28話:王都の魔法はまぼろしか
険しい山を越えて、ようやく馬車に乗れる場所まで来ると、自分たちの臭いが気になった。
それまで不思議なことに汗の臭いなどしなかったのに、町の臭いを嗅ぐと自分たちの臭いに気づくものだ。
冒険者ギルドの宿で湯を沸かしてもらい、3人それぞれ湯あみをして疲れを癒した。冒険家につき無料というのがいいところ。
飯も3食ついてくる。
「ギルド払いだからいいけど、お宝は見つけてきたのかい?」
俺たちのリュックがさほど膨らんでいないので、宿の女将さんは心配しているらしい。
「いやぁ、それがなかなかどうして……」
「期待の冒険家なんだろ。しっかりやんな!」
「はい」
仕事をしてないと思われれば、嫌味も言われる。
「物はなくても重要な情報を取ってきたんですけどね」
「普通の人には物を見せないとわからないよ」
コルベルは口をとがらせ、ケシミアは大きく溜息を吐いていた。
「それで、これからどうする? 塔に帰って体を小さくして修行してもまた同じことの繰り返しだよ」
ケシミアは現実派だ。自分たちがどうなるか予測している。
「わかってるよ。一旦、魔法学園に行こう。修業をするのは歴史を調べてからだ」
「冒険者ギルドにも記録が残ってないんですかね?」
「冒険の記録自体はあるはずだよ。そもそも魔物図鑑だって編纂している学者がいるはずだし、王都に行けば会えるんじゃないかな」
ホームの塔に帰る前に、王都に立ち寄ることが決まった。
食後に町に出かけようとも思ったが、あまりの人の多さに酔ってしまい、俺たち3人は早々に眠りについた。
朝起きると、コルベルとケシミアが窓の外を見ていた。
「何をしてるんだ?」
「すごいぞ。昨日とは大違いだ」
「人間が朝に働く理由がわかりますよ」
町の人たちは、朝方移動し働き始める。皆、歩き方も真面目で機械的だ。夜中通りに立っていた娼婦も酔っ払いもいなくなっている。
「夕方と動き方がまるで違う。今だけは姿勢がいいのか」
「町の人は朝に緊張してるんですよ」
変なことに気がつく2人だ。
「集団で生活していると、緊張感まで共有されるのかもな。いや……。あれ?」
「ミスト、どうかしたか?」
「村の時はそれほど感じなかったけど、町になると一体感が生まれるのか。国が戦争に巻き込まれると、もっと緊張感が国全体に広がるだろう?」
「まぁ、今は平和だけどね」
「だとしたら、第二帝国は、あんな北方まで文明が進んでいたし、一体感もあったはずなんだよ」
「そうですね。何が言いたいんです?」
「どうして、今の大陸は国がバラバラなんだ?」
「それは、皇帝を引き継げなかったからじゃないの?」
「だとしても、どうして文明まで滅んでるんだ?」
「相変わらず、変なことに気がつきますね」
コルベルは感心していた。
「確かに分断が起きているよ。私たちは道すらないってところも通った。内戦があったとかなのかな……」
「コルベルの地元はどうだった?」
考古学者見習だったので、知っているかもしれない。
「近代史は専門じゃないんで詳しくはないですけど、故郷の国は何度か他国へ攻めて行ってましたし、攻められもしていた記録はあります。大草原ですから国境線があやふやなんですよ。たぶん、国に見つかってない少数民族もいると思います」
「国土が広すぎるって場合もあるのか。そうなると、逆に第二帝国はどうやって統治していたんだ」
「なんだか袋小路に嵌っていく気がするね。とにかく、王都に行こう。想像を働かせるより、文献を漁った方が早い」
北の塔で文献をほとんど読めなかったケシミアが言うのだから、覚悟だけは凄い。
朝飯を食べて、始発の駅馬車で俺たちは王都へと向かった。
寝ていても目的地にたどり着く駅馬車は非常に便利だ。俺たちは睡魔に負けて眠っていたのだが、どこかから旅から帰ってきた冒険家が乗っているという情報が洩れ、騒音で起きてみると野盗に襲われていた。
「冒険家なのか!? 狙われているぞ!」
同乗している商人が興奮している。
御者の爺さんには目と耳を塞ぐように言って、周囲に狂乱の魔法を放った。馬にだけは駆け寄って、ゆっくり撫でながら鎮静化の魔法を使う。
同士討ちを始めた野盗から馬車を移動させた。
「そのまま放っておいていいんじゃない?」
「後続車両に迷惑だろ」
野盗を杖で昏倒させていき、後は近場の木に縛り付けておいた。誰か衛兵が回収するだろう。
そんな小さい事件をこなしつつ、王都には夕方に到着。すぐに冒険者ギルドに行き、ギルド長のギャランに旅で知り得たことを報告した。
「巨竜伝説は聞いたことがある。第二帝国という名前は知らなかったが、確かに古い遺跡では金属の魔物が出るという冒険者はいたはずだ。日誌があるかもしれない。用意しておこう」
「お願いします。これ、北方の氷の精から出た思念をガラス片に閉じ込めた物です。持っておくのも危険ですし、粗雑に扱っても魔物化してしまうかもしれないので、聖水にでも浸けて預かっておいてくれますか?」
俺は赤いガラス片をギャランに渡した。
「わかった。呪いの品とでもいうのかな」
「ギルド長。そのガラス片、通常の魔石よりも多くの魔力が込められていますよ」
秘書の職員が、計器を持っていた。
「使うなら周りに注意してください」
「かしこまりました」
秘書は赤いガラス片の入った革袋を持って部屋から出ていった。
「それで、少しは王都にいるのかね?」
「ええ、魔法学園でも調べ物もありますから」
「おお、ちょうどよかった。魔法学園から冒険家ミストへの依頼が来ている。冒険における幻惑魔法の有用性の講義だそうだ」
「それ、請けないといけませんか?」
「これも宣伝活動だと思ってくれ。上手くいけば、貴族からの支援も受けられるはずだ」
「わかりました」
他にもいくつか俺指名の依頼書を渡された。
「このどうでもいい魔物の討伐や盗賊団のアジトを見つける依頼は私たちでやっておくよ」
ギルドの裏口から出たところで、ケシミアとコルベルが依頼書をいくつか持って行った。
残ったのは魔法学園や魔法使いたちからの依頼だけ。
「冒険家になると、金回りも考えないといけないのか。まぁ、無料でいろいろとしてもらってるから仕方ないか」
魔法学園に行く前に、コロシアムにいる魔法使いからの依頼を片付けることにした。
王都にあるエンターテイメントの中では特に人気なのがコロシアムだ。昼でも夜でも何かの大会や、歴史の戦いの再現などを催している。
ただ、俺は片手で数えられる程度しか行かなかった。学生時代は王都を楽しんでいなかったのかもしれない。田舎から来る観光客の方が訪れているのではないか。
「すみません。依頼されて来た者なんですけど……」
受付らしきところで、依頼書を見せた。
「ああっ! 本当に冒険家ミストが来てくれたのかい!?」
対応してくれた中年女性は驚いていた。
「いや、まぁ……、はい。で、魔法使いに関する依頼というのはなんです?」
「ああ、幻惑魔術師が冒険家になれて、どうして攻撃魔法を使える自分たちが冒険家になれないのか理解できないという魔法使いが多くてね。呼び出すから、ちょっと待っててくれるかい?」
これが現実か。先日まで古代に思いを巡らせて、スケールを広くしようとしていたが、結局のところ国の王都でもどうでもいい確認作業をやらされる。
俺はコロシアムの裏側を案内され、奴隷に言えばいくらでもお茶が出てくるという部屋に通された。
奴隷の少女がお茶を淹れてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう。いい香りだ。どこのお茶かわかるかい?」
「いえ、奴隷ですので」
「別に奴隷だからって知っていてもいいと思うけどな。飲んだことは?」
「ありません」
「どうぞ」
少女にコップを渡した。
「いけません!」
「でも、俺に言われたことはできるだけするように命令されてるわけじゃないのかい?」
「されてます」
「なら、そこの椅子に座って一緒にお茶を飲もう」
奴隷だからなのか温かいお茶を飲んで不思議そうに見つめていた。
「味がわかるかい?」
「いや……苦くて甘いというか……」
「そんなものだ。お茶にはいろいろある。腹痛を止める薬になったり、気分を落ち着かせる薬になったりね。興奮させる薬というのもあるけど、これは飲むと落ち着くお茶だ。どこから来たかわかる?」
「わかりません」
「きっと王都からずっと離れた場所の茶畑だ。山岳地帯になっていてね。段々畑で育てているのを見たことがある。きっとそこからじゃないかなぁ」
「……」
少女は不思議そうに俺を見ていた。
「どうして意味のない妄想をするんだろうと思ったかい?」
少女は口に出さずにこくりと頷いた。
「もう一度お茶を飲んでみて」
少女がお茶を口に運んで目をつぶった瞬間に、掌の上に魔力で煙を出した。段々畑に見えるようにイメージで煙を操る。手妻は学生時代に取った杵柄だ。
「わぁ……」
目を開けた少女が煙を見て驚いていた。もしかしたら、少女の目には色も付いて見えていたかもしれない。人は自分の脳を騙すのだ。
「香りが強くなったろう?」
「本当だ」
自然と煙には匂いがあると思って、嗅いでしまう。
「幻惑魔術師はこんな幻を見せているだけだ」
コンコン。
ノックの音がした。
「呼ばれたか。お茶でも飲んで待っていて。終わったらまたお茶を飲みに来るから」
奴隷の少女は立ち上がって頷いた。
闘技場には一癖も二癖もありそうな魔法使いたちがずらりと並んでいた。
ボッ。
魔法使いの一人が、火の玉を俺の足元に放ってきた。わかりやすい挑発だろう。
「なぜ魔法使いではなく、幻惑魔術師が冒険家に選ばれるのか疑問でならなくてね。ちょっと付き合ってもらえないか!?」
魔法使いがそう言うと、観客たちが湧いた。これもショーのセリフか。
魔法使いに幻惑魔術師をぶつけるのは相性がよくない。
「君たちよりも強ければ、冒険家として認めてくれるかい!?」
俺が強そうには見えないのか、観客たちから笑い声が聞こえた。
「もちろんだ! 攻撃が当たったとして我々に効くかどうか疑問だけどね!」
「そうだろうね。どうぞ後ろの方は詠唱を続けて……」
俺も観客に向けて意識を切り替えよう。
「観客の皆さんは魔法についてどのくらい理解できているかわかりませんが、気分によって非常に影響されてしまうものなんです。例えば、後ろのフードを被った彼が火の魔法の詠唱をしていますね。巨大な火球を作り上げている」
実際にフードを被った魔法使いの頭上には人の胴体くらいのサイズの火球が浮かんでいる。
「これを当てられれば、こちらは火傷を負うだけでは済まないかもしれない。その恐怖が反転するとどうなるのか」
俺は火球を浮かばせている魔法使いに向けて恐怖の魔法を放った。ついでに闘技場にいる魔法使い全体に当たってしまい、一気に緊張感が走る。
途端に火球は拳大に小さくなってしまった。
「……と、まぁ、こんな具合に魔法は気分で大きくもなったり小さくもなったりするものなんです」
話しながら腕をまくるついでに、魅了魔法のまじないが描いてある布の腕輪を付けておく。
「さて、大きな魔法を放てなくなった魔法使いがどうするか?」
予測通り、魔法使いたちはいっせいに小さな火球をこちらに向けて放ち始めた。すでに行動を制限されていることに気がついていない。
「こうなってくると魔法使いの領分というよりも、投擲スキルを持っていなければ当たらない」
火球を躱しながら、観客に説明した。観客たちの中には大きく頷いている者たちまでいる。
火球の当たった地面から砂埃が舞う。闘技場全体に十分砂埃が舞ったのを確認して、次のセリフに移る。
「魔法使いたちが砂埃で見えなくなったのを確認してから、幻惑魔法を使えば……」
砂埃の中にいる魔法使いたちに混乱の魔法を放つ。
「うわぁ!」
「やめろぉお!」
「何をするんだ!」
「助けてくれぇえ!」
ある者は闘技場から逃げ出そうとし、最大火力で幻想を打ち破ろうとする。
大きな火球が闘技場の地面にぶつかった。
ボフンッ!
上昇気流に乗り砂は晴れていった。
立っているのは、俺だけだった。魔法使いたちからすれば、勝っても負けても仕事になる試合だ。観客の目線を惹きつけて、コロシアムの売上を上げる効果はあっただろう。
「ということで、幻惑魔術師が冒険家になれる理由がおわかりになられたでしょうか。冒険から帰ってきたら、またお目見えする機会があるかと思いますので、その時は、どうぞよろしくお願いいたします。それでは!」
闘技場を去り、控室へと戻る。
「ああ、口の中が砂だらけだ。お茶を貰えるかい?」
「どうぞ」
「一緒に飲もう」
奴隷の少女は、断りもせずに椅子に座って一緒にお茶を飲んだ。




