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役立たずと言われた幻惑魔術師が、落ち込み過ぎて最強になる  作者: 花黒子


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30話:砂漠から見たまぼろし


 砂漠では、女性は家の財産としている地域があるらしい。

 ケシミアは早くに家を出て、男に扮して荷運びの仕事をしながら、この国の田舎町まで辿り着いたのだとか。


「顔も体も完全に女だとバレるようになってから、冒険者になったんだけどね。魔物は怖いもんだと教え込まれたから、なかなか魔物に攻撃が当たるようなことがなかったんだよ。それをミストが……」

「そういえば、そうだったね。でも、最初の依頼の時、殻を破ったのはケシミアだよ。あの時、魔法は使ってないから」

「本当? でも確かにあの時から覚悟が決まったっていうか。実家には帰らないって決めた気がする」

 まさか俺との依頼の時に家族との決別を決めていたなんて。聞いてみないとわからないものだ。

 

「でも、近いうちに行かないといけないって言ったのは?」

「ああ、えーっと、許嫁がいるんだよ。もしかしたら待っているかもしれないから、いつまでも待たせるのは悪いでしょ。お嫁さんが魔物殺しじゃ、家系も困るだろうしさ」

「砂漠だと、魔物を殺した者は汚らわしいのか?」

「魔物を殺すのは男の仕事と決まっているから、仕事を奪った女と見られるんだ」

「ルールが多いですねぇ」

「しきたりというやつさ」

「砂漠は、気温差が激しいから、いろんなしきたりが多いのだろう」

「まぁ、そんなところだね」


 ケシミアはあっさりとしていた。


「本当に家族に会わなくていいのか?」

「ん~、勝手に出ていって迷惑かけちゃってるからね。今さらどの面下げて会いに行けばいいのかわからないよ」

「いや、立派に冒険家をやっています、でいいんじゃないの?」

「砂漠の学のない革職人に冒険家とか言っても、理解できないよ。巨大な竜が昔いたとか、この先、温暖化になるとか言っても信じないと思う」


 ケシミアの実家は革職人をやっているらしい。


「だったら、ケシミアの親にもわかるような偉業をやってのけないといけないな」

「そうだね」

「まずは幻惑魔術師から始めませんか? 僕らもなれるんですよね?」

 

 コルベルは幻惑魔法を使いたいようだ。


「ああ、誰でもなれるはずだ。それに先生もいる。明日は皆で図書館の整理に行こう」

「結局、仕事かぁ……」

「嫌なら休んでもいいけど」

「いや、それもやろう。でも、武器の整備をしないか? せっかく知り合いがいるんだし」

「あ、そうか! ジブロの店にも行こう」


 ジブロとは前に借金取りに追われて、塔まで付いてきた鍛冶屋だ。無事に借金を返せていれば、俺たちの武器も鍛えなおしてくれるかもしれない。


「誰ですか?」

「コルベルも会ってみるといい」

「どんな人なんです?」

「情けなさそうに見えて、本当に情けない。ただ、腕は確かだと思うよ」


 

 翌日、王都の職人外へ赴く。

 朝でも鋸を引く音や金槌が鳴る音が響き、職人たちが行き交っている。

ジブロの鍛冶屋の場所を道行く職人に尋ねた。


「ジブロの店なら奥だよ。今は人気だかね。半年待ちとかかもしれないよ。断られたらうちに来な!」


 職人たちにも知られている店のようだ。

 奥に行けば行くほど店は密集しているが、大きな看板が出ているので、鍛冶屋『フローラ』はすぐに見つかった。ジブロは亡くなった妻の名前を店に付けているから見つけやすかった。


「知らねぇよ! そりゃ王都のコロシアムだ。次から次へとすごい奴は現れるってもんだ!」

 懐かしいジブロの声が店中に響いている。誰かに説教しているようだ。


「でも……」

 気弱な女性の声も聞こえてきた。


「こんにちは! 久しぶり」

 カランというドアベルを鳴らして、俺たちはジブロの店に入った。

 中には大柄なダークエルフが体を小さくして、丸椅子に座ってカウンターにいるジブロと話し込んでいたらしい。ダークエルフの女性は俺を見て目を丸くしている。


「おう! ミストにケシミア! 噂をすれば、なんとやら」

「俺たちの噂をしてたのか?」

「ああ、コロシアムのチャンピオンが気になる魔法使いなんてそういないからな。ミスト、昨日コロシアムで一発かまさなかったか?」

「魔法使いたちの相手をしただけだ。幻惑魔術師が冒険家になることが気に入らないらしくてね。それよりも彼女はコロシアムのチャンピオンなの?」

「ああ、リネンだ。リネン、こっちは冒険家のミストとケシミア、俺の恩人だ。それから……」

「コルベルです。冒険家の従士をしております」


 コルベルは入り口のドアの横で挨拶していた。


「そうか。お前さんもあの塔で修業を……?」

「ええ」

「俺も一時期あの塔で鍛冶の修行をしていた。仲間だな」

 ジブロはカウンターから身を乗り出して、コルベルと握手をしていた。


「ジブロ、忙しいところ悪いんだけど、俺たちの武器を整備してくれないか?」

「もちろん、お安い御用だ。ミストは杖で、ケシミアはハルバートだな。コルベル君は何にする?」

「投げナイフがあると助かるんですけど……。ありますかね?」

「もちろん、ある。毒を仕込みやすい方がいいんだろう?」

「そうしてもらえると助かります!」

「仕方ねぇさ。冒険家のパーティーだ。悠長なことは言ってられねえ。超特急でやるが、一週間は待ってくれ」

「わかった」

「北方に行ってたことは知ってるが、次はどこに行くんだ?」

「砂漠に……」


 俺がそういうと、椅子に座っていたリネンが立ち上がった。

 

「砂漠って、あんた故郷に帰るつもりなのか!?」

 リネンはケシミアに聞いた。


「そうよ。許嫁にちゃんとお断りをしようと思ってさ。あんたは帰らないの?」

「私は幼い頃に親に売られた口さ。あんな乾燥した土地に帰るつもりはないよ」

 リネンは暗い目をして言った。


「このリネンは、外の世界を知ろうとしないんだ。剣士どもをばったばったと切り倒しているくせに、王都とコロシアムしか知らない。よかったら相手をしてやっちゃあくれねぇかい?」

「うん、構わないよ」

 ジブロに言われて、ケシミアは受けて立った。


「そんな……私はコロシアムの剣闘士だよ。そこら辺の冒険者とは違う!」

「ルールがあるなら、そっちで決めていいよ。チャンピオン」


 ケシミアは樽に入った安売りの木刀を2本取り出していた。


「こんな狭いところじゃジブロに迷惑がかかる」

「コロシアムの練習場でも冒険者ギルドの訓練施設でもどこでもいいよ」

「仲間だろう? 止めなくていいのか?」


 そう言ってリネンは、こっちを向いた。


「想像を超えた強さなら見てみたいからね」

「いいだろう。私もコロシアムのチャンピオンだ」


 俺たちはジブロの店から、真っすぐコロシアムの練習場へと向かった。

 言い出したジブロも付いてきた。


「強くなっているなら見ておかなきゃな」

 そういえば、ジブロには俺たちの戦いをあまり見せていないかもしれない。



 コロシアムにはリネンの顔パスで入れた。

さらに受付の男が俺に「また出てくれ」と言う。


「盛り上げ方を知ってるんだろう?」

 コロシアムは強ければいいってもんじゃない。チケット代や賭けが成立する戦いをしないと、客を盛り上がらないのだ。

「もうちょっと勉強しておくよ」

 そう返して、練習場を貸してもらった。


 試合前の剣闘士たちが練習に打ち込んでいたが、チャンピオンと冒険家が入ってきたので、壁際に避けてくれた。


「ルールは?」

「ない。戦闘不能にした方が勝ちだ」

「わかった」


 リネンの言ったルールが通ったのに、リネンの方が驚いている。


「武器を落とした方とかにする?」

「いや……。このままでいく」


 すでにリネンの額から汗が噴き出している。

 どちらがチャンピオンなのか、わからなくなっていた。


 昨日の試合を見ていた剣闘士から、「何かやっているのか?」と聞かれたが、首を振って答えた。


「俺が何かしてたら再戦してくれ」

「魔法使いたちは二度と戦わないと言っていたぞ」

「そうか。休暇中は体が鈍る」


 そんな会話をしている間に、誰かが扉を閉めた音で、ケシミアとリネンの戦いが始まった。


 大振りのリネンの攻撃をケシミアが受け流している。


「ぬるぬる動くのがあんたの戦いか!?」

 

 大声で煽ったリネンの足をケシミアが払った。


「無駄が多すぎる。ここに観客はいないよ。真面目に打ってきて」


 ケシミアの一言で火が付いたのか、リネンが突きを連発。眉をよせて難しい顔をしたケシミアを見て、リネンは口角を上げた。


「同じリズム、同じ突きが当たるのは人形だけ!」


 ケシミアがリネンの木刀を握って奪い取った。

 すぐにリネンに木刀を返して、再戦。今度はケシミアが動いた。


 リネンの初動をことごとく、止めている。


「攻撃が正直すぎる。膂力だけでチャンピオンになったの?」


 ケシミアの煽りに、リネンは練習場の砂を握りしめてばらまいた。


「そうこなくちゃ」

 ケシミアは目をつぶったままリネンの攻撃を受けて、そのまま前腕を回して木刀を奪い取った。

「目つぶしをしたのなら、足音を出すな。気づかれちゃ意味がない。可動域が狭すぎて、すぐに距離を潰される。リラックスだよ。リラックス。相手の動きをよく見るんだ!」

「ごちゃごちゃと……!」


 カンッ!


 リネンの木刀が宙を舞う。ケシミアは木刀を捨てて、リネンの顎を掴み、そのまま足をかけて地面に……。


「ふー……、ふー……」

リネンの後頭部が地面に叩きつけられる直前で、ケシミアは止めた。リネンの鼻息が練習場に響き渡る。


「これほど、世界は広いのか?」

 リネンは零れる涙を拭かなかった。

「精度と反復だよ。別に塔の中だけでも今見せたくらいは強くなれる。誰かに見せる攻撃と、誰かを仕留める攻撃は違うんだ。見せて仕留めたいなら、誰かと一緒に見てもらいながら練習した方がいい」

 同族のよしみだとケシミアはその後、リネンの練習に付き合っていた。


「お前たち、こんな強かったのか?」

 ジブロは素直に驚いていた。

「ケシミアさんは実力の半分も出してませんよ」

「魔法学園の図書室で待ってるからな!」


 俺の声にケシミアは剣を振って答えていた。


 俺とコルベルはコロシアムを出て、魔法学園に向かった。


「砂漠の差別について調べておこう」

「そうですね」


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