22話:幻の第二帝国
小屋に寝床を作った俺たちは、強い風の音に悩まされたものの、特に魔物から襲われるということもなく夜を明かした。
北方の山脈まではあと僅か。1日や2日でたどり着けるだろう。
たっぷり睡眠をとった後、見かけた犬を探しにでる。千里眼の魔法があるので、方向はわかるが、犬が移動しないとも限らない。
「大丈夫。犬と人類は一蓮托生だ。必ず人の痕跡はあるはずさ」
ふかふかの雪を踏みしめ、道なき雪原を歩いていく。日光が肌に刺さり、村人に貰った眼鏡がなければ、目をやられていたかもしれない。
昨夜は雪が降らなかったため、犬の足跡はしっかりとついていた。雪兎に白狐などを見かけるが、魔物は姿が見えない。昼は雪の中に隠れているのか。
犬の足跡は蛇行していて進んでいる。迂回している小さな雪山の中には、熊や異国の冒険者の死体があった。明らかに死者を踏まないようにしている。
「宗教が違うのか?」
ケシミアは異国の冒険者の持ち物を漁りながら、聞いてきた。使えるものがあれば持って行こうとしている。
「雪女みたいな魔物を作らないためじゃないか。こういう何もない場所では、恨み辛みが少ない分、礼儀を重んじるのかもしれないよ」
ケシミアは漁る手を止めて、冒険者の服を丁寧に直していた。
「さすがにバレるだろう。この人は頭上から見ているかもしれないぞ」
「そ、そうだな」
ケシミアは、大きな木の下まで運び、スコップで地面まで掘って埋めていた。
「時間を食ってしまった。急ぐぞ」
「ケシミアのせいだろ」
そう言いながらも、風が出てきたので、俺たちは歩く速度を上げた。
干し肉を嚙みながら、昼飯も食べずに進む。全員に興奮の魔法も使って、体温を上げた。日が暮れる前にかまくらを作ろうとしたら、目の前に塔が現れた。
「幻惑魔法で隠された塔だ」
「犬の足跡は塔に続いているぞ」
「身体が限界です……」
コルベルはマフラーに付いた鼻水が凍っている。
「俺たちもだ」
塔の扉を開錠して中に入る。玄関から一階部分は荒れた居住空間があった。左右に階段が続いていて、右には上に上がる階段がある。
一階部分は椅子やテーブルがあるものの、全て足が折れたりひっくり返ったりしていた。
犬の匂いもしているので、どこかでねぐらがあるのだろう。
とりあえず、暖炉に火を点けて、折れた椅子の足を投げ入れた。
パチパチと木の水分が膨張して爆ぜる音が聞こえる。
鍋の用意をしていたら、犬が階段から下りてきた。
「なんだ、結局来たのか」
犬が喋った。灰色の毛並みに、垂れ下がった耳。どう見ても犬だ。
「幻聴か?」
ケシミアが俺の方を見た。
「いや、現実だ。酒も飲んでいない。誰だ?」
「この塔を作った幻惑魔術師だ。マルグリットという。お前たち、あんな小屋でひと冬を越す気なのか?」
心配してくれたらしい。声から察するに女性のようだ。
「いや、そんなつもりはない。我々は冒険家だ。俺がミストで、こっちがケシミアとコルベル」
簡単に自己紹介をしておく。
「なぜ犬の姿に?」
「肉体が亡び作り変えられたのだ」
「誰に?」
「地下にいる者たちだ」
「それは……?」
カツンカツン……。
地下から階段を上ってくる音が聞こえてきた。
「彼らさ」
マルグリットは階段を顎で指した。
「無事か、マルゴ」
「ああ、無事だよ。冒険家なんだそうだ。敵意はなさそう」
俺たちのことを話しているのだろう。
一階の扉の陰から現れたのは、鉄の鎧だった。
「ようこそ第二帝国軍、北方基地へ」
「第二帝国?」
「そうか。今はないのか。かつて大陸全土を掌握していた国だ。ここはその北方基地で、さらにここよりも北の北極から攻めて来る魔物を止めていた。私は軍の中でも一番下っ端の雑兵ゴーレムだ。よろしく頼む」
そう言って鉄の兜を取って、人の頭蓋骨が見せてきた。
「うわぁっ!」
コルベルは腰を抜かして驚いていたが、俺とケシミアはコルベルのリアクションに笑ってしまう。
「すまぬ。驚かせてしまったな」
「ゴーレムということは機械仕掛けなのか?」
「ああ、鉄の鎧を外すと魔道機械が埋まっている。修理するパーツも減ってきた頃に、マルグリットが瀕死の状態でここに辿り着いたのだ」
「私は遺跡を探しにやってきたんだが、道半ばで白熊に襲われてね。命からがら辿り着いたのが、もう200年前になるか」
「マルグリットは200年も犬だったのか!?」
ケシミアが思わず聞いていた。
「身体の中はほとんど機械だが、意外に壊れないものだな」
「犬の状態で塔を建てたのか?」
「そうだな。図面を引いて70年かかった。ほとんど雑兵ゴーレムたちに手伝ってもらって塔を建てたんだ」
タイムスケールが普通の人間とは違う。
「いつか幻惑魔術師が来ることを願っていた。冒険家というくらいだから、3人のうちだれかが幻惑魔術師なのだろう?」
「俺がそうだ」
「やはりか。筋肉量に対するレベルが異常だ」
ゴーレムが唸るように喋った。人間らしい。
「俺って何か異常なのか?」
「どこで鍛えたものだ」
「同じような幻惑魔術師の塔で。少し特殊だったけど……」
マルグリットとゴーレムは見合わせている。
「聞いてもいいか?」
「いいけど、こちらも聞きたいことがいくつかある」
「いいだろう。情報交換をしよう」
「その前に、スープを作ってもいいですか? 身体が冷えて仕方がないのです」
コルベルが鍋を用意しながら、マルグリットたちに懇願していた。
「ああ、構わない。ここにある物は勝手に壊して使ってくれ」
雑兵ゴーレムの許可を得たので、椅子とテーブルの足を外して薪に変えた。
スープには辛味スパイスを入れて、十分に身体を温める。
「地下の空調を引き込めればよかったんだがな」
マルグリットが言うには地下空間は暖かいらしい。
「あとで、地下に見に行っても構わないか?」
「もちろん。その方が仲間たちも喜ぶ」
歓迎されているが、塔の中が荒らされていることを考えると、敵がいるのではないかと考えてしまう。
スープと固いパンの食事を済ませる。マグリットも食べるか聞いたが、消化機能は外してしまったと残念そうにしていた。
「一緒に食べられたらよかったのだが……。また、後で付け直すか」
「第二帝国にはすごい文明があったんだな」
「いや、技術水準が高くても、残っていないのなら、捨てられた技術さ」
雑兵ゴーレムは、寂しそうに語った。機械仕掛けだというのに、本当に人の心があるようだ。
「俺たちは北限にある塔を探しに来たんだけど……。ここは以前、竜の停泊地だったことはあるか?」
「旅する竜か。伝承では聞いたことがあるが、もしあるとすれば氷河の下に隠されている。私がこの塔を建てたのはもっと後の時代になってからだ」
「そうか」
「ミストたちが鍛えていた塔は、誰が建てたものだ?」
「幻惑魔術師の先輩だ。周辺で幻惑魔法を使うと、1日を繰り返す」
「なるほど。だが、それだけでは、そんなレベルにはならないだろう?」
ゴーレムはこちらを見ていた。
「どう見えてるの? それって冒険者ギルドにあるクリスタルみたいなもの?」
ケシミアは、他人の能力を知ることに興味があるらしい。
「クリスタルがどういう物なのか、我らにはちょっと……」
ゴーレムがいた時代、能力を測るクリスタルはなかったらしい。
「冒険者ギルドにあるものに近いが、精度は少し違う。彼らのは動きから判断するんだ。この部屋にある割れたガラスに見えているものは、だいたい能力を測る装置だと思ってくれ」
マルグリットが代わりに答えた。
一階にはグラスのコップや燭台に付いたイミテーションの炎、割れた窓ガラスの破片などが乱雑に散らばっている。すべて能力を測る装置なのだとしたら、入った時点で俺たちの能力など丸裸にされているんじゃないか。
「お前たちは能力に対する筋肉量が低いんだ。測定器が壊れているとしか思えなくてね。何と戦ったら、そうなる?」
鉄仮面の奥で、ゴーレムの目が光ったような気がした。興奮を隠しきれないのか。いよいよ魂が宿っているようにしか見えなくなってきた。
「それは俺の能力だ。酒を飲むと、幻覚が現れる。最悪の幻覚がね」
「幻覚とはどんな……?」
マルグリットは床の誇りを尻尾で掃いてから丸くなった。腰を据えて、俺たちの話に耳を傾けようとしている。
「ほとんどが魔物だ。酒の種類によって違うんだけど……。まぁ、酒を飲むたびに、どんどん強くなっていくから、付き合っているこっちは身が持たないよ」
ケシミアは愚痴を言うように説明した。
「他人にも見せて、攻撃までしてくるのか?」
「攻撃も防御もです。遠距離、近距離、何でもありで、弱点を見つけるまで何度も死にかけました。コツがわからなければ、ずっと終わらないんじゃないかと思いましたよ」
コルベルも不満があったらしい。
「そうか。技術だけが上がり、肉体が追い付かないのか……。それなら納得だ」
第二帝国のゴーレムからすれば、そう見えるらしい。
確かに筋肉をつけるためには日をまたぐ必要があるから、俺たちの修行では技術よりも筋肉が付きにくいのだろう。
「北限の塔と一緒に『天使の一献』という酒を探しているんだけど、存在しているか? 聞いたことがあるだけでもいいけど……」
「ああ、それは酒じゃないんだ。我々のような機械仕掛けの兵器を動かす燃料で、兵器の名前に天使の名前が付けられている。その兵器自体が、すでに残っていないだろうけどね」
「天使の名前が付いた兵器なんてすごそうですね。それも魔道機械ですか?」
コルベルは装置にも機械にも興味があり、メモ書きが止まらない。
「火の雨を降らせたり、毒の沼を作りだしたり、幻惑魔法の霧を発生させたりもするから、魔道機械だけじゃなかったはずだ。ただいずれも『天使の一献』という燃料が必要だ」
「そんなものどうやって作ったんだ?」
「さあ。危険すぎたために歴史に葬られたんだよ。ただ、普通の燃料なら、地下でも作ってる」
「見に行くかい?」
「ああ、見たい」
「ワン!」
マルグリットが吠えて、俺たちは明るい地下へと案内された。




