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1 プロローグ

 今宵、ロアンデル王国の王立アカデミーでは、卒業パーティーが開催されている。


 美しくドレスアップした生徒達は、別れを惜しみ、卒業を讃え、優雅に踊る。

 今年は卒業生の中に第一王子が含まれることもあって、例年よりも一際華やかだ。


 セリーヌ・ルヴィエは、その菫色の瞳を気怠げに伏せた。柔らかな銀色の髪はサイドにゆるく流し、片方の麗しい肩が露わになっている。卒業パーティーに相応しい、華やかなワインレッドのドレスを纏う彼女は、今夜の主役だ。


 ──悪い意味で。


「セリーヌ・ルヴィエ! 君との婚約を破棄することを、ここに宣言する!」


 唐突にこの国の第一王子である、アベル・ロアンが声を張り上げた。

 その瞬間、華やかなパーティーは、緊張感が漂う空間に一変する。関係のない生徒はさっと壁際に避け、講堂の中心にセリーヌは取り残された。セリーヌの目の前には、アベルとピンク色の髪をした女が寄り添いあって立っている。


 ルヴィエ公爵家の長女であるセリーヌは、幼い頃から第一王子アベルの婚約者として淑女教育を受けてきた。二人の婚約は国の決定であり、本人の一存でどうこう出来るものではないはずだ。

 国王も王妃も不在のこんな場で、婚約破棄を宣言するなんて、アベルは余程阿呆らしい。


(やっぱりこうなりましたわね……)


 セリーヌ自身は特に動揺もせず気怠げな雰囲気をまとっている。ふぅと溜め息をつく姿も妖艶で、この騒動を見学している生徒達は、セリーヌに釘付けだった。


 一方でアベルは、婚約破棄に動じないセリーヌに不満気だ。ピンク頭の女の腰をグッと引き、さらに密着しながらギャンギャンと吠える。


「聞いているのか!? 俺は、オデットと運命の出会いを果たしたのだ! 君のような高飛車な女は飽き飽きした! 俺は真実の愛を貫く!」


(運命の出会い? 真実の愛? 馬鹿馬鹿しい……)


 しん……と講堂が静まり、セリーヌの出方を皆が見ている。セリーヌは呆れた口調でアベルに応えた。


「恐れながら殿下。貴方は先週の放課後、その方と医務室のベッドにいらしたそうですが……事実ですの?」


 途端に会場がざわついた。この国では一夫多妻制度は認められているものの、婚前行為に対しては厳しい意見が多い。ましてや一国の王子が、医務室なんて簡素な場所でいかがわしい行為をしていた……なんてことを認めれば、とんでもないスキャンダルだ。


「っ! き、君は公務ばかりで俺は二の次。指一本触れさせてはくれなかったではないか! 寂しい俺の心を、オデットが癒やしてくれたのだ」


(認めたわね! 最低!)


 その発言で一気に会場のざわめきが大きくなった。王子はカァッとその顔を赤く染め、反撃を試みる。


「君こそオデットを虐めて楽しいか!? 彼女を階段から突き落としたそうじゃないか!」

「全く身に覚えがございませんわ。何月何日のことですの?」

「先週の金曜日だ! 泣きながらオデットが足が痛むと言うから、俺が医務室に運んだのだ」


 浮気の日時を自分で証言していることに、アベルは気づいているのだろうか。セリーヌはまたもや「はぁ」とため息をついて、自身の身の潔白を説明する。


「先週の金曜日でしたら、妃教育と公務でアカデミーを休んで、終日王宮におりました。わたくしの護衛騎士でも、講師の先生でも、王妃様でも、どなたにでもご確認くださいませ」


 セリーヌの無実を複数の人物が証言出来るのだ。事実無根であることは明白である。濡れ衣は着せられずに済んだ。


 そしてセリーヌは、怒りに満ちた心を華麗に隠し、ニッコリと笑う。


「しかしながら、婚約破棄は承りました。婚約者がいるのに、学校のベッドで浮気をするような男性とは添い遂げられませんわ。ごきげんよう」


 優雅にその場を退場するセリーヌ。その姿はどこまでも気高く美しい。彼女に批判的な言葉を浴びせる者は誰一人いない。婚約者の裏切りに涙一つ見せない彼女に、数多くの賞賛の眼差しが送られていた。



 ──第一王子の不貞というスキャンダルでざわつく講堂から、早速抜け出した者が一人。


 セリーヌのことを密かに想い続けていた『彼』は、この機を逃すまいと行動することにした。


 セリーヌとアベルの婚約が正式に破棄され、他の男が彼女に言い寄る前に、自分が彼女に愛を乞うためだ。誰よりも早く彼女に縁談を申し込む為に、彼は両親の元へ急いだ。


 直接彼女に言い寄るよりも、両親の力で強制的に婚約を結んでしまう方が確実だ。彼女の心はその後で、ゆっくりとじっくりと、愛を囁き甘やかし尽くして手に入れるのだ。


「ごほっ! ごほごほ!」


 急いだせいで咳が出た。口元を押さえた手に血が滲む。

 もしかしたら自分に残された時間では足りないかもしれないが。だがそうだとしても、自分の全財産や地位を彼女に遺せるのならば、それもいい。あと幾許かの命だったとしても、その全てを彼女に捧げよう。


 全てを諦めかけていた人生が、急に光り輝いていく気がしていた。


 やっと舞い込んだ好機。絶対に逃しはしない。

 


 これは、彼の一途な想いが、成就するまでの物語──。

お久しぶりです。

今日から毎日連載します!お楽しみいただけますように!


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