20話:幻の酒と幻の塔
カッパ討伐を繰り返した結果、俺たちは遠距離攻撃を獲得していた。
ヒュン。
つまり、投擲だ。
俺の手から放たれたナイフは、正確にカッパの眉間に突き刺さり、一瞬だけ動きを止めた。
カッカッカッカッ……。
コルベルが投げたナイフはカッパの関節に刺さり、膝と肩を止める。
ザッシュ。
ケシミアのハルバートの刃が、カッパの背中から腹まで滑るように分断していく。
弱点である皿には攻撃はカッパが全力で守ってくるため、背後に回っていかに尻子玉を抜き取るかが初めの戦術だった。
それから、投擲のみで仕留める方法に変わり、ナイフに魔法を纏わせて投げる術を習得。コントロールに磨きをかけて、3人とも狙った場所にナイフと石なら正確に放り投げることができるようになった。
「やっぱり意識を変えるだけで威力が変わってくるね」
迷いながらハルバートを振っていると攻撃は軽くなり、細胞組織や骨の隙間を意識し分断させようとすると、しっかり刃が入っていくのだとか。
「無意識である方が重さは伝わるのかもな」
この時点で100体以上のカッパを討伐。1日3体を相手にしていたとしても30日を繰り返していたことになる。
ただし、この一日を繰り返す方法だとコツは掴めても筋肉は育たないため、5日は進めていた。
酒を変えて、イエティや雪女の幻覚でも修行を繰り返した。米が主原料の酒はなぜか寒い地方の魔物になるらしい。俺のイメージが先行しているのだろう。
毛皮や体脂肪が分厚いと、攻撃そのものを通すことが難しい。また、身体を冷やされると自分の身体がいつの間にか動きにくくなっていることなど、気づきが多かった。
投げる石についても、平たい石の方が投げやすかったり、細長い石は体重を乗せた方が威力が増したりすることがわかった。
「投げる時と、攻撃を受ける時で、身体の使い方が変わっているような気がしますね」
コルベルもかなり体つきも変わっている。
「重心の移動と、捌くのでは違うのかもな」
「ああ、フェティがまた来てるよ」
塔の外を見れば、フェティがこちらに向かってきていた。
「準備ばかりじゃなく、そろそろ旅に出ないとな」
俺は階下に降りていき、フェティを迎える。幻惑魔法が使えないと塔を見つけることもできない。
「あんたたち、旅の準備は出来てるの?」
フェティは俺に出会って開口一番、そう聞いてきた。
「できてますよ」
カバンはすでに膨らんでいる。携帯用の食糧と着替え、それからナイフが数本入っているくらい。
「なら、なぜ出発しないんだい?」
「これから寒い地方に行くから、鉄よりも革や木材に変えた方がいいか検討していたんだ」
ケシミアは柄が木材のハルバートを見せていた。俺も鉄の杖ではなく樫の杖を見せる。
「なるほどね。鉄製品だと素手で持っているだけで凍傷になりかねないと……。そんなものは現地で……」
「人が住んでいるかどうかもわからない土地ですよ。確認できるかどうかもわからないから、検討が必要だったんです」
「で、出発が遅れているのか?」
「そうです。でも、もうすぐ出発しますよ。コルベルも折り畳み式の背負子を作っているところですから」
コルベルは木材を組み合わせていた。この辺の連携はすでに取れている。
「それならいいんだけど……」
「明日には出発しますから」
「ああ、いってらっしゃい」
「フェティさんは、村の酒場で飲んで待っていてください」
「はぁ、また飲み過ぎないようにしないとね」
フェティは冒険者ギルドの職員なので、冒険家の旅の準備を手伝うことになっていた。ほとんど、試飲しかしていないけれどいいのか。
村へと下りていくフェティを見送った。
「必要なものは準備できてるか?」
「ええ、身一つあれば、出来ることがありますから」
「必要なものは現地で取っていけばいい。それができなくなったら、帰ってこよう」
コルベルもケシミアもすっかり体験主義者になってしまったようだ。塔での修業の弊害だ。
「そうだな」
俺たちは午後には出発し、駅馬車で北部へと向かった。
王都の近くの町で一泊。
さらに北部へと馬車を乗り継いで向かう。かつて竜が出たという湖を越えて、隣国なのかどうかもわからない村に辿り着いた。
「お前さんたちは冒険者だろう? 泊めてもいいけど、その代わりに鹿狩りをしてくれないか?」
「わかりました。毛皮は売ってもらえますか?」
「ああ、あるのを持って行け」
高齢のエルフだという老婆から依頼をされて、森の中に入っていった。
ずっと馬車の中でじっとしていたので、身体が固まってしまっている。
針葉樹林が多く、地面が柔らかい。冷たい乾いた風が、獣の臭いを運んでいる。
メキメキ。
大きな針葉樹の枝を折りながら、体高が見上げるほど高い鹿がこちらに向かってくる。広く伸びた角が枝を折っても気にしていないようだ。
「バカでかいな」
「魔物にしか見えない」
脚も首も他の鹿では見たこともないほど太い。冬毛で生半可な攻撃など通りそうにない。
「修行しておいてよかったぁ」
コルベルは心からの感想を吐き出している。
俺たちは大鹿を囲むように、三方向から投げナイフを構えた。
鹿に逃げ出す素振りはない。ただ、悠然とこちらに向かってくるだけだ。
「せーのっ!」
掛け声とともに、三方向からナイフが鹿のこめかみと額に放たれた。
カカカン!
ナイフの刃が深く刺さった。
が、鹿は何事もなかったかのように再び悠然と歩き出した。
「効いてない!?」
コルベルは驚きを隠せないでいる。
「いや、効いてるさ」
「目が死んでいる」
近づくとわかるが、鹿は意識を失ったまま歩いているだけだ。
ケシミアが近づいて、喉元をかっ切った。
ブシュー。
血が地面に噴き出て、ようやく鹿は立ち止まり、そのままドスンと地面に倒れた。枯れ葉が舞い、血の臭いが周囲に漂う。
「熊が出る前に運んでしまおう」
「はい」
コルベルが、鹿にロープを巻き付けて、引きずるように村へと運ぶ。途中で村人もこちらに気がついて、運搬作業を手伝ってくれた。
「これだけ大きい鹿であれば、ひと月は保つ」
内臓も血もソーセージにするのだとか。
「まさか、こんな大きな鹿を狩ってくるなんて、王都にいる冒険者も捨てたもんじゃないね」
老婆からもお墨付きを貰った。
「実は俺たち、南部の田舎の冒険家なんです」
「へぇ~、そうか田舎者なのに冒険家になるんだから、大したもんだ。侮っていたよ。どこまで行くつもりなんだい?」
「北方へ。『天使の一献』というお酒があるらしいんですが……」
「ああ、それは作り話だ」
「やっぱり。この先、北へ行っても何もありませんか?」
「北限の一年中、氷に閉ざされた場所に、遺跡を見つけたという記録は確かにあるが、もう何百年も前の話だ」
エルフの老婆はそう言って、古い地図を見せてくれた。
村よりも遥か北に、遺跡が描かれている。
「ダンジョンだと言っていた者もいたが、帰ってはこなかった。夏にしか行けない場所さ」
「行って帰ってきたら、冬になってますかね?」
「なっているだろうな。ここから先は、馬が使えないほど急峻な道が続く。行くだけでも二週間はかかるし、魔物も出る。日も短いし、精神をやられる者も多い」
地図の脇に竜が描かれている。背中には塔がいくつか立っているような描写もあった。
「この竜は、旅をしているんですか?」
「ただの伝説だ。竜の上に人が住んでいたなんて御伽話が流行っていた頃があったのさ」
「その竜の亡骸を、この前見て来たんです」
「ほぅ……。伝説をその目で見てきたか?」
「草原の観光地になっていくでしょう」
そ老婆は少し黙りこくって「普通は地図を見せたら諦めるんだけどねぇ」と言いながら、古い革表紙の本を奥の部屋から持ってきてくれた。
「この本に、竜は塔を目指して歩いているという記述がある。ただ、これより北に塔などない」
「そうですか」
諦めるしかないか。
「ただなぁ……。この村から東に向かって、二日ほどのところに塔が立っていた。今は崩れてしまっているが、かつては中継地点として使われていたとされている」
「中継地点ということは、そこが北限ではないということですか?」
「そうだ。もし北に塔があるとすれば、氷山に埋まっている可能性はある」
氷河が流れてくることは知っていたが、塔を飲み込むこともあるのか。身を乗り出して、地図を再び見た。古い地図だから距離感がおかしなこともある。
行って帰ってこられるかどうか……。
「悩ましいな」
「ミスト、顔が笑っているぞ。決まっているんだろう?」
ケシミアに窘められた。
「俺たちは冒険家だろう? 未知の場所に道を作るのが仕事だ」
そう言うと、老婆がパンッと膝を打った。
「よく言った。この村は冒険者ギルドが作った村さ。冒険家の旅なら村人全員で協力するよ」
北の村で、味方ができた。




