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4話:魔物の目玉に映ったのは幻か


 冒険者ギルドには銀狐の獣人であるフェティがやすりで爪を研いでいた。


「フェティ、久しぶり!」

「ケシミア、一日しか経ってないじゃない? 何を言ってるの?」

「ああ、そうか」

「あれ? ちょっと待って、2人とも痩せた? いや、筋肉が付いたのかしら……」

「ちょっと2人で修業してたんだ。地獄のようなね」


 俺は掲示板を見て、請けられそうな依頼を探す。

 ジビエディア、ワイルドベアなど鹿や熊など獣の魔物が多いようだ。

 その中に【緊急依頼:ラーミアの繁殖地】という依頼書があった。


「フェティさん、これはなんです?」

「ああ、ここからさらに辺境の沼地で、ラーミアが繁殖しているそうよ。10日後に王都からも討伐隊がやってきて、駆除殲滅作戦が決行されるわ。よかったら2人とも後学のためにも参加してみたら?」


 フェティは気軽に誘っていた。


「この辺境の沼地って、この町から近いんですか?」

「ええ、馬車に半日乗っていれば辿り着くんじゃないかな」

「わかりました。これを請けます」

「そう。よかった」

「ラーミアの討伐部位って尻尾ですか?」

「いや、目玉よ。まぁ、10日後に落ちてたら拾ってきて」


 フェティは俺たちが10日後の討伐隊と共に行くと思っているようだ。

 冒険者ギルドでは請けた依頼は達成できたら、報告すればいいだけ。緊急依頼なので期間は決まっていない。


「準備はする?」

 ケシミアが聞いてきた。

 鉄の杖もハルバードもひん曲がっていて、無理やり使ってきた。


「武器と防具か。ケシミアはどうする?」

「さすがに胸当てくらいは欲しいかな。あと安いのでいいから回復薬。塔では死ななかったけど、リアルは死ぬからさ」

「はい、お金。ゴブリン討伐の報酬が丸々残ってるから多分足りるはず」

 銀貨を数枚抜いて、財布袋を渡しておく。


「俺は杖分だけでいいや。ローブよりも鞄を買った方がいいかも。討伐部位って言ったって、普通の鞄じゃ入りきらないと思うし」

「ああ、そうか。目玉はね。量があると意外にかさばるもんね」


 持っていた杖とハルバードを下取りに出したが、ほとんどゴミ扱いだった。高い物ではなく一番安いものと取り換えただけ。


「石化を解く薬も少し買っておこうか?」

「そうだなぁ。リアルのラーミアってそんなに速いのかなぁ」

「私も見たことがないから……」


 結局、雨の中を2人で買い出しに出かけ、武器以外は大きなリュックに入れた。


「帰りはいっぱいになっているといいなぁ」


 淡い期待をしながら俺たちは馬車に乗り込んだ。

 冷たい雨のはずなのに、久しぶりに見たという気持ちの方が強いせいか全く寒さは感じなかった。

 まるで何年も見ていなかった雨を見ているような……。


「パンが柔らかい。美味しいね」

 ケシミアは焼き立てのパンを馬車に持ち込んでいた。


 確かに美味しい。塔では固いパンしか食べていなかった。身体を動かすための栄養になればそれでいいと思っていた。しかも挟んであるのが魚の塩焼きじゃなくて、ハムと新鮮な野菜。それだけで俺たちは感動できる。


「美味しい」

「外に出てよかったよ」

「そうだな」


 幻惑魔法でどうにか正気を保っていたが、冷静に考えればずっと幻覚と戦っているなんておかしな話だ。たとえ、あの塔が幻惑魔術師の到達点だとしても、俺たちのような使い方はする予定じゃなかったのかもしれない。


 雨を見ていたら馬車の中で眠ってしまった。



 起きると、雨は上がっていた。


 馬車は沼地にほど近い集落で、3軒しか家はなかった。すべて宿屋だが、営業しているのは1軒だけ。


「あと10日もすれば、宿屋も開いて満室になるさ。あんた方もラーミアの討伐だろう? この時期になると仕方ないね」

「毎年、ラーミアの繁殖期があるんですか?」

「毎年ってわけじゃないが、この沼地は毒ガエルやヒクイドリまで繁殖する。いくつかの条件が重なると、異常発生するってわけだ」

「なるほど」

「一泊でいいのか?」

「ええ」


 2人部屋を取った。


「連泊するなら、安くしておくぞ」

「いえ、様子見ですから」

 きっぱり断っておいた。試したいのはリアルと幻覚の差だ。


「先遣隊もいるから、あまり喧嘩しないでくれよな」

「了解です」


 荷物を部屋に置いて、早速沼地へと向かう。

 宿は辺り一帯では高台に位置し、沼地全体が見下ろせた。

いくつかの森が点在している。沼の水深は浅くせいぜい膝くらいまでしかないそうだ。

すべて宿のパンフレットに載っていた。


 ひとまず先遣隊が付けた足跡を追う。ぬかるみばかりで靴の跡がくっきり残っていた。

 合羽を着た冒険者が4人、連れだって森の中を移動しているのが見える。


 4人の近くにはラーミアの群れがいた。ケシミアと確認。

特に骨格がおかしいとか、口を大きく広げて溶解液を吐き出したりはしていない。

 手が3対生えていたり、髪を蛇に変えて熱線を放ってきたりもしない。尻尾も溶けて毒沼を発生させたり、分裂して襲い掛かったりもせず、蛇の尻尾のままだ。


 やはり塔に現れた幻覚のラーミアとは違う。


「ごく一般的なラーミアに見えるな」

「初日のラーミアだね」


 先遣隊の4人は、なにか武器を構えることなく1頭のラーミアに近づいていく。

 近づいていくと、先遣隊の目がとろんとして正気ではない。女性の上半身を持つラーミアは先遣隊を誘っていた。


「魅了の魔法だ。幻惑魔法の対策もしないで、よく先遣隊になれるな」

「どうする?」

「とりあえず、同士討ちはできないから、恐怖で固まってもらおうか」

「了解」


 ケシミアがハルバードを構えて、飛び出す用意をした。耳栓をして俺の合図を待っている。


 腹の底から響き渡るように、恐怖の魔法を放っていく。塔での訓練の成果で、沼地の奥の方まで呪文が響いているのがわかった。遠くの森の上を飛んでいた鳥が落ちている。


 張り詰めたような空気が辺り一帯を覆い、風が止まった。


「行くぞ」


 ケシミアの背中をそっと押すと、一直線に駆け下りていってラーミアの首を跳ね飛ばしていた。

 俺も後を追い、近くにいたラーミアたちの開いた口に鉄の杖を突っ込んで、近くの木に頭を叩きつける。地面はぬかるんでいて、衝撃を吸収しそうだった。


 振り返れば、先遣隊の冒険者たちは恐怖で顔が引きつっている。


「すまない。先にラーミアの対処をさせてもらうよ」


 一言断って、固まっているラーミアたちの相手を続けた。反撃も来ないので、ただ頭蓋骨を割って対処していった。


 先遣隊の周りにいたのは9頭だけだが、他のラーミアが近づいてきている音が聞こえる。


 パンッ!


 手を打ち、先遣隊の幻惑魔法を解いた。


「ラーミアの群れがまだ来そうなんだけど、ここにいると襲われると思う」

「わかった。一旦宿のある高台まで退こう」

「そうそう。まだ討伐が始まってもいないうちからケガする必要はないよ」

 ケシミアも明るくそう言っていたが、ラーミアの頭からナイフで目をくりぬいて「視神経って意外に太いんだね」などと言っている。


「あんたたちは逃げないのか?」

 先遣隊の一人が心配そうに聞いてきた。

「もう少し確かめてから行くよ」

 まだラーミアの実力を見ていない。沼地の奥の方に行けば、少しは違うだろう。


 先遣隊が坂道を駆け上がり、宿に帰っていくのを確認してから、再び幻惑魔法を使うことにした。


「どのくらいいけると思う?」

 ハルバードの刃を研いでいるケシミアに聞いてみた。

「これと同じなら1000は固いんじゃない?」

「だよな。もっと大きい鞄を持ってくればよかった」


 ケシミアが耳栓をしたのを確認して、魅了の魔法を放った。


 キョォオオオ!!


 ラーミアの鳴き声を初めて聞いた。

 沼地一帯から、ラーミアがこちらにやってくる。尻尾をうまく使っているが、大蛇の移動速度でしかない。魅了の魔法も効かなければ、視線を合わすこともないので石化することもない。


 尻尾の攻撃はあまりにも遅く当たりようもなかった。爪を振り下ろしていたが、鶏の方が強いだろう。

 これがリアルの魔物かと疑ったほどだ。

 

 ケシミアは近づいてくるラーミアの頭を切り飛ばし、俺は胸を突いて、鉄の杖で頭を勝ち割り、次から次へと倒していった。その数300頭以上。ラーミアの死体が積み上がっていった。

 

 宿から空樽を借りて、ラーミアの討伐部位である目玉を採集していく。感染症が流行るといけないので、木を組み火を点けて死体は燃やしてしまった。


 確認のために沼地の奥まで行ったが、ほぼ同じラーミアしかいなかった。


「いったいどうなってるんだ?」


 目玉の詰まった樽を担いでいる俺たちに、先遣隊の一人が聞いてきた。


「それはこちらが聞きたいですよ」

「とりあえず、300頭までは数えていたけど、正しい数字はもうわからない。これ、冒険者ギルドで買い取ってもらえるかな?」

「ああ、俺たちは先遣隊でもあるが、ギルド職員だ。宿から見させてもらったし、間違いなく討伐したことは証明される。この量だ。金貨で30枚以上は行くだろう」


 一人暮らしなら3年は暮らせる額だ。


「これ、後から来る討伐隊は後始末だけしかやることが残っていないぞ」

「お前たちは二人組のパーティーなのか?」

「そうです」

「パーティー名は?」


 考えたこともなかった。


「アルコ。私たちの実力はアルコールの訓練で培ったから」

 ケシミアが勝手に決めてしまった。悪くない。


「アルコか。できるだけ早く王都に行ってくれ。たぶん、その実力なら、指名依頼も来るはずだ」

「ほら、証明書だ。その樽と一緒に持っていくといい」


 先遣隊のギルド職員がわざわざ連名で証明書まで描いてくれた。


「ありがとう」

「助かる」


 その日は一泊して、翌日、王都行の馬車に乗り込んだ。


「強くなったのかどうかわからなかったね」

「ああ、成長はしていると思うんだけどなぁ」

 


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