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2話:ハルバードを持った戦乙女


 俺は幻惑魔法を使わずに満月の日から一夜明けた。


 昨日は冒険者の仮登録を済ませて、塔のベッドで眠った。気絶せずに眠ったのは初めてかもしれない。


 毎日、幻覚から殺されるような攻撃を受けて気絶していたと思うと、落ち込み過ぎたとは思う。


「これが冒険者カードかぁ」


 ミストと自分の名前が書かれた金属製の薄い板を見ると、本当に自分が冒険者になれたのだと実感する。

 にやけた自分の顔を鏡で見て、落ち込んだ。スタートラインにも立っていない。理想と現実の距離はあまりに遠い。


「いや、これは仮だな」

 

 酒場の店主からは、町に行ってちゃんと登録を済ませるようにと言われてしまった。

 一応、『ウェアウルフの山賊を壊滅させた』という証明書もついている。こちらは衛兵の部隊によるもの。


「残党を狩りにいったが、あんなきれいな現場は久しぶりだ。いつでも次の山賊が入れそうだが、しっかりと潰してきたよ」


 髭面の衛兵に褒められた。


 自分としては強くなったというよりも、戦い方がなんとなくわかってきたくらいの感覚がしている。幻惑魔法を使えば決定打を与えるということではなく、恐怖や沈静化でタイミングを遅らせることで、鉄の杖を弱点に食い込ませることができる。


 おそらく単独で戦うなら、この方法しかない。


 満月の翌日は秋晴れで、気持ちのいい風が吹いていた。

 ウェアウルフの討伐で報酬を得た俺は、小麦袋を積み込んだ幌馬車に乗せてもらい、町へと連れて行ってもらう。


「いやぁ、村で噂になってるぞ。ヘルミを山賊から救い出してくれたんだろう?」


 あの娘はヘルミというらしい。


「たまたま運がよかっただけです。俺は役立たずの幻惑魔術師ですから」

 あまり村人たちから頼られても面倒だし、まだ山賊を倒しただけ。調子に乗っている場合じゃない。


 町に辿り着くと、門兵に仮登録の冒険者カードを見せた。


「魔法使いで冒険者になるのか? 仲間はどこだ?」

「一人なんです」

「ああ、そうか。町で仲間を見つけるのだな。いい縁を」


 衛兵は冒険者カードを返してくれた。

 そう簡単に仲間が見つかるといいのだけれど……。


 冒険者ギルドは、飲み屋街の真ん中にあり、二日酔いの冒険者たちがベンチで寝ていたり、働き者の掃除夫が汚物の掃除をしていたり、見れなかったものが見れて新鮮だ。


「すみません。隣の村でウェアウルフの山賊を討伐したんですけど、ギルドに登録できますか?」

「え? 魔物の討伐をしてから来るなんて珍しいですね」


 ギルドの職員は、銀狐の獣人で可愛らしい鼻に眼鏡をかけていた。きっと気の利いた冒険者なら、着ている服や化粧を褒めたりするのだろうが、あいにく自分にはそういうセンスを学ぶ機会を逃し続けてきた。


 とりあえず衛兵に貰った紹介状を見せると、しっかり読んで、書類に名前を書き込んでいた。美人なうえに仕事もできるのか。

 俺も、得意な魔法や武器を書き込む。


「とりあえず、登録は済みました」

「あっさりですね」

「ええ、すでに依頼は達成されているようなので、登録料はかかりません」


 本来は銀貨1枚かかるらしい。


「規則ですので、実力を……、と言っても幻惑魔法ですか?」

「ええ、見せますか?」

「いえ、結構です」


 やはり幻惑魔術師は求められていないらしい。


「はぁ、終わったぞ」

 汗を拭いながら、黒い肌のエルフが裏口からギルド内に入ってきた。

 ほとんど下着姿だ。健康的な肌が丸見えで、目をそらしてしまう。


「ケシミアさん、そんな恰好で入ってこないでください」

「仕方ないだろう。薪割りで汗が止まらないのだから。ああ、なんだ? 午前中だというのに、男がいたのか」

「失礼」


 俺は手で目を覆って、ケシミアと呼ばれたダークエルフを見ないようにした。


「いや、こちらこそ悪かった。普段は酒を飲んで潰れている冒険者しかいないから、油断したんだ。もう大丈夫」


 そう言って手を取って、ケシミアを改めて見ると、ただローブを羽織っただけだった。


「それで? 彼は誰だ?」

「ミストと申します。新人の冒険者になりました。得意な魔法は幻惑魔法です」

「そうか。役立たずと言われそうな魔法使いだな」

 

 ケシミアは正直者のようだ。


「ケシミアさん、失礼ですよ。あなただって似たようなものじゃないですか」

「そうだな。私はケシミア。戦闘ではハルバードを使うのだが……」

「魔物に攻撃が当たったことがないのです」


 職員に言われていた。ハルバードとは槍と斧を合わせたような武器だったはず。


「フェティ、バラすなよ。これでも練習はしているんだ。どうにもタイミングが合わないだけで、薪なら幾らでも割れるんだぞ」

「そう言っても魔物は止まってはくれませんからね。そのせいで誰もパーティーを組んでくれないじゃないですか?」

「それはそうだが……。こればっかりは仕方ないだろう」

「そうだ。もしよかったら、ミストさん、ケシミアさんと一緒に依頼を請けてもらえませんか?」

「合う依頼があればいいですけど……」

「本当か!? だったら、このジビエディアなんてどうだろう!?」


 ケシミアは待ってましたと、掲示板から依頼書をはがして見せてきた。


「鹿肉は美味しそうなんだよ」


 ジビエディアとは鹿の魔物で、大きさが4メートルもある化け物だ。しかも鹿の群れを伴って、林業に多大な被害をもたらしているという。


「いえ、食欲で依頼を決めない方がいいです。それよりも、こちらはどうですか?」


 掲示板から依頼書を取った。

 冒険者になったらやってみたかったことがある。それがこの依頼。


『洞窟に棲みつくゴブリンを討伐せよ』


 幻惑魔法はある条件下で、とてつもない効果を発揮することがある。

 歴史書を見ると、逃げられないような場所で軍勢や群れを相手にした場合、かなりの効果があるとの記述が多い。


 先日、討伐したウェアウルフもこのパターンだったが、見張りが一頭表に出て来ていた。


「規則よりも、これを請けるので冒険者の適性があるかどうか判断してもらえませんか?」


 獣人の職員に聞いてみた。


「実戦で見せると言うことですか? まぁ、いいですよ。ウェアウルフも倒しているようですし」

「え、ゴブリンか。仕方ない、今回はパーティーメンバーの言うことを聞いてやるか」


 ケシミアもすっかり仲間の気分でいるようだ。


「準備から行きましょう」

「私はいつでも行けるぞ」

「その恰好で行くんですか? 虫除けの薬くらいは持っておいた方がいいかもしれませんよ」

「あ! そうだ。それで失敗したことがある。薬屋に行こう!」

「その前に金物屋に行きます」


 俺たち2人は、金物屋でスコップを買い、薬屋で虫除け薬を買い込んだ。


 町を出て、森へと入った。ゴブリンがいる洞窟は、森のかなり奥の方。猪や鹿がこちらを警戒しているが、幻惑魔法を使えば逃げていく。


「なんだ、今のは?」

「幻惑魔法です。レベルの低い魔物や動物には十分に効果があるんですよ。知られてませんけどね」

「ミストは意外にすごい奴なのか? もう、敬語は使わなくていいぞ。仲間なんだから」

「そう? じゃあ、そうするよ」


 動物を魔法で散らしながら、洞窟へとたどり着いた。

 食べ終えた動物の骨が辺りに散らばって、羽虫を呼んでいた。


「あそこで間違いなさそうだな。よし乗り込むか」

「いや、ダメだよ。まずは虫除けの薬を塗ってくれ」

「ああ、そうだったな」


 薬を塗り終えたら、あとは洞窟の入り口付近に落とし穴を掘る。幻惑魔法で足音や掘る音を消しておいた。


「音がしなくなった?」


 ケシミアが小声で聞いてきた。


「幻惑魔法の一種だよ。さ、とっとと落とし穴を掘るよ。罠に嵌った相手なら、ケシミアも倒せるでしょ?」

「バカにするな。当たり前だろ!」

「しーっ!」


 大きな声は消せない。

 とりあえず、怒りで頭に血が上ったケシミアに鎮静化の魔法を使い、落とし穴を作っていった。


 見張りもいないゴブリンは完全に油断している。

 魔法学園で学んだ最高の幻惑魔法を見せる時が来た。


「ケシミア、悪いけど魔法を唱え終わるまで耳を塞いでおいて」

「わかった」


 ケシミアは両手で耳を塞いだ。


 洞窟に響き渡るように狂乱の幻惑魔法を唱え始める。長い呪文は、洞窟の壁を反響しながら奥へと向かい、数十秒後には争うような音が聞こえてきた。


「何を唱えたんだ?」


 合図をするとケシミアが両手を耳から離して聞いてきた。


「狂乱の魔法だ。同士討ちを始めているんだよ。出てきたゴブリンは落とし穴に嵌めよう」

「うん……」


 ケシミアは少し引きつっていた。


「どうした?」

「いや、魔物を殺すんだな」

 少し震えているようだ。

「そうだ」

「よし」


 ケシミアがパーティーを組めないのは、害獣を殺す覚悟がなかったからかもしれない。


 ゲギャギャギャギャ!!


 洞窟からこん棒を持ったゴブリンが飛び出してくる。こん棒には仲間の血が付いていた。

 恐怖の魔法を放つ前に、ゴブリンはあっさりと落とし穴にはまった。


「ケシミア!」

「……」

 ハルバードを振りかぶったまま、ケシミアが止まってしまった。

「……ケシミア!? やるんだ!」

 そっと背中に触った。魔法は使わない。

 もし仲間として冒険者を続けるなら、しっかり殺してもらわないと背中を預けられない。


 ザシュ!


 振り下ろされたハルバードは正確にゴブリンの頭を勝ち割った。


「よし、次だ!」


 ケシミアは叫ぶように自分を鼓舞した。


 ほどなく骨の斧を持ったゴブリンが飛び出してきて、落とし穴にはまる。


 ザシュ!


 今度は躊躇することなく、ケシミアはハルバードを振り下ろしていた。

 身体中が赤くなり興奮しているようだが、止まっている相手はしっかり殺している。頬に返り血を付け、口を結び、鼻で大きく息をする姿は戦乙女のそれだ。


 そこから一頭もゴブリンは出てこなくなった。


「警戒して中を確認しよう」

「うん」


 魔法で明りを作り、周囲に展開。身体の周りに光の玉が浮かんだ。


「そんなこともできるのか?」

「こんなことしかできないんだよ」


 中は篝火や燭台が倒れて真っ暗だ。血だらけで頭蓋骨が陥没しているゴブリンや、あばらが折れて内臓が飛び出ているゴブリンが死んでいた。息をしている者も、致命傷で動けない。

 

 しっかり、鉄の杖でとどめを刺しておいた。


 大型のホブゴブリンもいたが、完全に足の骨がおられている。壁を背にして座っていた。

 光の玉を見るなり、立ち上がろうとしていたが、ケシミアがしっかり足をハルバードで分断。首も切り落としていた。


 おそらく、ホブゴブリンがこの洞窟の長だったのだろう。他に生きているゴブリンはいなかった。討伐部位の耳を切り落として、洞窟を出る。


 興奮していて気付かなかったが、酷い臭いが充満していた。

 ケシミアは吐いている。


「すまない。ミストの魔法が切れたようだ」

「魔法は使ってないよ」

「え? 興奮の魔法を使ったんじゃないのか?」

「使ってない。ケシミアの意思で、ゴブリンの群れを討伐したんだ」

「そうか……」


 ケシミアは大きく息を吸って、深呼吸をしていた。


「冒険者だ。冒険者になれたんだな?」

「ああ、これで俺もケシミアも冒険者だよ」

「ありがとう。仲間になってくれて。実は私、一度も魔物を……」

「いいよ。気にしてない」

 ケシミアが言い終わらないうちに、俺は答えた。


「今日は仕事をした。それだけで十分じゃないか」

「うん」

「さ、町に帰ろう」


 俺たちは町へと戻り、冒険者ギルドに報告。ゴブリン駆除を完了した。


「へぇ~、ケシミアも討伐したのね?」

 銀狐のフェティが驚いていた。


「ああ、これからは根性なしとは言わせないよ」


 ケシミアも陰で笑われていたらしい。


「幻惑魔法も使えるでしょ?」

「ええ、そうみたいね。また、依頼があれば、お願いするわ」


 報酬を貰って、2人で山分け。数日、高級な宿で泊まれるくらいには貰った。

 幻惑魔術師の実力も見せることができたし、十分だ。


「ありがとう。ケシミア、助かったよ。俺だけじゃ、きっと依頼は達成できなかった。また、町に来たら、仲間になってくれるかい?」


 冒険者ギルドの前で、手を差し出した。握手のためだ。


「え? 私たち、もう仲間でしょ? どこか行くの?」

「いや、ホームに帰るつもりだけど……」

「じゃあ、私も行くわ。宿を引き払ってくるから待っていて」

「いや、そのぅ。男の一人暮らしだぜ」

「私は気にしないわ」

「そうか。だったら、酒を買いたいんだけど、いいかな?」

「お酒?」


 


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