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3話:幻と踊る


 昨夜、シェリー酒とテキーラを買い、町からホームである辺境の塔に戻った。


「へぇ~、意外に片付いているんだね」


 そう言っていたケシミアだったが、夜中にシェリー酒を飲んでいたらラーミアの幻覚が出現。仕方がないので沈静化の魔法でケシミアを落ち着かせて、眠ってもらおうかと思ったら……。


「塔の中にラーミアが出た!」

「え? ケシミアにも見えるの?」

「目をつぶれ! 石に変えられるぞ! 私たちにはまだ早い!」

「そうかなぁ」


 ケシミアは目をつぶって固まり、俺はラーミアへと挑んだ。どうせ幻覚だ。恐れるに足りない。


 目さえ見なければ、大きな蛇の魔物だ。尻尾の攻撃が主体で、人間の胴体で襲い掛かってきても、剣士のような動きはできない。

 口を大きく耳元まで広げて開けているが、そんなことで恐怖するほど幻惑魔法の使い手の気は小さくはないのだ。


 喉の奥に鉄の杖を突っ込みぐるりと回して、床に叩きつければ、あっさりと幻覚は消えた。


「終わったぞ」

「え? 何が起こったんだ?」

「幻覚だ。酒の種類によって、出現する魔物の幻覚が変わるんだ」

「なんだ、その能力は?」

「先輩の古の幻惑魔術師が作った呪いだよ。もう一つ、幻惑魔法をこの塔で使うと、同じ日を繰り返すからね」

「え? どういうこと?」


 ケシミアは相当、混乱している。


「そういう塔なんだよ。慣れてくれ」

「そう言われても、こんな塔があれば皆使いたいんじゃないか? 誰かが死んでも、同じ日を繰り返せるってことだろう?」

「そうだね」

「あれ? でも確かに、ここに来るときには塔なんて見えなかったけど……」

「ああ、そうか。透明化の魔法がかけられてるんだ」


 幻惑魔術師なら、誰でも解けるような仕掛けは池の周りに張り巡らされていた。というか、光の加減で誰でもわかりそうなものだけど、幻惑魔術師がいるなんて思わなければ、俺も警戒しなかったかもしれない。


「やっぱり、この塔こそが幻惑魔法の到達点なのかもな」

「到達点て?」

「この塔を作った先輩が書き記した最期の言葉さ」

「ふーん。でも便利な塔だね。魔物といくらでも戦えるってことでしょ?」

「いや、魔物とはいえ幻覚だよ」

「攻撃されても痛くないの?」

「痛いよ。蚯蚓腫れになったり、肌がひりひりしたりするから攻撃は当たらないに越したことはない」

「ね。もう一回、幻覚出してみて。今度は私も目を開けてるから」

「じゃあ、シェリー酒を飲もう」


 再び半人半蛇のラーミアの幻覚が出現。ケシミアはラーミアの目を見てしまい、一瞬で石へと変えられていた。


 ラーミアを倒して介抱すると、「何があったの? 私も戦いたい」と言いながら、再戦。

 結局、シェリー酒がなくなり、酔いつぶれるまで戦いは終わらなかった。


 そして朝になり、再び同じ日が始まる。


「これって同じ日なの?」

「そうだよ。ほら、シェリー酒も減ってない」

「ミストが幻惑魔法を使ったから?」

「そうだね。あれ? でも、ケシミアには使ってないんじゃ……。幻覚に使うわけないし……」


 表に出て、空の白い月を見上げると、やはり昨日と同じ月だった。


「同じ日は繰り返している。もしかして幻覚は俺の魔法か?」

「え? そうなの?」

「だとしたら、自分にかける恐怖魔法の効果が薄れている気がする。もっと強いラーミアにしないと……」


 酒に酔ったら、いつの間にか自分に恐怖魔法を使うようになっていたのかもしれない。

 恐怖などのストレスによって、砂や水が物体が具現化することはよくあるが、同じようなことだろう。


「別に今でも強いと思うけど」

「いや、ダメだ。弱い魔物の幻覚を自ら作り出し、倒していい気になってるなんて、ただのバカみたいじゃないか。一人遊びもそこまで行くと愚かだよ。落ち込んで次の日を迎えられない」


 俺はすぐにシェリー酒を飲み干して、最恐のラーミアを出現させた。

 目を見ただけでなく、触れると石へと変わり、口から溶解液を吐き出す。さらに、尻尾を振る速度は目で追えない。攻撃する意思を、予見しなければ躱せないようにした。


 常に、今の自分よりも少し強い設定にしておかないと、すぐにうぬぼれてダメになる。


「私だって冒険者の端くれなんだ。負けないよ!」


 ハルバードを構えてケシミアは突っ込んでいく。あっさり弾き返されるが、強い意志を感じる。負けない気持ちが大事だ。


 その日は結局、飯も食べずに最恐ラーミアと戦い続けて、気絶。

 再び同じ日がやってきた。


「どうやったら攻撃が当てられる?」

「一瞬でも動きを止めたらやられるよ」

 自分で作った幻覚にやられている場合ではない。

 骨の可動域を越えて攻撃してくるラーミアには、柱を盾にして戦うしかなかった。

 溶解液を吐き出す一瞬のタイミングを見計らって、恐怖の魔法を放つ。実際に幻覚に効いているのかわからないが、実戦と同じように使ってみないとわからない。


 ゴズンッ!


 溶解液を浴びてなお口の中に鉄の杖を突っ込んで、床に叩きつけた。

 頭蓋骨が割れていてもラーミアは起き上がってくるので、心臓を突き刺して燃やすしかなかった。


 次の同じ日には、シェリー酒の代わりにテキーラを飲む。


 現れた幻覚は骸骨剣士だ。陽気な雰囲気とは裏腹に、腕が3対もあり、振り下ろす剣の威力は熊の爪よりも重い。


「痛いっ!」

「ミスト、幻覚を強くし過ぎだよ!」

「仕方ないだろう! 恐怖の調節はできない」

 

 死なないのに、ダメージだけは体に残っていく。


 鉄の杖を槍のように持って、ぶん投げたがあっさり撃ち落される。

 ケシミアに透明化の魔法をかけて、後ろからハルバードを振り下ろしてもらうも、長く伸びた腕によってハルバードは絡めとられてしまった。


 どうしようもなくなり、部屋にあった鉄の鍋から毛布まで投げつけて、動きを止めて末端の指先、足先から骨を粉々に砕いていった。


 

 毎日、同じ日を繰り返し、毎日幻覚を倒していく。

 倒し方がわかる度に、弱点が変わり、より強力な魔物に進化していくようだった。

 

 いつしか酒にも慣れ、一晩に何体もの幻覚を倒していくようになる。


「一日で相手をする魔物の量じゃないでしょう?」

「幻覚が出るんだから仕方がないよ」

「幻惑魔術師に殺される……」

「じゃあ、パーティー抜ける?」

「それはない」


 ケシミアは立ち止まらずにハルバードを振ることができるようになっていた。

 俺も柱を使って吹き抜けの二階まで跳べるようになっている。

 少しずつ戦うたびに強くなっていた。それを実感できるうちは止めない。


 幻惑魔法も恐怖を与える魔法というよりも、魔力の玉を当てて少し顎をのけぞらせる目的で使っていった。たった、それだけで視線が外れるので、チャンスが生まれるのだ。


 動きも洗練されてきて、幻覚が多数現れても、問題なく対処できるようになっていく。

 体重を乗せた攻撃や無意識に相手を動かす攻撃も、出来るようになった。

 攻撃の初動を止めるのも、出来上がる魔法の崩し方も、何度も戦い、微細に観察していればわかるものだ。


 塔の中だけなのに、ずっとコロシアムで魔物と戦っているような状態が続いた。


「何日やっているかわかる?」

「100日までは数えていたと思うけど、もう覚えてない。月が欠けないから意味がないと思って」


 根性なしと言われていたケシミアは遥か彼方に消えていた。

 それでも心を保っていられたのは幻惑魔法をかけて、自分たちを落ち着かせていたからだろう。


 幻覚に殺されて気絶。心を奮い立たせて再戦。倒したはずの幻覚はさらに強くなって戻ってくる。

 ドラゴンもラーミアも、一撃で屠るつもりで攻撃してくる。それを躱しているのだから、素早さが上がらないはずがない。

 固い表皮を貫かなければ気絶するので、体重に魔力を乗せて攻撃することが当たり前になっていた。

 何度となく蚯蚓腫れになり、腕が折れ、足にひびが入る経験をすれば、無意識でも攻撃のいなし方を覚える。


 同じ日に1000体の幻覚を倒した日。ケシミアが限界を訴えてきた。


「たぶん、これ以上、幻覚は強くならないよ」

「そうだな。恐怖を想像する力の限界だ。塔にいる限り想像力は養われない……。外に出ないと……」


 その日、一滴も酒を飲まなかった。


 翌朝、久しぶりに雨が降る中、俺たちは村へと下り、そのまま町へと向かった。



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