7話:誰かを励ますのは幻か、それとも仲間か
「がはっ……!」
俺たちは吹っ飛ばされて、壁にぶち当たった。
全身がしっかり痛い。ただ、自爆の対処法を幻覚で経験済みだったので、どこも折れていない。数か所の打撲で済んだ。
転がりながら受け身を取って立ち上がり、ドラゴンを見ると、メラメラと身体中を燃え上がらせて、天井に向けて咆哮を放った。
ガォオオオオ!!
全身が震え、身体の中の闘争心が呼び覚まされるような感覚が襲ってくる。
熱くなった杖を槍のように構えて、思い切りぶん投げる。自分が魔法使いなどと言ってられなくなり、一人の人間として全力で立ち向かっていくしかない。
退路はとっくに断たれている。生きるか死ぬか。ドラゴンに呼応するように血液が沸騰するように血が巡り始めた。
ヒュンッ! カッ!
投げたはずの杖がドラゴンの背後にある壁にぶつかった。
ドラゴンはすでに肉体を捨ててしまったようだ。
幻覚にはなかった現象に、頭のてっぺんからつま先まで興奮が止まらない。
ドッシュ!
ケシミアがドラゴンの炎をかき消すように、ハルバードを振った。
土埃が舞い、炎が中心部に収束していった。
咆哮した姿のまま骨が残り、ドラゴンは炎と共に消えてしまった。
中心部には人間の胴体と同じくらいの黒い卵が隠されていた。
「ドラゴンの産卵か」
ふと魔法で作った灯が消えかけた。
戦う現実がいなくなり、力を出し尽くし損ねたが、本物のドラゴンが幻覚を越えていたのは間違いない。
俺は有り余る魔力を大きな灯にして、部屋を明るくした。
壁際の岩が灯に反射して、きらめいている。
「オリハルコンか? まさかな」
「たぶん、ミスリルだよ」
「よくわかるな」
「だって、ほら軽い」
落ちている鉱石を拾うと、思っている以上に軽い。ミスリルは鋼のように固く羽のように軽いと聞いたことがあるが、持って握ってみるとよくわかる。
「おーい、無事かー!?」
ジブロの声が聞こえてきた。
しびれを切らせて、ワイバーンの巣に入ってきてしまったらしい。
「わあっ! ドラゴンの骨か!?」
ジブロが目を丸くして驚いていた。鍛冶屋の中にはドラゴンの骨も素材として使う職人もいると聞いたことがある。
「俺たちは卵を持って帰るから、後はジブロが好きにしていいよ」
「オリハルコンはないけど、ミスリルと竜の骨でどうにかならない?」
「なるともさ! 鍛冶屋の腕が鳴るというもの。すまんが採集を手伝ってくれ」
黒い卵を大事に鞄に入れて、ジブロを手伝った。
ドラゴンの歯は元より大腿骨や翼の骨、尻尾などをまとめて縛っていく。後はミスリルを運べるだけ採取。ジブロは大喜びで、作業をしていた。
「これほどの素材には滅多にお目にかかれねぇ。いやぁ、いい仕事をしたな。ミストたちはなんてパーティーなんだ?」
「アルコだよ。アルコールのアルコ。酒好きでね」
「でも、街中でミストに酒を飲ませないでよ。大変なことになるから」
幻覚を作り出してしまう。しかも、酒の種類によって全く違う化け物を、とは言わなかった。バレたら王都から追い出されるかもしれない。
「外に出ると眩しいな」
太陽が中天に昇っている。
林では冒険者たちが巣から出てきたワイバーンと戦っていた。
俺たちからすれば、負けるはずもない魔物だったが、冒険者たちは苦戦している。
「ダメだ! 今回の試験は諦めよう!」
「逃げるぞ!」
山麓まで走って逃げかえっている冒険者たちもいた。
「ちょっと待って! 足に何かが……!」
食獣植物の蔓が、女剣士の足に絡みついている。かわいそうに。仲間に逃げられて、植物に食べられるなんてあんまりだ。
剣士は剣で攻撃しているが、転んで力が入らない状態で振っているため、食獣植物の表皮に弾かれてしまっている。
「あれ? 魔法学園の人じゃない?」
「あ。本当だ」
だとすれば、これは昇ランク試験の真っ最中。
すでに食獣植物が大きな花弁を広げて彼女を襲っているが、助けた方がいいのかどうか。
特に幻惑魔法にかかっているようには見えないし、一人で抜けられるなら見てなかったふりをした方がいい。
もがいている彼女の両足に蔓が巻き付いて、どうやっても抜けられそうになくなった。さすがにこれは危ないんじゃないか。
「大変そうだね。大丈夫? 助けようか?」
「ミスト!? 助けて!」
恐怖の魔法を食獣植物に放つと、あっさりと足に巻き付いて蔓を外して、林の中に引っ込んでいった。
「ありがとう。助かったわ。私……、ひっ」
悔しさで泣き出しそうになっているので、鎮静化の魔法で彼女の背中を撫でた。助けた上に、悔し涙に付き合っていられるほどこちらも暇じゃない。
竜騎士にドラゴンの卵を届けないと。
「ああ、ごめん。落ち着いたわ」
大きく深呼吸をしていて、涙をひっこめていた。
「少し冷静になって考えた方がいいよ。仲間も含めて」
「とりあえず、駅馬車の時間が迫っている。早いところ麓まで下りよう」
彼女も溶解液をかけられた足を簡単に拭って立ち上がった。
すでに麓の駅には馬車が着いていて、4人で馬車に乗り込むとすぐに出発した。逃げていった冒険者たちは徒歩で帰ったらしい。
「これを逃すと夕方まで待たないといけないからよかった」
この辺りで冒険者をスカウトしていたジブロは駅馬車事情に詳しい。
「私、どうすればいいと思う? 仲間もいなくなって、装備揃えるために借金までして、冒険者続けられるかな?」
彼女が話し始めてしまった。もしかして仲間になりたいとか言わないよな。
「それは知らないけど、借金するより地道に、依頼を請けていくしかないんじゃないの?」
「地道に薬草採取はやったのよ。でも、それじゃあ全然、仲間が集まらないのよ」
「仲間が欲しくて仕事をしてるのか?」
「その気持ち、わからなくはないけど、雰囲気でついていくと大変な目に合うわよ」
横で聞いていたケシミアが、真剣な眼差しで彼女に語り掛けた。
「冒険者を続けていくうえで、仲間は本当に大事だと思う。私も全然仲間が見つからなくて薪わりばっかりしていたからよくわかるの」
確かに出会った時のケシミアは、冒険者ギルドの裏で薪わりをしていた。
「騙されたこともあるし、薬草や胸当てだって盗まれたこともある。裏切られて、私一人置いていかれるなんてことはしょっちゅうあった」
普段明るいケシミアだが、意外に苦労していたようだ。
「でもね。幻惑魔術師にはついて行かない方がいいと思う」
「え!?」
俺のことをそんな風に思っていたのか。
「どうして? やっぱり役に立たないの?」
やっぱりってなんだ!?
「想像で地獄を思い浮かべてみて……。その何倍も凶悪な魔物と100日は戦うことになるから。連戦連敗は当たり前。死んだと思って気絶して、起きたらまた同じ魔物と戦ってる」
「それ、どういうこと?」
わけもわからず彼女は俺の方を向いた。
「俺たちはホームの塔で幻覚と戦ってるんだ。ちょっと時が進むのが遅くて、少しだけ量が多いってだけで」
「付き合わされているこっちの身にもなってくれる? やっと倒してへとへとになったのに、お酒飲んでまた幻覚出すんだから、やってらんないよ」
ケシミアの不満が噴出した。興奮しているのか。
「あ、また鎮静化の魔法でごまかそうとしているでしょ。そうはいかないんだからね!」
首を絞められた。
「わかった。魔法は使わないから、落ち着けって」
「じゃあ、もう酒は飲まないね」
「飲むよ。それだけが楽しみで生きてるんだから!」
「じゃあ、死ね!」
「やめろ! 今殺すな!」
首を絞められ続けた。
荷台で暴れている俺たちがうるさかったのか、御者さんに怒られて、ケシミアは俺の首から手を離した。
「どう? これでも仲間ってほしいと思う?」
「思わない」
彼女は首を横に振った。
「だから、仲間はちゃんと選んだ方がいいよ」
「どうしてケシミアは、それでもミストについていくの?」
「それはあれだけの地獄を味わったんだから、その分は取り返さないとって思っているだけよ」
「そうなの?」
「あとは、まぁ、自分が成長しているって思うからかな。時々、今みたいに殺したくなるけどね」
「そうなんだ。なんか羨ましい関係ね。いつかミストの塔に行ってみてもいい?」
彼女の中で何かが変わったようだ。
「構わないよ」
「ああ、酒さえ飲まなければいい奴だよ。ミストは。幻惑魔法だって、世間で言われているほど役に立たないわけじゃないし」
ケシミアは正直者の気分屋だから、先ほどまで俺を殺そうとしていたのに、今はケロッとしていて褒めている。
「お前たちは仲がいいな」
ジブロは笑って俺たちを眺めていた。
「先日会ったばかりですけどね」
「相性がいいんだろう。幻惑魔術師に、珍しいハルバードを持った女戦士が冒険者やってるなんて、早々見ない」
「変人同士で仲間になったら上手くいったってこと?」
彼女がジブロに聞いた。
「そうとも言う。まぁ、味噌っかす同士が仕方なく仲間になってるという見方もできるが……」
「竜骨を見つけたのは誰だと思ってるんですか?」
「そうだ! ミスリルなんて高級品を探し出したんだから、ジブロの鍛冶屋では高いハルバードを貰うよ」
「ほらな。両方を敵に回すと大変な目に合う」
いつの間にか、彼女は食獣植物に襲われたことも仲間に裏切られたことも忘れて笑っている。幻惑魔法を使っても、こうは上手くいかない。