19話:その旅が幻にならないように
ヘルミの農園が荒らされたことはすぐに周辺の村にも伝わった。
捕まった賊は冒険者ギルドを永久追放になり、クランの拠点も全て潰されたという。
「それから、鉱山での労働も追加されたわ。あのクランはいろいろ裏でやっていたみたいね」
わざわざ冒険者ギルドから銀狐のフェティが塔までやってきてくれて、説明してくれた。
「意外に罪が重いね」
「冒険者の評判を貶めるようなことをやったのだから当たり前よ。私利私欲のために娘に幻惑魔法まで使って気絶させて、墓も荒らしたとなれば、冒険者ギルドも本気でつるし上げるわ」
現在、王都では幻惑魔法での詐欺事件などが多発しているのだとか。
それも冒険家の中に幻惑魔術師がいるという説が広まっているからだとフェティは断言した。
「もっとミストが実績を上げてもらわないと、王都の治安にも影響されるって私も尻を叩かれているのよ」
「まだ尻を大きくするつもりか?」
ケシミアはフェティにこめかみを拳でぐりぐりされていた。
「わぁ~、ごめん、痛い痛い!」
冒険家になってもフェティにとっては、ケシミアは世話のかかる妹みたいなものなのだろう。
「旅の実績が国民にも伝わらないと困るのよ。もう次に行く場所は決めたの?」
「あー、えーっと、北方に行ってみようかと思ってますけどね」
自信はない。そもそも『天使の一献』という酒のために行くという理由で説得できるだろうか。
「北方ね。悪くはないと思うけど、まさか過去の冒険家が言った場所に行こうとしているわけじゃないでしょうね?」
「え? っとー、『天使の一献』というお酒が気になるというか……」
「それ小説の中に出てきたお酒じゃない?」
「昔、冒険家の日記風に書かれた小説が流行ったことがあるのよ。それに出てきたお酒の名前に似ているわね」
今、コルベルが読んでいる日記はただの小説だったのか。ということは、もしかしてヘルミの父親が読んでいた日記というのも、同じ小説だったのかもしれない。
「図星!? ちょっと勘弁してよ。わざわざ、こんな塔まで来たんだから、真面目に旅をしてくれないと私だって面目丸つぶれよ」
「いいじゃない。その小説を書いた作家だって、わざわざ日記風に書いているくらいだから全部想像で書いているわけじゃなくて、昔あった逸話や出来事を元に書いているわけでしょ。だったら、本当にあるかもしれないんじゃないの?」
ケシミアが助け舟を出してくれた。
「そう! その通り! すぐにでも毛皮商人から道を聞いて旅に出るつもりだったんですよ!」
俺は助け船に全力で乗っかった。
「ない話じゃないけれど……」
フェティも押され始めている。
「なにも『天使の一献』目当てというわけではありません。『竜の腹』で得た情報によると、かつていた巨大な竜は移動していたと聞きました。南の終着駅が『竜の腹』だとして、北方の終着駅も確かめに行きたいと思いまして」
「北方の財宝なら取ってこれるということね?」
「そ、そうです」
「本当に頼むわよ。はい、これ、次の旅への準備金ね。無駄づかいせずに賢く使うように。あんまり拠点で長居していると詐欺を疑われるわよ」
そう言って、フェティは金貨が詰まった袋を渡してきた。冒険者ギルドの期待度がわかるが、こんなに貰っても使い道がない。
「それじゃ。はぁ~あ、せっかく来たから飲むかぁ~」
フェティは塔から出て、村の酒場へと飲みに向かった。
「どうするんだよ。このお金。村ごと買えるんじゃないか?」
「大量に奴隷でも買っていく?」
「ダメですよ。荷運びように、背負子か荷台を雇わないと……」
3人とも好き勝手なことを言っている。
「とにかく北方を目指せばいいんだよな? 好きなこと言っても、失敗も考えると、この金は半分も使えないだろう」
「どうして?」
「北には巨大な湖があって、さらに先には海も広がっていると聞く。『天使の一献』はその海の向こうだろう?」
「この日記小説での話ですよ」
コルベルは本を掲げた。
「でも、船は使わないといけないし、天候の運も大きく左右するんだから、冬になる前に渡らないといけないんだぞ」
今は秋の終わり頃だ。すぐに出発したとして、なんの目印もなく越冬はできない。
「春を待ってから、出発した方がいいんじゃないですか?」
「その通りだ」
「でも、船なら関係ないんじゃない? しかも、フェティは尻を叩かれているわけだし」
「それもそうなんだよな。危険な旅をしてきた方が冒険者ギルドからは評価されるだろうね」
「とりあえず、雪が降る前に行って、拠点を探して越冬すればいいんじゃないですか?」
「うん。きっと、そうなるな」
だいたいの予定が決まった。
「そういえば、どうして毛皮商人に道を聞こうって言いだしたんだ?」
「寒い地方なら毛皮が必要だろう? 北方に向かう商人がいるということは先に人がいるということさ。ルートがあるうちは商人に聞くのが一番だ」
「学んだね」
「ああ」
一度旅をしてわかったことがある。道なき道を行くのは大変だ。どんな危険が待ち受けているかわからないというだけで、疲労感は増す。
先人がいるなら、話を聞いた方がいい。冒険家は生きて帰ってこないといけない職業だ。
「遠くの酒が飲みたいだけなのに、よく命をかけられますね」
コルベルはそう言いつつも、準備を始めていた。
「そうか。今回はコルベルも来るんだよな」
「もちろんですよ。従士ですから荷運びくらいはさせてください」
やる気を漲らせている今のうちに、鍛えておいた方がいいかな。
「明日、一日、繰り返そうか?」
「コルベルの底上げにはいいかもね」
「コルベル、明日一日繰り返すから、戦う準備をしておいてくれ」
「え? どういう? また、山賊と戦うつもりですか?」
「違う。塔の中で修業だよ」
「お二人と?」
「幻覚とだ」
わけがわかっていなそうだが、「とにかく明日は一日戦うつもりでいてくれ」と言って、食料の買い出しをしに行く。
酒場では、フェティが酔いつぶれていた。
「冬に飲むお酒ってありますか?」
「さあ? お米の酒や濁り酒なんかもあるけど。身体を温めたいなら度数が高い酒もあるよ」
「では、とりあえず全部ください」
「全部!?」
店主に驚かれながらも、大金を払って買った。
「いいんですか?」
「必要経費だ」
コルベルが不安そうに聞いてきたが、酒こそ修行そのものでもある。
「よし、帰って準備して、とっとと始めよう」
「何を始めるんですか?」
「酒盛りだよ」
塔に帰り、武器の整理をしておく。ケシミアはハルバートの刃を研いでいた。
俺は地下の食糧から一回にある棚や机、テーブルまで、食上階へと運び出した。
「何を始めるんです? 一日を繰り返すってアレですか?」
「そうだ。明日を繰り返す」
「だからってどうして、スペースを作ってるんです?」
「俺が酒を飲むと、どうなるのか忘れたのか?」
「まさか……。いや、そんな……。ケンタウロスの群れですか?」
ようやくコルベルは思い当たったようだ。
「その通り。俺たちはこうして強くなったんだ。幻惑魔術師は想像力の分だけ強くなる」
「早いところ、自分の武器を決めておいた方がいいよ。どっちにしろ、幻覚と戦うことになるんだから」
「そんな……」
コルベルはそう言って、魔術書や薬を確認していたが、すぐにナイフやこん棒に切り替えていた。幻覚に対し、魔法で対抗しても勝てないと気づいたのだろう。
消化に良い薬草スープを作り置きして、仮眠。日をまたいだと同時に起きだして、酒を飲み始める。
米で作ったという濁り酒の香りがとてもよく、思わず舌なめずりをしてしまう。
「用意はいいか?」
ケシミアもコルベルも鎧も武器も準備は万端だ。
「それじゃあ、乾杯!」
濁り酒をコップに入れて一気に呷る。ほんのりとした邪魔しない甘みで、口当たりがよく、いくらでも飲めそうだ。
「ふぅ……。美味です」
ぴちょん。
塔の一階、幾何学模様が施された床に、いつの間にか水が溜まっていた。
その水溜りの中心に頭に皿を乗せた長髪の魔物が、水を滴らせながら浮かび上がってきた。口は広く、眼光は赤く鋭い。
「カッパだ! 東方の妖怪だ。気を付けろ! 何をするかわからん!」
注意したが、ケシミアはハルバートを脳天の皿を目掛けて振り下ろしていた。
ガキィン!
ハルバートが、カッパの上腕に防がれた。スピード重視で軽くなったとはいえ、ケシミアの一撃を受け止めている。何より、ハルバートは鉄製だ。
カッパはハルバートの刃を掴んで、そのままケシミアごと壁に叩きつけた。
「ガハッ!」
ケシミアは壁をずり落ちながら昏倒。
すかさず、コルベルがナイフを投げた。カッパは埃でも払うかのようにナイフを弾き返す。
防御力、動体視力がとんでもないレベルだ。
「臆するな! 所詮、幻覚だ!」
足を振るわせているコルベルに、鎮静化の魔法をかけながら励ました。
ちょっと視線を逸らした隙に、カッパはその大きな手に水を溜めて振りかぶっていた。
「何をする気……」
振りかぶった腕が振られ、水の玉が飛んでくる。まるで石のような衝撃が身体中に叩きつけられた。コルベルが着ている鎧には穴が空いた。
水の玉は当たってから、パキパキと音を鳴らしながら凍っていく。
「はぁ……はぁ……。はっ……」
コルベルは血で染まった手が凍っていくのを見ながら、気を失っていた。
俺は血が噴き出すのも無視して、カッパに接近。正中線にある急所に杖の先端を潜り込ませる。
カッパの身体に杖が触れる瞬間、一瞬だけカッパの皿が見えた。
次の瞬間には、塔の扉から外に放り出され、宙に舞っていた。
池の中に落ちて、骨折はしていないものの、衝撃で脳が揺れている。
河童に接近戦を挑んではいけないと初戦で気づかされた。
桟橋に上がり、杖で距離を取りながら戦おうとしたら、カッパのラリアットが俺の鎖骨にめり込んでいた。空中で何回転もしながら、俺の視界は赤く染まり気絶。
初戦は敗退。
次に起きたのは昼頃だった。
カッパは消えて、ケシミアとコルベルは起きて、回復薬をかけ合っているところだ。
「距離を取ると水の玉が飛んでくるし、接近戦は動体視力を上げないと、あの怪力を躱せないぞ」
最後まで残っている俺が情報を共有する。
「わかってる。初戦だと思って油断した」
「弱点は皿ですか?」
「ああ。だが、そこに至るまでが、難しい」
俺は回復薬を飲み、薬草を貼った。どうせ、また怪我するので、このままでいいだろう。
「次、いけるか?」
「うん」
「いけます!」
夜には怪我も何もなかったかのように、長い一日が繰り返される。
幻惑魔術師の旅の準備は修業から始まる。




