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役立たずと言われた幻惑魔術師が、落ち込み過ぎて最強になる  作者: 花黒子


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24話:油にまみれた幻


 原油探しにはマルグリッドも参加した。

 身体の内部は機械仕掛けになったとはいえ、犬の能力はあるようで臭いで探索ができるらしい。しかも、元々幻惑魔術師だ。


「場所はだいたいわかってはいるんだ。でも人手も足りないし、容器も力もないんだ」

「樽と橇があれば大丈夫でしょう」


 コルベルは地下から運び出した橇にまじないと描いていた。以前、馬車の荷台に描いていた傾きによって移動できる魔法陣のようだ。


「学問はどこで役に立つかわかりませんね」

「これを私が牽いたら、ただの犬橇じゃない!? まったく重さは感じないからいいんだけど……」


 俺たちを乗せた橇は、マルグリッドに牽かれて雪原を南下。暴風雪にも遭うこともなく、湖の畔にある小屋へと舞い戻った。


 夏は原油を魔物除けに使っていたため、樽は残っていた。

 油田は雪に埋もれているものの、臭いが強いので近づくだけで場所はわかる。周囲に何もない雪原に突如、強烈な刺激臭がし始めた。


 雪が黒く変色しているので、掘り起こして雪を取り除いていった。冬の初めだからか雪の量も少なく、大きな鍋に枝をつけた柄杓で汲み上げていった。


「臭いが酷いな」


 マルグリッドは少し離れた場所で俺たちの作業を見つめている。

 3人ともマスクをしているが、時々休まないと頭がくらくらしそうだ。3人とも何も言わず、黙々と作業をする。一人なら途方に暮れることもできる。2人なら、不満を言い合いながら、励ますこともできる。3人いると、やらないと終わらないことがわかる。

むしろ連携して汲み上げて樽に入れ、疲れたら交代することもできた。見ているだけのマルグリッドに怒っていても仕方がない。鎮静化の魔法を全員にかけながら、作業は続いた。


 樽が満杯になれば、橇を牽いて塔へと戻る。3人とも空腹なのに、臭いが鼻にこびりついて何かを食べる気にはならなかった。


 塔の地下には黒い原油を温めて、いろんな油やガスを取り出す装置があるので、俺たちは原油を指定されたタンクに入れるだけでいいらしい。


「原油には相当なエネルギーが蓄えられているのだ。タンクが満杯になれば多くのゴーレムが動き始める」

「ゴーレムだけじゃなくて、塔の場所も知りたいんだけど……」

「そうだったな! もちろん、そちらも動かすさ」


 水分と干し肉で補給し、再び原油を運ぶ作業を繰り返した。

 作業の2日目には、大きな熊や熊のように大きなウサギに襲われたが恐怖魔法で追い返した。ここら辺に生息する魔物らしいが、幻惑魔法で撃退できるくらいなので、それほど強くはないのだろう。


 3日目はさすがに疲れて休みにした。地下で育てていた作物で、人間側も十分に栄養を補給しておく。油っぽいが、植物性なので胃にもたれない。

 ゴーレムも原油があるので、いくら採っても問題ないとか。マルグリッドは何やら塔の頂上に皿のようなものを仕掛けていた。


「それは何に使うんだ?」

「空に機械が飛んでいるんだ。それを使って、氷河の中にある塔を探すんだよ」


 空を見上げたが、なにも飛んでいる様子はない。


「見上げてもわからないさ。空よりも高い場所を飛んでいるからな」

「空よりも高い?」

「星に近い」


 星を打ち上げるような文明があったというのか。機械仕掛けのゴーレムを作り、氷河の下まで見通せる技術があったのに……。


「そんな文明が滅びるのか?」

「滅びたんだ。現代に生きる者は、それを発掘するくらいしかできないけどね」


 マルグリッドは口を使って器用に、大きな皿を上空へと向けていた。


「そんな皿がどんな効果があるのか俺たちは知らないだろ?」

「私もゴーレムに教えてもらったことをやっているだけさ」

「残っているものはほとんどないのか?」

「残っているものは変わらないものだけ。人の気持ちとかね。なかなか私たちの気持ちは進化しないらしいよ」

「いや、まったく技術が違うだろうに……?」

「そう。古代文明では魔法じゃなくて機械で火を点けていたし、風も起こしていたらしい」

「魔法文明ではなく機械文明か」

「それでも、私たち幻惑魔術師は、その時代にも生きていた。人が心によって行動する限り、私たちはいなくならないんだよ。幻惑魔術師という名前は変わるかもしれないけれどね」

「なるほど、冒険家のパーティーになぜか幻惑魔術師がいる理由が少し見えてきた気がする。まだ、塔を建てたがる理由はわからないけれど」

「塔は、きっと幻惑魔術師の積み石なんだよ」

「積み石って、道標の?」

「そう。『私はここまで来たぞ』という幻惑魔術師たちが残した未来への道標さ。たぶんね。少なくとも、私はそうやって建てた」

「ロマンチストが多いんだな」

「私たち、幻惑魔術師は幻と向き合うのが、仕事さ。ロマンの効力も知っているはずだろう?」


 人はどれだけ現実に打ちひしがれても、目標さえあれば心は折れない。

 たとえ、どんなにバカにされようと、どれほど非現実的であろうと、心は柔らかく、意志は鉄よりも固くなっていく。

 ロマンに向き合えなくなったら、その者の成長は止まる。

 幻惑魔術師の教科書に書いているような言葉だ。


「じゃあ、俺もいつか自分の建てた塔にロマンを託す日が来るんだろうか?」

「そうだね。幻惑魔術師なら、必ず来るよ。私も犬になるまで、塔を建てたいなんて思いもしなかった」

「そうか」

 俺はそう言って、空を見上げた。

 青い空には昼なのに星がひとつ瞬いている。


「ミスト、実はゴーレムが酒を隠している。原油を汲み終わったら、報酬としてもらうといい」

「ありがとう」


 酒を隠すなんて、ここのゴーレムはつくづく人間らしい。

 


 4日目ともなると作業にも慣れ、半日もかからずに油田と塔を往復できるようになった。

 道がわかるというのは作業のペース配分もわかるということで、途中で白い兎を狩る余裕すらあった。


 夕方、最後の汲み上げに行った帰り、熊のように大きなウサギの親玉が滑るようにこちらを襲ってきた。

 恐怖魔法も効かず、混乱も興奮も幻惑魔法は何も効かない。


「この辺りのヌシかな?」


 ウサギの親玉が空に向かって息を吐きかけると、大きなつららが無数に降ってきた。


「おいおい、こりゃ聞いてないぞ」


 俺は、ケシミアとコルベルに興奮の魔法をかけて、樫の杖でつららを弾き返していった。ひとまず、原油樽は無事だ。


「ミストさん、標的の顎を上げてください。横からこめかみにぶっ刺します!」

 コルベルが連携の指示を出す。面倒な作業を繰り返した仲間だと、疑う余地がない。

「了解。ケシミア!」

「わかってる! 美味しいところは頂くよ!」


 俺は滑るように移動するウサギの親玉を追いかけて、挑発の魔法でこちらを向かせた。

 顔にも体にも古い傷が残る魔物は、吐く息ですら凍てついていて、こちらの体温を下げてくる。

思い切り自分に興奮の魔法をかけて、熱を上げた。

そのまま、突撃するようにウサギの親玉に接近。熊のような爪が俺に向かって振り下ろされる。間髪、方向を転換して逃げた。


追ってくるウサギの親玉の鼻を目掛けて、原油で汚れた布を当てた。吐くタイミングと吸うタイミングは見計らっていたので、思いきり吸い込んだようだ。


ブスッ!


 大きくのけぞったウサギのこめかみに、コルベルのナイフが深く突き刺さる。

 横に揺れて、立ち止まったウサギの首に、ぷつっという音ともに赤い切れ込みが入った。


 ドスンッ。


 倒れたウサギの親玉の胴から頭だけが雪原に転がった。

 ウサギの胴から血がドクドクと流れている後ろで、ケシミアはハルバートに付いた血を払っていた。


「ウサギの肉は臭いから、ハーブに漬け込もう」

「いいですね」


 大きいので3人で協力し、ウサギの親玉を解体した。肉も毛皮も原油樽の上に積み重ねる。

 襲われてからずっと呆然としていたマルグリッドは、「強さの到達点に限界ってないのかもしれないわね」と言って橇を牽いていた。


 4日目の夜に、塔の地下にあった原油のタンクは満杯になり、ゴーレムが機械を起動。原油が温まり、油とガスに転換するには朝までかかるとのことだった。


「これで、ここにあるすべての機械が動き出すぞ」


 ゴーレムは嬉しさのあまり、ネジの隙間から油の涙を流していた。


 グオウングオウン……。


 起動音を聞きながら、俺たちは塔の一階で暖を取り、寝袋で眠った。


 翌朝、日の光が塔に差し込むなか、ゴーレムに起こされた。


「あったぞ! 氷河の下に塔が確かにある!」


 巨大な竜の終着駅は確かにあるようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人が心によって行動する限り、私たちはいなくならない うんうん、いいね…。 そして積み石かあ、なるほど!なんか分かる 塔は、氷山に飲まれた…氷河期で第二帝国は無くなったんだねえ…。
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