27話:スケールの広い幻を
マルグリットの塔に戻り、氷河の中にいる巨大な死体について、ゴーレムに聞いた。
「すべては巨大な竜の死によって始まっているのか?」
「北限の塔にあった記録を読んだかぎりではね」
「それ、塔を作った幻惑魔術師の妄想だったりしないの?」
マルグリットが、俺の手を舐めながら聞いてきた。仕草は犬っぽいが、汗のストレス値から真偽を確かめているのだろう。過去を嘘だと思いたい理由はわかる。俺もできれば御伽話であってほしい。
「少なくとも、竜自体はいたようです。僕の故郷に死体が谷になっていましたから」
「大喰らいの竜については、第二帝国でも昔話として伝わっていた。氷の魔物があれほど、現れる理由もそれで説明が付く。そして我らがここに配備されていた理由も察しがついた」
機械仕掛けでも思いつくことがあるのか。
「この基地には自爆装置がある。いざとなれば、爆発し崩落するように設計されているのだ」
「崩落って、ここは地下じゃないですか?」
「地下熱……、地中深くまで掘ってマグマで氷河を止めるつもりだったのか?」
ゴーレムの基地で地下熱を利用して植物を栽培している。
「我々ゴーレムが未だに動き続けているのは、これ以上北には行くなと警告するためでもある。冒険家が来たのが時代の運命だったのか、温暖化で氷河が溶ける前でよかった」
ゴーレムの仲間たちが動き始めていた。他のゴーレムたちは橇を牽き、樽を用意している。原油を取りに行くのだろう。
「冒険家ミストよ。我々は使命を取り戻した。第一巨竜時代の遺物は第二帝国の残骸である我々が引き受ける。これ以上北へは行くな」
「ちょっと待ってくれ! それじゃあ、あまりにも……」
本来ゴーレムは人間ではできないことを実行するために作られていると考えると合点はいくが、マグマへと続く落とし穴を作るため基地と共に死んで使命を全うするなんて……。
「人の一生も機械の一生も花火のようなものだ。火が付けば、咲くしかないだろう」
「他に方法があるはずだ」
地下の奥の部屋が青白く光り始めた。
『破損データは完全に修復されました。速やかにプログラムを実行してください』
聞いたこともない女の声が基地にも塔にも鳴り響く。
「了解しました」
今まで話していたゴーレムの目が同じ色に光り、唐突にホースや柄杓を準備し始めた。
「待ってくれ! お前にも感情があるはずだろう!」
「そう見えていただけだ。雑兵ゴーレムに感情などあるはずがない。マルグリットとの学習によるものだ。感謝します」
「マルグリット!」
振り返ると、マルグリットは畑を荒らしまわっていた。
ゴーレムは止めもしなかった。油田が見つかった以上必要ないとでも言っているかのようだ。
俺たちには、唐突に突き放されたかのように見えるが、データの修復も含めて全ては基地の計画だったのか。
プログラムは北からくる魔物を倒し、氷河に埋まった巨大な魔物を基地と共にマグマに落とすことだ。
だとしたら、まだ氷河が溶けるまで時間はある。
悔しそうに泣き、徐々に燃料が切れていくマルグリットをケシミアが抱きしめた。
「機械文明のゴーレムたちは、感情の機能についてデータ不足のようだな」
ケシミアは皮肉屋っぽく笑っていた。
「人間の思いが紡がれたから、マルグリットさんの塔を発見できたんですよ」
コルベルも笑っていた。
「幻惑魔術師はその思いを操る魔術師だ。失われた古代の思いを必ず別の方法を見つけ出す。第三世代は往生際が悪いんだ。データに残しておいてくれ」
俺たちは、基地を去る準備を始めた。
『記録しました……』
雑兵ゴーレムは目を青白く光らせ、女の声で言って、他のゴーレムたちと一緒に油田へと向かった。
マルグリットは残ることになった。
「私も幻惑魔術師の端くれだ。建てた塔と共に死ぬつもりさ。幸い、ゴーレムたちが使わなくなった燃料もたっぷりある。この塔で、『天使の一献』を作りながら、ミストたちを待つよ」
そう言って、受信機を持たせてくれた。もし、急激に氷河が溶けて、巨大な魔物が押し寄せてきたら、大陸のどこにいても音が鳴り響くという。
「第二帝国の『天使の一献』で動く兵器なら、巨大な魔物を止められるかもしれない」
「そんな兵器を持ち運べるんでしょうか?」
コルベルは心配している。
「わからない。わからないが、確かなことはある。巨大な竜を育てた人間もいたし、ゴーレムを作り機械文明を広めた者もいた」
「幻惑魔術師なら、『できないことを並べるよりも、できたことを元に夢想しろ』か。俺たちは幻を事実に変えるのが仕事さ」
幻惑魔法の教科書にはいつだって都合のいいことが書かれていた。何かを発展させる者とは、常に挑戦し続けた者たちだ。そんなことは誰もがわかっているのに、そんなバカな話を信じて行動する者は少ない。
俺たちは、マルグリットと別れ、一路北の村へと向かった。
ゴーレムたちの足跡があり、焼かれた魔物の痕跡を辿っていけば、途中までは迷うことはない。
湖まで来てしまえば、後は何もない雪原をひたすら南へと向かう。
樹氷が魔物に見えたこともあれば、魔物が樹氷だったこともある。樹木程度の魔物ならば対処できるのに、塔より大きな魔物はまるで対応ができない。
我々には、なにもかも足りなかった。
知識も体力も、そして魔力も、過去の人類よりも劣化している。
巨大な竜さえ従えた幻惑魔術師がいたというのに、その餌である大型動物ですら凍らせて氷河に閉じ込めることしかできないのだ。
冒険して知り得た過去の遺物を目の当たりにすると、俺が抱えていた劣等感など何の意味も持たない。
「レベルを変えよう」
一日中歩き、干し肉を噛む力もないのに、かまくらでつぶやいていた。
「これ以上強くなれということか?」
疲れたケシミアが聞いてきた。コルベルは顔を上げるだけで精いっぱいのようだ。
「いや、そうじゃない。冒険して遺物を見てきたことで、まったく過去の文明に通用しないことがわかっただろう? 俺が酒を飲んで、思い浮かべられる幻など、たかが知れていると思い知らされた」
「確かに、あれだけ戦い続けて来たのに、成果と言えば氷の精の物量に対応できることくらいか……」
「塔が小さいし、俺の夢想する世界も狭い。見識の幅、量、質、全てが足りない。頭のネジが飛んでいる程度では何も変わらないな。思い込みをすべて取っ払うような……」
「だったら、本当に小さくなってみてはどうです?」
コルベルが唐突に口を開いた。
「へ?」
「塔を大きくするよりも、自分たちが小さくなったりはできないんですかね?」
「それが、大型魔獣に対応する方法か。考えてみたこともなかったな」
「ミストは幻を作り出すことはできても、自分たちを直接幻に変えることはできないんじゃないか?」
ケシミアは眉をしかめた。
「いや、そのくらいぶっ飛んだ発想が必要だ。そもそも俺だけが幻惑魔術師でいる必要はないさ。ケシミアもコルベルもなろうと思えば、なれるはずだ」
「しかし、幻惑魔法なんて……、いや、最も古い魔法か。魔法の原点を探る必要があるかもしれないな」
「第二帝国の天使の名がついた兵器も発掘して、理解した方がいいですよ。そもそも天高く機械を打ち上げられるんですから」
冒険は良くも悪くも考えるスケールのレベルを変えてしまう。
「それが冒険家の生業なのか……」
「自分たちのことながら、大変な職業だね」
「商売相手は人類の英知とか自然の驚異ですもんね」
狭いかまくらのなかで、どんどん気分が凝り固まっていきそうだった。
「いや、少し真面目過ぎるな。もっと過去の人たちを身近に感じた方がいいんじゃないか。ゴーレムと違って第二帝国の人もずっと北からの敵に緊張していたわけではないだろうし、竜の背に乗っていた人たちだって、普通に暮らしていたはずなんだ。まずは、それを受取ろう」
「過去からの報せを受け取るか。確かに、きっと未来の私たちに託していたことがあるよね」
「いい考えですね。それは……」
寒い厳冬の闇の中で、暗い気持ちで眠りたくはなかった。
幻惑魔術師の性なのかもしれない。
翌日の日暮れ時に、北の村へ辿り着いていた。
協力してくれた村人にはすべてを伝えた。持ち帰ってきたのは、思念が入った赤いガラス片だけ。冒険家の持ち帰ってきた物の中では、価値ある物ではなかったが、見て来たものや聞いてきた情報は重要だった。
「土産話しかなくてすみません」
「いや、塔があると、わかっただけでも十分さ」
「一度、ホームに戻って体制を整えます」
「そうか」
3日ほど村で休ませてもらってから、ホームへと出発した。
そもそも村は冒険者ギルドが作っているので、報告も済ませてある。
雪が降り積もり、王都に着くまで馬車は使えなかった。
俺たちは深い山道を進んだ。




