29話:そのモテ期はまぼろし
コロシアムでの依頼を片付け、魔法学園に向かった。
学内にある塔には『祝・幻惑魔術科ミストが冒険家に』などと垂れ幕まで飾ってくれていた。
入口の守衛さんに、関係者バッチをつけてもらい、中へと入る。
「見知った学内でしょうが、ご案内します」
「お願いします」
守衛さんは教官室まで付いてきてくれた。歩いているだけで学生たちから指を指されたり驚かれたりするが、先ほどコロシアムで観客を相手に立ちまわっていたので、特に気にならなかった。
「おおっ、よくぞ来てくれた。ミストくん」
幻惑魔術師の教官であるサモンド先生は、薄い白髪頭を掻きながら恥ずかしそうに握手をしてきた。
「君が冒険家になってくれたお陰で、研究室の塔もすべて幻惑魔術科が利用できるようになったんだ。受け持つ学生も増えてね。今じゃ30人も幻惑魔法の研究に勤しんでいるよ」
俺がいた頃は一対一で研究を続けていただけに、感慨深いものがある。
「そうですか。少しは恩返しができたようで、何よりです」
「幻惑魔術科の創設以来、君が一番熱心だったからな。どうにか名を上げてほしいと思っていたけど、まさか冒険家にまでなるなんて驚いたよ」
「自分も冒険家になんかなれると思ってませんでしたよ」
俺が冒険家になってくれたことを純粋に喜んでくれる人がいるというのはいいものだ。ほとんど潰れていた幻惑魔術科が、人気の科になってくれていることが嬉しい。
「それで、依頼というのは?」
依頼書には講義と軽作業と書かれていた。
「学生には挨拶程度で構わない。冒険家として刺激をしてやってほしい。それから、実は冒険家を輩出したことが広まって、幻惑魔法の魔術書が、国内外から大量に手に入ったんだ。学園もようやく本気になってね。ただ、古今東西のあらゆる魔術書が集まっているんだけど分類がままなっていないんだ。呪術関係の本まで来てしまって、学生たちでは対処できないし、幻惑魔術師はそもそも少ないだろう?」
「ああ、なるほど整理を手伝えばいいんですね?」
「冒険家の君にお願いするのは気が引けるんだけど、やってもらえないかな? 報酬なら奮発できると思うから」
「わかりました」
学生への講義は、コロシアムでやったものと似たようなことを魔法学園の演舞場を借りてやって見せた。
ローブが焦げて呆然としている魔法使いたちを前にして、俺は汗もかかずに立っている。
「……と、まぁ、こんな感じだ。魔法使いは他でどう言われていようと、幻惑魔術師を侮ってはいけないよ。天敵だから。それから、この国ではまだ発達していないけど、他国に行くと、まじないとして幻惑魔法の魔法陣を使った商品なんかがある。騙されないように気を付けて」
諸注意を話してから講義を終えると、女学生たちが集まってきた。何か目が幻惑魔法にかかったようにおかしい。
「しまった。魅了の効果がある腕輪を付けっぱなしだった」
腕輪を外して、パンッ! と手を叩いて解除。上級生たちは気づいていたようだが、下級生は簡単にかかってしまっていた。
「効果はこんな感じですぐに切れる。使い方には気をつけてね」
そう言って、俺は足早に図書室への廊下を歩いていたら、上級生たちがついてきてしまった。
「先生は幻惑魔術師になってモテたりしなかったんですか?」
「モテないよ。冒険家になってもモテないね。誰かが喜んでくれるのは嬉しいけど、別にそのために冒険家はやってないんだ」
「では、お金ですか? 相当、溜まっていると聞きましたけど……」
「誰に聞いたんだい? まぁ、旅の間にかかる費用はほとんど冒険者ギルドが持ってくれるから、それほどお金自体に縁がない。使わないから溜まる一方という見方もできるのかもしれないけど、次の冒険の準備資金で飛んでいくよ」
「え? じゃあ、歴史に名を残したいとか、名誉のためとかですか? いずれ貴族になるおつもりで?」
「歴史に名を残したいというよりは、今は歴史を追っている感じだな。これを知らずに死ねないとか、そういう気持ちの方が強いね」
「あのぅ、よかったら王都にいる間、私の実家に滞在しませんか?」
「そんな、ズルい! 私の実家は高級宿を経営してますから、よければうちの宿を使ってください」
「私の家は鍛冶屋をしておりまして、よかったら杖を新調してみてはいかがでしょう」
貴族や職人の娘たちから言い寄られてしまった。いや、営業かもしれない。どちらにせよ、自分にはちょっとどうでもいいことすぎた。
「すまん。だいたいは冒険者ギルドが世話してくれるから、図書室に来て仕事を手伝ってくれるかい?」
「い、いや……それは……」
「じゃあ、勉強頑張って」
彼女たちとは廊下で別れた。
そのことをサモンド先生に話すと、真面目な顔で怒られた。本の分類が決まると手を動かしているだけなので、口が暇なのだ。
「いいかい? 女学生たちも必死なのさ。都会に住んでいると、周りの目が気になるし、冒険者と違って実力ではなく、一般職は相変わらずの男社会だ。お金が余っていて、家にはほとんど帰らないというミストくんを魅力的に思うのは当然なんだよ」
「そうか。俺は彼女たちにとっては都合がいい男なんですね」
「言い方はアレだが、そうだね。でも、人生は長い。思っている以上に長いんだ。趣味にお金を費やしたり、女性と恋に落ちたりしてバランスをとった方が面白くて深みが出るんじゃないのかな。ないの? 冒険者同士の恋愛って?」
「仲間との恋愛ですか……? あんまり考えたことがないですね。高揚したりするとすぐに鎮静化の魔法も打ちますし、魔物と対峙しているときは興奮しないといけませんし……」
「心を扱う幻惑魔術師なら、自分の心も覗いてごらん。知らなかった自分がいるかもしれないよ」
「そうですね……」
そんな会話をしていたら、本から火の精が飛び出してきた。呪われた本だったらしい。
「わあっ! 魔物が出た!」
サモンド先生は驚いていたが、ろうそく消しで捕まえてそのままガラス片に封印。他にも水の精も出てきたが、火で炙って封印していく。本に隠れているような精霊は小さく、呪いも劣化していることが多いようだ。
「やっぱり砂漠の商人から買った品は、保存状態が良くても呪物が含まれてるから危険だね」
「呪いやまじないは幻惑魔術の領域ですよね? もしかして砂漠に優秀な呪術学校があったりして」
「それは古代の話さ。今じゃ、獣人の国があって、魔法は随分退化しているって読んだことがある」
「え? どの本ですか?」
サモンド先生に見せてもらった旅行記には、確かに砂漠に獣人の国があると書いてあった。さらにダークエルフ、ドワーフなどの小国もかつてあって、土産物を売っているらしい。
「とりあえず、今日はこのくらいにして明日にしよう」
「え? ああ! もう夜!?」
本の整理をしつつ窓の外を見れば、時間が経っていた。王都は街灯の明りが多いので、時間の感覚がおかしくなってしまう。
「じゃあ、また明日、来ます」
「ああ、よろしく頼むよ」
冒険者ギルドが取ってくれた宿に帰り、ケシミアたちと今日の依頼を報告しあった。
「え!? コロシアムの騒ぎってミストさんだったんですか?」
「騒ぎってなに?」
「買い出しと情報収集でコロシアム周辺も回ってたんですよ。魔法使いたちが自分たちだけでも試合はできると言って、大会を開くようコロシアムに願い出たようです。基本的に魔法使いは後方支援が役どころですからね。魔法使いが主役の演目も見てみたいという観客も殺到したようですよ」
「へぇ~、プラスになっているならいいね」
「ケシミアは?」
「地下道のワニ退治。森のサイクロプスを追っ払ってきた。北の魔物と戦ってたから、気温は気にしなくていいし、的が大きいからやりたい放題って感じだったね。ミストはコロシアムの他に仕事しなかったの?」
「魔法学園に行って、恩師に会ってきた。あと、砂漠に古代の痕跡があるかもしれない。昔呪術学校があったらしいよ。今は獣人の国があるらしいけど、次は砂漠に行こうか?」
「確か、砂漠と言えば大陸の西の方でしたよね?」
砂漠の話を始めたら、急にケシミアはばくばくと夕飯の骨付き肉を食べ始めた。
「ケシミアは行きたくないのか?」
「うん、気持ち的には行きたくないけど、いずれ近いうちに行かないといけない。一応、私の故郷なんだ」
「なんだ? 家族関係が悪いのか?」
「ん~、そんなところ」
「なにかあるんですか?」
「ああ、結婚式があるんだ」
「お兄さんとかの?」
「いや、私の」
ケシミアはワインのコルクを「ポン!」と開けた。




