31話:死霊術師が見たのは夢か幻
魔法学園の図書室では、ずっとケシミアとコルベルに対し、授業が行われている。
俺は砂漠の文化について調べ、ケシミアとコルベルは実践的な幻惑魔法の対処法をサモンド先生から習っていた。
「幻惑魔法の歴史は飛ばして、とにかく実践的な使い方をお願いします」
ケシミアたちはそう言っていたが、俺がやっていたことを見ているので、ほとんど呪文や魔法の原理を学ぶだけでよかったらしい。
「彼らは、魔法戦士たちなのか? 体術というのか、身体の使い方が異様に上手い」
サモンド先生は闘技場でケシミアたちの使い方を見て、驚いていた。
結局、もちろん複数の魔物に対する魔法は使えないものの、幻惑魔法の解き方や自分の興奮を沈めるような鎮静魔法は覚えていた。
学生たちにも刺激になると言っていた先生も、そろそろ元の授業に戻る頃、俺たちは王都でワインを各種買い込み、我が家へ帰ることにした。ワインを飲めば女剣士の幻覚が現れる。
「なんか大変だったみたいね」
田舎の冒険者ギルド職員のフェティは、連絡を受けていたようで食料などを買っておいてくれた。
フェティへの報告を済ませ、食料の入った紙袋を持って塔に向かう。
幻惑魔術師でなければ見つけられない塔だが、今回はケシミアもコルベルも俺より先に見つけていた。彼らも幻惑魔術師の見習いくらいにはなれたようだ。
「それで? 予定は?」
ケシミアはリンゴを齧りながら聞いてきた。おそらく修行の必要はないと思っている。
「砂漠の魔物について本で読んだ限りだと、大サソリや不死者たちなら、問題ないと思う。苦労するのは、おそらく対人戦だ」
「でも、ケシミアさんより強いってどんな人ですか?」
コルベルには想像ができないらしい。
「ケシミアは自分の弱点をどう思っている?」
「地の利を使われた奇襲、見えにくい罠、遠距離からの毒、あとは巨大な獣だ」
「巨大な獣に関してはまだ無理だけど、罠や毒ならダンジョンがあれば行って帰ってくればいいだろう?」
「そんな都合のいいダンジョンが近くにあるんですか?」
コルベルの疑問に答えたのは、冒険者ギルドのフェティだった。
「あるわよ」
「本当に!?」
冒険者ギルドの建物中に響くくらいケシミアは驚いていた。近所にダンジョンがあるなんて、まったく聞いたことがない。
「ダンジョンというか。あなた方の塔の近くには廃鉱がたくさんあるじゃない?」
「あるけど、あれはダンジョンなんですかね? 山賊たちのアジトになっていますけど……」
「そうね。その中には魔術師が奴隷を使って実験している研究所もあるらしいのよ」
「そんな研究所がダンジョンになっていると?」
「たぶんね。我々ギルドも確認はできていないんだけど、罠があり、魔物が生息している洞穴はあるみたい。冒険者の中にはダンジョンという者もいるし、ちょうど調査をしたいと思っていたの」
「俺たちに場所の特定依頼ですか……?」
フェティは依頼書を見せてきた。
「新ダンジョンなんて冒険家でもない限り特定できないでしょ。それにダンジョンが見つかれば、冒険者誘致の宣伝にもなるし……」
フェティがいる冒険者ギルドの掲示板には依頼書が溜まっている。田舎だというのに、冒険者という便利屋稼業の需要は増えているらしい。
「おじいちゃんとおばあちゃんが多いからね。草むしりから魔物の退治まで、何でもするのが冒険者よ。冒険家も少しは貢献して」
「はい」
俺たちは自分たちの塔に戻り、空の鞄を携えて山の廃鉱巡りを始めた。
ほとんど何もないはずだが、なぜか山賊が住み着いている。
「やあ、どうしてこんななにもないところに住んでるんだ?」
ケシミアがアホな冒険者のフリをして聞いていた。
「何をしに来た? お前も仲間に入りたいのか?」
廃坑の入り口で見張りをしている山賊が、ケシミアを舐め回すようにして見てから聞いている。装備は胸当てに炭鉱夫のようなズボンを穿いて、斧がメインウエポンのようだ。
俺とコルベルはこっそり木陰から様子を見ている。
「そうだ。こんな田舎の山には何もないだろう?」
「いや、実はこの山には魔女が住んでいて、秘宝を隠しているらしい。しかも冒険家の隠し砦まであると聞いた。俺たちは地盤を固めて、ゆっくり探すことにしたんだ」
「つまり宝さがしか」
「ああ、それにな。廃鉱と言っても、もうずいぶん前の話で、まだ廃鉱の中には鉱物も残っているそうだから、損はしないのだと聞いた。お前さんは見る目があるよ」
「そうか。でもお前にはなかったな」
「へ?」
いつの間にかケシミアは見張りの山賊に近づいていて、顎に掌底が入っていた。
糸が切れたように倒れた山賊をそのままにして、廃鉱の中に向けて、俺が狂乱の魔法を放つ。音が反響しながら奥まで伝わり、山賊は元より、潜んでいた蜘蛛の魔物まで暴れていた。
俺たち三人は、入口に立って逃げ出す山賊たちの相手をしていればいいだけだ。
「ん~、初めてミストと達成したゴブリン討伐の依頼を思い出すなぁ」
ケシミアは遠い過去のように言うが、暦の上では1年も経っていない。
廃坑を不法占拠していた山賊たちはロープで縛り上げて、廃鉱の中を覗く。いるのは蜘蛛の魔物と、僅かな鉄鉱石のみ。山賊たちも魔女の研究所を探していた。
廃鉱巡りを続けて4日目のことだった。ようやく落とし穴があり、毒矢の罠が張られた洞窟を見つけた。最初は熊の棲み処ではないかと思うほど獣の臭いがしていたが、普通に死んだ熊や山賊から腐臭が漂っていただけだった。
「札が張られてるね」
熊や山賊の死体にはお札が張られている。魔法陣というよりも呪文に近い文字だ。
「死霊術の一種かな」
「ということは、魔女は死霊術師ですか?」
「そうかもな」
前に入ったダンジョンで、散々骸骨の群れを倒していた俺たちにとって、死者などただの鴨だ。ただ、その洞窟はいくつもの罠や魔法陣が張り巡らされていて、ケシミアの弱点を克服するのには都合がよかった。
「なるほど、罠の傍にもう一つ罠を仕掛けると、引っかかりやすいのか」
「毒の罠は風向きを考えて設置してますね」
「見ろ。この魔法陣は炎の柱が立つように、床板の下に魔石が嵌めこまれている。少し石材を浮かせて躓かせようとしているのかな?」
「こういう微細な罠は人にしかできないよ」
俺たちは洞窟の中にいた骸骨や死霊を撲殺したあと、丹念に罠を観察し解除していった。
「階段から落とすために、こんな大きい仕掛けを作りますか?」
「工務店に頼んだんじゃないか?」
「それにしても、この洞窟ダンジョンを作った死霊術師は盗賊として名を馳せた者なんじゃないかな。どう考えても職業を間違えているぞ」
俺たちは罠を確認してから、一番奥の部屋の扉を開けた。
薄暗い部屋の中で、山賊の死体を切り刻んでいるフードを被った老婆がいた。
「なんだい、おま……」
魔女が言い終わらないうちに、コルベルのナイフが正確に眉間に刺さっていた。
「あ、やべっ。魔女なら躱せるかと思ったのに……」
「まぁ、いいよ。本人の言い訳は今日を繰り返して、聞き出そう。それより、いろんな器具があるぞ」
薄暗い部屋の中を魔法で照らすと、どうやって持ち込んだんだと思えるような檻やトラバサミが置かれている。さらに魔力が溜まっている円盤のようなものまであった。
「これは何に使うんだ?」
「さあ? 俺も初めて見る」
ベッドと棚もあり、芳香剤代わりのハーブが天井から吊るされていた。
ベッドテーブルには研究ノートが置いてあり、日記のような文面が並んでいる。円盤はダンジョンを作るために必要なものなのだそうだ。
どうやら老婆こと魔女は、元々盗賊の家系に生まれ、罠作りを仕込まれた後、お金を貯めて魔法学園に通い、中年になって死霊術を学んだらしい。
「あの魔法学園は死霊術も教えているのか?」
「いや、今はないよ。昔は禁術の類も学問だと教えていたらしいけど、あまりに犯罪者が出るから禁止されているはず。たぶん、このアニシナって魔女はその生き残りの一人だね」
「ダンジョン作りは死霊術師の運命だと書いてますけど、そうなんですか?」
「幻惑魔術師は塔を作り、死霊術師はダンジョンを作るなんて、どちらも学園では聞いたことがないけど……。まぁ、それも含めて本人に聞いてみようか」
塔へと帰り、幻惑魔法を使ってから日をまたぐ。
早朝から山に繰り出し、死霊術師の洞窟まで来ると、普通にアニシナが外でハーブを摘んでいた。
「やあ、アニシナ!」
「な、なんじゃ貴様ら!? なぜ私の名を?」
アニシナは死霊術の呪文を唱え洞窟にある死体を動かそうとした。
ただ、出てきた死体はすぐにケシミアとコルベルによって体を半分にされてしまう。
「まぁ、無理だよ。さて、いろいろと聞きたいことがあるんだ。あ、研究ノートは全部読んでいるから書いていないことを喋ってもらう」
「私が殺したわけではない。勝手に罠にかかって死んだのだ。それを使って何が悪い?」
どうやら死霊術を咎めていると思っているらしい。
「いや、別に捕まえようっていうんじゃないんだ。狡猾な罠の仕掛け方を教えてほしい。それから死霊術師の到達点ってダンジョンを作るものなの?」
「はあ?」
俺たちはそれから何日も通い、アニシナに罠の仕掛け方を教えてもらった。
「死体の腕だけでも使えるようになると便利じゃろう? 死体を動かせたら、罠の幅が広がる。死霊術師がダンジョンマスターを目指すのは宿命じゃよ」
アニシナは大きく頷いていた。
塔の近所に性格の悪い魔女が住み着いてしまったが、留守が多い冒険家としてはいいことなのかもしれない。




