8話:教えられてきたことが幻だとしたら
王都に着いて、彼女と分かれ、竜騎士の屋敷へと向かった。
「卵!? ドラゴンが出産したのか! これはめでたい!」
竜騎士は喜んで、屋敷の中の調度品を一品持っていいとのこと。
「ジブロ、どれか一番高価なのを選んでくれないか?」
「いいだろう」
俺もケシミアも、物の価値はわからない。わかる人に頼んだ方がいい。
「ないな。ほとんど模造品だ。武器庫から杖とハルバードを貰っていった方がいい」
「絵画もあるぞ」
武器庫を覗いていたら、竜騎士が薦めてきた。
「自分で描いたものだろう。竜騎士が生きている間は価値が上がらない。やめておけ」
ジブロに聞いて、鉄と樫、ヒノキの杖3本を貰い、ケシミアはハルバードの模造品を貰っていた。
「また、なにかあれば頼むぞ」
そう言って竜騎士に見送られ、そのままジブロの鍛冶屋へと向かった。
「親方! コロシアムから、剣闘士の方が来ていましたよ!」
弟子の青年が、ジブロに駆け寄っていた。
「ああ、剣を早く作れと言っているのだろう。大丈夫だ。竜骨とミスリルが手に入った。これでどうにかなるだろう」
「竜の骨!? そんなものどこで手に入れたんです!?」
「後ろの冒険者たちと知り合ってな」
弟子の青年は俺たちを見て、「ありがとうございます!」と丁寧に頭を下げてくれた。
「ケシミア、模造品のハルバードを弟子に預けてくれ。ゴル、研いでやってくれ」
「わかりました!」
ケシミアはハルバードの模造品をジブロの弟子に渡していた。
「ミストはどうする? ハンマーでもなんでも持っていっていいぞ」
「これでも俺は魔術師だよ」
「杖を使わなくても、魔法は放てるだろう?」
「そうだけど……」
「その樽に先が少し重い杖が入っているから、選んでくれ。お前たちの報酬はまた後で作ってやろう」
そう言って、ジブロは奥にある火事場へと向かった。
「これ、杖じゃなくて、メイスじゃないか!?」
俺が樽の中身を見て叫んだ時には、店先にはケシミアしか残っていなかった。
「職人の言うことは聞いておこう。気長に待っているからね!」
ケシミアが奥に声をかけて、外に出た。
「ジブロから報酬貰い損ねたな」
「いいじゃないか。暇つぶしの予定だったのに、ドラゴンとも戦えたんだから」
「それもそうだね。酒を買いに行こう」
「おい、ちょっと待て。変な酒を選ぶなよ」
その日は結局、酒屋に行っていろんな種類の酒を買い、宿で就寝。
翌早朝。
冒険者ギルドの職員が宿にやってきた。
「朝早くから申し訳ございません」
部屋のドアの前にいたのは目玉の樽を引き取ってくれた職員だった。
「はぁ……、おはようございます」
「おはようございます。依頼をいくつか達成されたようで……」
「はい。たぶん、達成したんだと思います」
「少々、込み入った話があるのですがよろしいですか?」
職員はだいぶ焦った顔をしていた。
「出ろと?」
「はい」
俺は眠そうなケシミアを起こして、とるものもとりあえず表に出た。
「俺たちに何をやらせるつもりですか?」
「冒険者ギルドまで来てください。急がないと町の城門が開いてしまったら、行商人も冒険者たちも通りを埋め尽くしてしまいます」
冒険者ギルドの裏口から中に入り、訓練場に連れていかれた。
窓から床板に朝の陽ざしが注いでいる。
白髪だが筋骨隆々の戦士が、笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「突然の呼び出しで、申し訳ない。ギルド長のギャランだ」
「おはようございます。ミストです」
「おひゃひょーごじゃいます。ケシミアす」
朝が早すぎて、ケシミアは喋れてもいない。
「先日、ラミアの大群を討伐、昨日は竜の卵とミスリルの鉱山を見つけたということだが、事実かな?」
「ええ、その通りです」
「それでミストくんは幻惑魔術師で間違いはないのか?」
「間違いありません」
「ん。わかった。一度手合わせ願いたい。そちらのケシミアさんもよかったら参加してくれ」
「手合わせ……?」
戸惑っている間に、ギャランは木剣を構えて、こちらに向けて軽く振った。
木剣だというのに、かまいたちのような風圧で新しいローブの端が切れてしまっている。
「ケシミア、最高のワインが来たぞ!」
塔ではワインを飲むと、女剣士の幻覚が現れる。
「ぬぅあっ!」
ケシミアは目を見開き、ハルバードを薙いだ。ギャランは跳んで躱していたが、職員のすぐ横の壁に斬撃の跡ができてしまった。
「きゃあっ!」
朝の訓練場に悲鳴が響く。
「逃げておけ!」
ギャランは職員に簡単な指示を出して、こちらから視線を外さない。
「斬撃を飛ばすのはお互い様か」
「朝だというのに血が上り過ぎじゃないですか?」
鎮静化の魔法をギャランに放つ。
「そんな幻惑魔法が効くほど、人生浅くないわ!」
ギャランは魔法をはじき返して、一気に距離を詰めてくる。
その目の前に明るい灯を放った。
ギャランは勢いを殺さずに、木剣を振り下ろしてくる。一瞬もたじろがない。
目を閉じて、気配だけで俺の位置を確認していたようだ。
鉄の杖が木剣を捉え、受け流していく。そのままカウンターの肘でギャバンの顎を狙った。
ギャランは首を振って受け流すも、体勢が崩れてゴロゴロと床板を転がった。
転がった先には、魔法で足音を消えたケシミアがハルバードを振りかぶって待っている。
「参った!」
ギャランは木剣を手から離して、両手を上げた。
「ミスト、木剣に鉄の杖はズルいよ」
ケシミアはハルバードを下ろして、俺に苦言を言う。
「ルールは、ギルド長が決めてるんだ。武器ぐらいはこちらのを使ってもいいだろう?」
「いやいや、私のわがままを聞いてくれてすまなかった」
ギャランは立ち上がって、大きく息を吐いた。
「やはり、現役には敵わんな。これも規定でね。悪いが、君たちには冒険者ギルドを辞めてもらう」
ギャランは微笑みながら言った。
「え!? 何でですか?」
「倒したから? 聞いてないよー」
「冒険者を辞めて、冒険家になってくれ」
「冒険家ってつまり?」
「冒険者の中でも特に優秀な者を我々、冒険者ギルドは支援することになっている。つまりパトロンだ。君たちには13代目の冒険家として世界に出てもらいたい」
「いや、え? どういうことですか?」
「君たちがこの国でできることはほとんどないと言える。その戦闘能力を王家のためだけに使うのは、あまりにもったいない。世界にはまだ見ぬダンジョンや遺跡、一般人では侵入不可能な森、砂漠、海が存在している。たった二人のパーティーで冒険家になるのは異例中の異例だが、短期間での依頼達成を見ると、こちらの規則を変えざるを得ない。これがギルドとしての結論だ。突然ですまないが、こちらも君たちの出現はあまりにも突然だったのでね」
ギャランはゆっくりと俺たちに理解できるように話してくれた。
「国を出て旅に出ろって言うこと?」
ケシミアが聞いていた。
「その通りだ」
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「この国、というかホームの塔があるんですけど、帰ってきてもいいんですかね?」
「もちろんだ。何かを見つけて帰ってくるもよし、訓練が足りなければ、こちらでもコロシアムでも、いくらでも施設、武器、防具、薬や寝具まで用意しよう」
「そうは言っても、国から出て闇雲に歩いていけばいいってわけでもないんでしょ? どこに行けばいいのよ。私、世界地図なんて見たことないよ」
「今のところわかっている地図は用意があるから持って行ってくれ」
職員が訓練場に来て、地図を渡してくれた。
この国は隣国と比べても小さい国だったらしい。魔法学園では教えてくれなかった現実だ。市民に余計なことを報せない。王権制度とはそういうものなのだろう。
「私からも一つだけ聞いてもいいか?」
ギャランが俺をまっすぐ見た。
「どうぞ」
「歴代の冒険家は仲間を集めて、世界を旅してきたのだが、共通点がある。どの冒険家パーティーにも幻惑魔術師がいるのだ。君たちには、なにか別の能力があるのか?」
「さあ、それはわかりません。我々、幻惑魔術師はちょっとした気分を変えたり、人の本来持つ能力を少しだけ上げたりするだけです。この国の外側ではそれが重要だと言うことでしょう」
「そうか……」
その後、職員に冒険者カードを返し、ドッグタグを渡された。
「これを首にかけておいてください。かつて異国のダンジョンで見つかったアーティファクトです。あなた方の経験がそのまま記憶されるはずですので……」
どうやって記憶を取り出すのかは教えてくれなかった。
「わかりました」
昨日まで達成した依頼の報酬を受け取り、俺とケシミアはドッグタグを受け取って、ひとまず宿へと帰った。
「一旦、塔に戻ろうか」
「うん」
嬉しいはずなのに、なぜか冒険者ではなくなった寂しさの方が大きかった。
荷物をまとめて、宿を出て、駅馬車に乗り込むまで、俺もケシミアも会話が少ない。もっと王都を堪能したかった。この国の冒険者と同じ冒険がしたかった。見果てぬ夢を、ただ見ていたかった。
俺たちは、これから世界に出て、現実を見に行くのだ。あれほど見たかった現実が、少し怖かった。
窓の外は、来た時と同じ雨が降っている。心が落ち着いているのに、ざわざわとした不安は消えないでいる。
ゴトッ。
すでに王都から出てしばらく進んだところで、後ろに積んだ荷物が大きく揺れる。
ゴンゴン。
何かが紛れ込んでいるらしい。
御者が馬を止め、後ろの荷台を開けた。
「はぁ~っ。身体がおかしくなっちまうよ!」
荷台から出てきたのはジブロだった。
「何をやってるんだ?」
「ちょっと時間が足りなくてさ。そのミストたちの塔は時間の流れが遅いんだろ。ちょっとそこで仕事をさせてくれ」
ジブロのはにかんだ汚い笑顔を見ると、張り詰めていた糸が切れたように、すっと心が和んでしまった。