつけられるという暴力を受けました。さらに土下座しろと罵声も受けたんです」
「それで……私たちにどうしろと?」
「生徒会の皆さんの手で、彼らに謝罪させてください」
「謝罪……?」
「無実の僕に土下座を要求したすべての人間、それを見過ごした教師たちに、土下座で謝罪してもらいたいです。もちろん、鮎喰京介にもしっかり土下座してもらいます」
「は? てめぇふざけんじゃねぇぞ!」
「みんな見てるぞ?」
「……っ」
憤怒に燃える鮎喰が僕の胸元をつかみ取ってきたので、僕は鮎喰から生徒会長に視線を向けた。今すぐにこの暴力的な生徒に謝罪させてくれと、生徒会長をまっすぐ見つめた。
「皇紫苑、貴様は何か勘違いをしている」
「……?」
「貴様の容疑はまだ晴れてはいない」
「……なるほど。では、僕が犯人でないとわかれば、全員に土下座をするよう、生徒会長の方からお願いしてもらえるんですよね?」
「……」
眉をひそめて困惑する生徒会メンバーとは異なり、生徒会長は表情ひとつ変えることなく僕を見つめていた。
「自らの無実をどうやって証明するつもりだ?」
「警察を呼んで指紋を採取してもらいます。幸い、僕は募金箱には触れていませんから」
「だとしても、募金箱は一週間校内に設置されていた。その期間は学園の生徒なら誰でも触れられたはずだ。ならば、指紋を採ったところで犯人はわからない」
「でしょうね。でも、募金箱が保管されていた場所ならどうですか? 確か……理事長室の金庫にしまわれていたんですよね? そこなら、ひょっとしたらあるんじゃないですか? 犯人の指紋が……」
何度目かのざわめきに包まれたその時、「警察は呼びません」しわがれた声が体育館にこだました。
声の主は、この学園の最高権力者――理事長だ。
「どうしてですか? 学園内で窃盗事件が起きたんですよ?」
「我が帝王学園は歴史ある学園です。警察沙汰になってしまえば、学園の名誉に傷がつきます。そうなれば、在校生であるあなた方にも迷惑がかかってしまいます」
「理事長、僕は現在迷惑しているんです」
にっこり微笑んだ理事長は、
「あなただけの問題ではないと言っているのです」
「それはいくら何でも虫が良すぎますよ。僕が犯人に仕立て上げられるところ、理事長も見ていましたよね? 全校生徒による土下座コール、すごかったですよね? あれを理事長並びに教師が全員見過ごす学園の、何が名誉なんですか? そんなもんこのゴミクズみたいな学園にはありませんよ? 何なら、今の光景をマスコミにリークしてもいいんですよ。いや、マスコミより暴露系YouTuberに送って問題にしてもらいましょうか? あっ、嘘だと思ってます? 教室でハメられたとわかった瞬間から、ほら――」
僕は胸ポケットに入れていたスマホを取り出し、それを理事長や全校生徒に見せつけた。
「動画撮っていたんで」
「「「「!?」」」」
「僕の要求はただ二つ、今すぐ警察を呼び、僕に罪を擦りつけた真犯罪者を見つけてください。そしてもう一つ、僕が犯人でないと証明された場合、生徒会メンバーと2年4組の拝村架純さんを除く全員は、一人ずつ壇上に上がって土下座してください! あと犯人が判明次第、犯人は名誉毀損などで訴えます」
と、僕は鮎喰を睨みつけた。
先程までの勢いは消え、彼の額からは冷や汗がにじみ出ていた。今にも倒れそうなほど、顔色が悪くなっていた。
1年分の怨みをここで晴らしてやる。
「学園側にも精神的苦痛を理由に訴えさせていただきます。西方先生には個別で対応させていただきますね。辞表、書くなら早いほうがおすすめですよ。西方先生みたいなクズ教師がいると、第二、第三の僕が現れるかもしれませんから。徹底的にやらせていただきますね」
「――なっ!?」
にんまりと微笑む僕とは対照的に、西方は青白い顔でぶるぶる震えていた。
お前は無職になって後悔することになるだろう。
「ちょっとお待ちなさい」と事態の収拾を図るべく声を上げたのは、副会長だった。
「――百鬼!」
しかし、そんな彼女を生徒会長が制止した。
「巻き込まれたくなければ口を出すな」
「でも――」
「皇は本気だ!」
生徒会長の視線を追いかけるように、副会長も僕が掲げるスマホを見た。
「私たちが体育館に来たときの状況を思い出せ」
「え……」
「全校生徒が一人の男子生徒に土下座しろと声を荒げ、それを教師が黙認していた。それだけでも洒落にならんくらいヤバい。その上、本当に彼が無実だったとしたなら……」
「……」
「私たちの顔はバッチリ撮られている。あんなものがSNSに出回れば、人生終わるぞ……百鬼」
「……っ」
「私たちが今できることは、彼の味方をするか、これ以上は口を出さないでいることだ。幸い、今のところ私たちの印象はそれほど悪くはない」
どうやら、生徒会メンバーは完全に傍観者に徹するつもりのようだ。生徒会長の指示だろうな。
ま、賢明な判断だ。
ここで全校生徒や教師をかばうような発言をしてしまえば、いじめに加担したと思われても仕方ない。そうなれば、この動画が公開されたとき、バッシングを受けるのは生徒会である彼女たちでもある。
しかし、ここまでのやり取りならば、帝王学園で唯一まともだった生徒会として、彼らの名誉だけは保たれる。賞賛する人々もいることだろう。
「皇くんと言いましたね。一度理事長室で話をしましょう」
「だが断る!」
「は!?」
「今すぐに警察を呼んでください! あと、誰も体育館から出ないでください! 証拠隠滅に走られても困りますから。特に理事長、あなたが一番信用できない」
「な、なぜ私なのです!」
何を白々しい。
「募金箱は理事長室の金庫にしまわれていたんでしたよね? そんなもん、どうやって開けて取り出すんですか? ダイヤル式か鍵式か知りませんけど、仮に理事長室に忍び込めたって、金庫をこじ開けるなんて高校生には無理です。となれば、これは管理者の責任ということになりますよね? このことについては、生徒を代表して生徒会長の方から、理事会の方に報告してもらいたいです。僕では不可能だと思うので」
僕はスマホのカメラを生徒会長に向けた。生徒会長はじっと僕のスマホに視線を向け、逡巡したのち「引き受けよう」と了承してくれた。
これで上手くいけば、理事長を辞任に追い込める。
理事長が鮎喰の父方の親戚ということは、同学年の間では有名だった。鮎喰は素行が悪く、成績も低かったことから、帝王学園に入学できたこと自体が不思議だと言われていた。一部の生徒の間では、入学当初から裏口入学の噂も広がっていた。
この際、問題を根本から解決するために、すべてを明るみに出すのが得策だと思う。未来の後輩たちのためにも、僕が頑張らないと。
「こんなことは馬鹿げています。……皇くん、あなたももう気が済んだでしょう。今回のことは目をつむります。ですから、もう終わりにしましょう」
このおばさんは本当にダメだなと、僕は思わずため息が出た。
「理事長、状況わかってます? この動画が表に出れば、終わるのはあなた方学園のほうなんですよ? 今やSNSは世界と繋がるツールなんです。世界中からバッシングされれば、帝王学園の名前すら残りませんよ」
「大袈裟です」
「大袈裟……? 聞きましたか、冷泉莉世さん」
僕は全校生徒の中に、身を隠す女子生徒に目を向けた。
「なっ、なんであたしに振るのよ!」
「芸能人の意見を聞きたいからですよ。この状況、SNSに詳しい芸能人から見てどうですか?」
「え……いや………それは………ねぇ、お願いだから撮らないでよ!」
いつもは芸能人オーラを振りまく彼女が、おどおどと目を泳がせていた。
「あー、そっか! ファッションモデルの冷泉莉世さんは鮎喰と付き合っているんでしたよね? 彼氏だから、暴力を振るっても許されるってことですか?」
「ち、違うっ!」
違うわけあるかっ!
お前たちがいつも、僕や拝村さんを馬鹿にしていたの知っているんだからな。百歩譲って僕のことだけなら見逃してやったかもしれないけど、僕のことをかばってくれた拝村さんを馬鹿にしたことだけは、絶対に許さない。
呑気に芸能人なんてやれると思うなよ。
「違うって……何がですか?」
「あたしは……その、土下座コールにも参加していないし、そんな暴力男と付き合ったりしてないわ! 皇くんの誤解よ!」
「は? 何言ってんだよ莉世ッ!」
「気安く話しかけんじゃないわよ! この暴力男!」
「て、てめぇふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! そもそも募金箱を盗んでこいつのロッカーに入れたら退学にできんじゃねぇ? って提案したのはてめぇだろ! ――……あっ、しまった!」
慌てて両手で口を塞ぐが、時すでに遅しである。
生徒会メンバーや全校生徒たちは驚きの表情を浮かべ、口を大きく開けてただ立ち尽くしていた。
「では、窃盗の指示役が冷泉さんで、実行犯が鮎喰くんということでいいですか?」
「――待って、あたしじゃない! はじめに募金箱を盗もうって言い出したのは絵美と隼人よ!」
「ふざけんなしっ!」
「俺たちは関係ないからなっ! つーか、ふざけんなよこのクソモデルっ!」
「は? 事実を言ってるだけじゃない! あんたらがくだらないこと言わなければ、こんなことにはならなかったのよ!」
「っんだとこの野郎っ!」
醜い仲間割れに、生徒会メンバーもあきれ果てている。
「生徒会長、先程の約束覚えていますか?」
「……本気なのか?」
「人に罪を擦りつけたんですから、謝るのは当然では? ――――っ!?」
約束通り、真犯人たちに土下座をさせるよう生徒会長にお願いをしていると、いきなり鮎喰に体当たりされ、吹き飛ばされてしまった。
「――あっ!?」
「うらぁあああああッ!」
――バキッ!
「なっ、なにをするんだッ!」
倒れた僕からスマホを奪い盗った鮎喰が、床にスマホを投げつけた。
「動画がなかったらいいんだろうがァッ!」
粉々に割れたスマホをこれでもかと踏みつける鮎喰の姿を見て、「あっはははは――」悪魔のような高笑いを響かせる理事長。
静まり返る体育館に、理事長の笑い声だけがこだました。
「ナイスよ、ナイス! スカッとしたわ京介!」と、年甲斐もなくはしゃぎ回る理事長に、生徒会メンバーはドン引きしていた。
「ヤバすぎますわよ、あの理事長……」
「あの理事長にあの生徒、親戚というのはどうやら本当のようだな」
鮎喰は僕のスマホの上で跳びはねていた。
「ざまあみろ、ボケッ!」
「な、なんてことするんだ! 器物破損だぞ!」
「知るかっ! どんくさいてめぇが転けて落として壊れただけだろ。なぁ、そうだろみんな!」
凍りついたように静まり返る体育館に、狂人のような鮎喰の声が響き渡った。
「そ、そうだ! 京介の言うとおり、今日体育館では何もなかった。それでいいじゃないか!」
鮎喰の提案にすぐさま賛同したのは、彼の仲間の一人、風間隼人だ。
風間は驚きに困惑する全校生徒に向かって声を張り上げていた。
「お前らだって土下座しろって言ってただろ! あれがSNSに上がってみろ。集団いじめをした加害者の一人として、一生付きまとうことになってたんだぞ! この先帝王学園の卒業生ってだけで、就職だって困難になる。それでも良かったっていうのかよ!」
誰もが同じように、今日のことを無かったことにしようとしていた。
「だからと言って、こんなこと見逃せるかッ!」
「あのなぁ、生徒会長さんよ。あんたらだって帝王学園の生徒なんだぞ? 学園の関係者でもない限り、あんたらが生徒会メンバーだって誰も知らない。帝王学園の制服を着てるだけで後ろ指さされていたところだったんだ」
「隼人の言うとおりだ! こんなイキリ散らかしたゴミクズ野郎はどのみち退学だ! そうだろ、おばちゃん!」
「もちろんよ!」
鮎喰にサムズアップする理事長は、その通りだと首肯する。
「生徒会の皆さんも、退学にはなりたくないわよね?」
「こんなふざけたこと、許されませんわよ」
「ここは私立帝王学園なの! 文句があるなら他所にでも行けっ! さあ、先生方も通常業務に戻ってください」
ほっとしたような顔で笑顔になる教員たちの中に、大きく口を開ける西方の姿があった。
――ざ・ま・あ・み・ろ・ま・ぬ・け。
口の動きからして、そう言っていたのだろう。
「生徒会長! このままでいいんですか!」
「こんなの無茶苦茶じゃないですかっ!」
「生徒会として、断固抗議すべきです!」
「もちろんそうするつもりだが、動画がなければ……有耶無耶にされて終わるだけだ」
生徒会長の言うとおりだ。唯一残っている証拠は、鮎喰に破壊されたスマホだけだ。
しかし、生徒会が証言してくれたとしても、おそらくそれほどの罪には問われないだろう。ましてや、世論を巻き込むことなどできるわけがない。
「……終わった」
くそっ。
みんな何事もなかったように体育館から出ようとしていた。
僕は悔しくて床に拳を振り下ろしていた。
「――――投稿しましたぁあああああ!!」
突然、体育館に振り絞るような声が響き渡った。
なんだ……今の声。
壊れたスマホから声の方に顔をあげると、そこには、胸の前で、震えながらスマホを握りしめる拝村さんの姿があった。
「……拝村、さん?」
普段は教室で控えめに本を読んでいる彼女の、こんなに力強い声を聞いたのは初めてだった。
「わ、わたしも……と、撮っていました」
「え……」
「み、みんなで……皇くんをいじめてるところ、全部、撮っていました。理事長が笑っているところも、鮎喰くんが皇くんのスマホを壊すところも、全部、私撮っていました!」
「は……? 何言ってんだよ、このブスッ!」
慌てて壇上から飛び降り、拝村さんの下に駆け寄ろうとする鮎喰の前に、生徒会メンバーが立ちはだかった。
「――――!?」
「拝村さんと言ったな、生徒会が責任を持って君を保護する。だから、君の正義を続けたまえっ!」
小さく頷いた彼女が、まっすぐ僕を見つめる。
「私、怖くて、恥ずかしくて、ずっと言えずにいたことがありました。そのことを一年間、ずっと後悔していました。……私は1年前、鮎喰くんにスカートの中を盗撮されていたところを、皇くんに助けてもらったんです」
拝村さんの告白に、体育館内は一気に騒然となった。
「なっ、何言ってんだよてめぇッ!」
「本当のことです。1年生の頃は皇くんと別のクラスでした。私……てっきり彼が上級生だと思っていたんです。でも、違いました。同学年の生徒だと知った時には……すでに、鮎喰くんによって彼が盗撮犯にされた後でした。私は申し訳なくて……」
「ゆっくりでいいんですわよ」
泣き出してしまった拝村さんの肩を、副会長が優しく抱き寄せた。
「……私、皇くんの誤解を解きたくて、みんなの前で話すと言ったんです。けれど、皇くんに止められました。話しても、私が嘘つき女にされて、いじめの標的になってしまうからと……守ってくれたんです。だけど、私……ずっと苦しくて、いじめの標的になったとしても言っておけば良かったと……今でも後悔しています」
そこで一度言葉を切った拝村さんは、鮎喰に向き直った。
「私……もう逃げません。皇くんを助けるためなら、あなたと戦います!」
突き出したスマートフォンの画面には、拡散力の高いSNSが表示されていた。そこには、全校生徒による土下座コール動画が添付されていた。
「総員、スマホを構えろ! 全力拡散、打てぇえええええ!!」
生徒会長の号令により、SNSアプリを開いた生徒会メンバーが一斉に、拝村さんの動画を拡散した。その動画はあっという間に広まり、1時間後にはネットニュースとして取り上げられることになる。
「貴様らの悪事も、もう終わりだ! 理事長、今日のことは生徒を代表し、理事会に報告させていただく」
「そ、そんな……」
青白い顔で、その場に座り込んでしまった理事長に、「当然ですわ」と副会長はゴミ虫を見るような目を向けていた。
魂が抜け落ちてしまったように放心状態となっていたのは、何も理事長だけではない。担任の西方をはじめ、鮎喰、冷泉、和久井、風間の5名も、廃人のように天井を見つめていた。
「はは……ははは……」
鮎喰たちの、乾いた笑いが小さくこだましていた。
「みんなの誤解を解くのが、遅くなってしまってごめんなさい!」
「ううん。……ありがとう、拝村さん」
僕たちは初めて、笑顔で笑いあった。
「こちらこそ、今まで守ってくれてありがとうございました」
「うん!」
◆◆◆
「申し訳ございませんでしたぁあああああ!」
世界中に広まった土下座動画により、帝王学園は急遽記者会見を開催する事態となった。会見の場において、理事長は日本国民の注目の中、涙を流しながら土下座をした。
生徒会長が理事会に掛け合うより先に、理事長は解任されてしまった。
「ごめんなさああああああい」
冷泉莉世も土下座の映像を公開したが、彼女のSNSには多くの中傷が殺到し、所属事務所は事態を深刻に受け止め、彼女を解雇した。彼女は大勢のモデル仲間と一緒にシャンプーのCMなどに出演しており、噂ではかなりの違約金が発生したと言われている……。
西方は教師の職を失った。最近、彼を駅前のハローワークで見かけたが、声をかけることは避けた。ちなみに、帝王学園の他の教師たちも、3ヶ月間の給料大幅カットの処分を受けた。これは少し寛容な措置かもしれないが、受け入れるしかないと思う。
あの動画の中で最も注目を浴びた鮎喰は、高校を退学せざるを得なくなった。さらに、鮎喰家に対して敵対的な人々が、この機会に暴露系YouTuberに情報を提供し始めた。一族全体に対する深い恨みがあったようで、鮎喰の父親は数年にわたる脱税が発覚し、経営していた会社から内部告発を受け、年内にも倒産の危機に瀕していると言われている。
僕は、帝王学園を含む西方、鮎喰、冷泉、和久井、風間の5人に名誉毀損や精神的苦痛などで訴訟を起こしている(一部示談が成立している)。そんな事情もあり、アルバイトをする必要がないほど経済的に安定している。
ちなみに、SNSの世界では帝王学園の生徒会の人気が驚くほど高まっている。教師であろうと、理事長であろうと、どんな立場でも不正行為を許さない姿勢は、日本中で正義の象徴として崇拝されていた。
逆に、帝王学園の人気は生徒会によって更に高まった結果となってしまった。
一つ気がかりなことは、退学した鮎喰をはじめ、まだ大勢の生徒や教師から土下座による謝罪を受けていないということだ。
しかし、それでも最近の僕は機嫌がいい。
なぜなら、
「おはよう、拝村さん」
「おはようございます、皇くん」
この春から人生初の彼女ができた。
寒い一年間を終え、僕たちの青春ラブコメが始まろうとしていた。
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ご愛読ありがとうございます。
もしよろしければ、評価の方をお願い致します。
別作品『101回目の人生で、俺が初めて好きになった相手は破滅確定の皇女殿下!?』を掲載しております。こちらもよろしければお読みください。
↓から読みに行けますので、よろしくお願いいたします。m(_ _)m