5話:幻を扱う者としての矜持
丸1日以上かけて学生時代に住んでいた王都に到着。大きな建物が並び、行商人たちが歩いていた。
町人たちも数えきれないほどいる。朝は門の近くで人の波ができるほどだ。
その波をかき分けて、馬車が進んでいく。
「私は初めて来たよ」
ケシミアは初めてだったらしい。
広場の駅に辿り着き馬車から下りると、スパイスの香りがした。広場には大きなタープがかけられ、雨でも賑わっていた。
広場を抜けて、大きな建物に目玉入りの樽を運んだ。少し臭っているが、屋台のスパイスの臭いで気にならないだろう。
建物は冒険者ギルドの本部の裏口。大きな荷物は裏口から搬入することになっているそうだ。
「報告は受けています。アルコのお2人ですね?」
職員のエルフが尋ねてきた。
「そうです」
「樽の中身はラーミアの目玉で、よろしかったですか?」
「ええ、開けてみますか?」
職員は少しだけ開けて「うっ」と口を押えていた。集合体恐怖症というのを聞いたことがある。
「間違いありませんね。こちらの鑑定士に見せて、報酬を決めますので、2、3日お待ちください。宿はこちらでご用意いたします」
「わかりました。それでお願いいたします」
「つかぬ事を窺いますが、アルコさんはランクを上げる気はありませんか?」
「え? ランクって?」
ケシミアも俺も、冒険者にランクがあるなんて知らなかった。
「冒険者のパーティーのランクを上げれば、指名の依頼を請けやすくなるんですよ。知りませんでしたか?」
「ええ、先日まで田舎町で活動していたものですから」
「そうですか……。実績は?」
「2人で請けたのはゴブリンの討伐と、ラミアの討伐だけですね」
「なるほど。ただ、証明書にはなるべく高いランクの依頼をするよう頼まれています」
先遣隊が、よく言ってくれたらしい。
「何か特別な訓練でもしましたか?」
「模擬戦を少しだけ」
「少しぃい!?」
ケシミアに睨まれたが、全ては塔での出来事。1日しか経っていない。
「そうですか。もし、待っている間、お暇でしたら、こんな依頼もありますのでよかったら請けてみてください」
職員が依頼書を数枚渡してきた。
「いや、いくら暇でもこんなには請けられませんよ」
「もちろん請けなくても構いません。それは高ランクの方々に配る依頼書ですから。掲示板に貼ってあるものとは別の依頼なので、できれば内密にしてください」
「わかりました」
冒険者ギルドには様々な依頼が来るが、確かに他人に知られたくない依頼というのがあるのだろう。
「え? ドラゴンが行方知れずって、王都はなんでもありなんだね」
ケシミアは依頼書を見ながら、困惑していた。
「とりあえず、宿に行って飯でも食おう。依頼はその後でもいい」
馬車での移動中はだいたい寝ているので、変な姿勢になっていて痛い。
裏路地から出て表通りに出たところで、目の大きな金髪の女剣士がこちらを見ていた。
真新しい鎧に、きらめく剣、およそ冒険者とは思えぬ香水の匂い。頬を染める異常な興奮状態。
「あ! やっぱり! ミストでしょ!」
「え? ああ、そうだよ」
「久しぶり! まさか王都で会うなんてね。もしかして冒険者になれたの?」
ケシミアとハルバードを見て聞いてきた。
「やぁ、久しぶり。偶然だね。一応新人だけど……」
正直、誰だかわかっていない。たぶん、魔法学園で同学年だったのだろう。こちらからすれば幻惑魔法を理解できなかった人だ。
「私はこれから仲間と昇ランク試験なんだ。応援してくれる」
「ああ、がんばってね」
「じゃ。もしこんど共闘することになったら頼むよ。それまでに私のところまで上がってきて」
「善処します」
名前も知らない彼女は、屈強な身体の男たちの下へと戻ろうとした。そのパーティーの中に、おそらく幻惑魔法を齧っている者がいる。
まだ、はっきりとわからないが、何かおかしい。彼女の格好と仲間たちの様子が不自然だ。
「あ、ちょっと待って!」
俺は咄嗟に彼女を止めていた。
「どうかした?」
「俺は学生時代、幻惑魔法ばかりしていただろう? だからおまじないみたいなものだと思って聞いてくれ」
「うん」
パンッ!
柏手を打つように手を叩いた。
「これだけ覚えておいてくれ。邪気を払う」
「あ、ありがとう」
彼女は目を瞬かせながら、こちらを見ていた。自分が何を見ているのかわからないような目をしている。正気に戻ってくれたのならいいのだけど。
「周りの声は気にするな。昇ランク試験、がんばって!」
「うん」
彼女は、仲間たちの下に戻っていった。
「誰なの?」
ケシミアが聞いてきた。
「知らない。たぶん、学生の頃、同学年だった人だ。興奮の魔法を受けていたから解いたんだ」
「そう。ただ、パーティーメンバーに恋をしているだけかもよ」
「だといいけど……」
「変な奴だと思われたんじゃない?」
「元からそうだよ」
冒険者ギルドで指定された宿に行って、荷物を置いて昼飯を食べに出かけた。
食は塔を出てからの楽しみでもある。
お金が入るので、今日くらいは奮発してもいいだろうと、屋台ではなくちゃんとした料理店に入った。
「でも同じ学園の人ってことは、幻惑魔法をバカにしてた人だったんじゃないの?」
骨付き肉にかぶりつきながら、ケシミアが聞いてきた。
「え? ああ、さっきの人? そうかもね」
「だったら、わざわざ幻惑魔法を解いてあげることもなかったのに」
「ああいう使い方はしない方がいい。幻惑魔法を学ぶ者としてはあるまじき使われ方だ。それが我慢ならなかっただけ」
「アルコの評判が下がるかもしれない」
「悪かった。でも、実務で返そうよ」
テーブルに依頼書を広げた。
「どれもトンチキな依頼だよ」
「確かに」
貴族の息子の試験に身替わりで出てくれ、とか、失くした指輪の模造品を作ってくれ、とか、オリハルコンの鉱石を探しに行ってくれないか、などだ。
極めつけは、竜騎士の一族の屋敷からドラゴンが逃げたから探してくれという依頼。
「これにしようよ。ドラゴンがいるなら幻覚との違いを見ておきたいし」
「なんでもいいよ」
相変わらず、ケシミアは正直者だ。
食後、腹ごなしに王都を散策。とにかく広い。
工房地帯や商業地帯、貴族の屋敷が立ち並ぶ区画。どこの通りも馬車が通れるようになっていて、裏道でさえ一方通行はできるようになっていた。
石畳も整備されていて、修復工を時々見かけた。
竜騎士の屋敷は、貴族街の端に位置し、兵舎も近くにあるようだ。衛兵が列をなして、城へと向かうのを見た。
「冒険者ギルドからやってまいりました」
そう言うと、門を開けてくれた。屋敷までも距離があり、きれいな庭園が広がっている。季節の花々が咲いていて、ケシミアは花の名前を知りたがった。
庭師が剪定している横のベンチで、竜騎士だという壮年の男性に話を聞いた。竜騎士という役職があること自体、この国に住んでいるのに知らなかったし、子息ではない貴族と話すのも初めての経験だ。
「我が家系は、竜も守り人として代々、竜騎士を名乗ってきた。無論、今ではドラゴンに乗るようなことはないのだが、それでも献身的にドラゴンに尽くしてきたと思う。ドラゴンの方も30年は動くようなことはなかった。深い眠りについているし、争いもないので、表立って活動することもなかった。ところが……」
竜騎士は、深く眉間に皺を寄せた。
「ひと月ほど前、突然、何の前触れもなく翼を広げて、社から出て東へと飛び立ってしまった」
思わず東の空を見てしまう。
「祝詞を唱えて落ち着かせる間もなかった」
祝詞を唱えて竜を落ち着かせていたとすれば、ある意味、幻惑魔法を扱う一族と言うことになる。そもそも、ドラゴンに幻惑魔法が効くのか。俄然興味が出てきた。
「なにか行先に心当たりはありませんか?」
「文献があったと思うが、私の代になってから書籍は図書館にすべて寄付してしまって……」
竜騎士は大きく項垂れていた。
「頼む。このままドラゴンを逃がしたとなれば、末代までの恥だ。どうか助けてくれ」
そもそもドラゴンがいなくなったら、竜騎士の称号自体がなくなるのだろう。
「かしこまりました。力を尽くします」
屋敷を出て、図書館へと向かった。
「貴族ってのは大変だね。庭師は呼べるのに、お茶は出せないんだよ」
ケシミアは意外なところに気がつく。
「ドラゴンがいなくなって大変なんだろう」
「それに、ほら、報酬も金貨10枚程度の品って書いてある。本当かどうか怪しいもんだ」
「目ざといな。たぶん、報酬は価値がないだろうな。ドラゴンを見つけてくるのも期待していないかもしれない」
「だったら、こんな依頼を請ける必要ないんじゃない?」
「ドラゴンを見つけられるかもしれないし、幻惑魔法が効くとしたら、塔の幻覚を変える必要があるだろう?」
「なんだ、結局それか」
「だって、ラミアの目玉でお金は入ってくるし、これは暇つぶしのための依頼だ。気楽にやろうよ」
「達成できたら、新しいハルバードを買っていい?」
「いいよ」
「じゃあ、やるか」
ダークエルフの機嫌を取ってやる気にさせた。
図書館でドラゴンに関する文献を探していると言うと、司書さんたちが協力してくれた。
国の地図を広げて、ドラゴンの逸話が残る地域をピンで刺していくと、王都から北東のある地域までしかないことがわかった。
「東端はビスボラス火山か」
「馬車で半日の距離ですね」
俺たちはドラゴンを探しに向かった。