15話:馬乳酒の幻
財宝を持って帰ると、町がにわかに活気づいた。
療養中と言われていたギオルも戻ってきて、町の人たちに古代の財宝について説明したのもよかったようだ。
「薬師にとっては、とんでもなく効果のある代物だね」
まじない師の婆さんにも鑑定してもらい、お墨付きも貰った。
ザラス博士には講演の依頼が殺到して、博物館を作ろうという話にもなっているらしい。
冒険者ギルドには、続々と冒険者たちが集まり、探索のチームが複数出来上がっているという。「竜の腹」のダンジョンには、まだまだ財宝が眠っているはずだから、これから見つかっていくはずだ。
俺たちはというとわずかな報酬を受け取ってコルベルと共に、ダンジョンの入り口である塔を作った幻惑魔術師について調べていた。
「塔が駅だった?」
「ええ、そのようですね」
コルベルは塔から持ってきた本を確認していた。草原の拠点で、風にめくれるページを抑えながら、見せてきた。
「巨大な竜の背に乗って、人々は旅をしていたわけですが、季節によって移動する場所が決まっていたようです」
「渡り鳥みたいなことか?」
ケシミアは塔から持ってきたナイフを研いでいる。幻惑魔術師が生活で使っていたもので、安物だがよく手に馴染むのだそうだ。
「ええ。冬には南に、夏には北に、古代の竜は気温に弱かったようです。塔を建てて、竜の補給基地を作っていたと書いてありますね」
「竜は何を食べているんだ?」
「魔物です。『特にメガテリウムを好む』のだそうで、メガテリウムを繁殖させて大きくしていた牧場もあったとか」
もしかしたら、その牧場のせいで、今のメガテリウムは大きくなってしまったのかもしれない。
「なぜ塔なんだ?」
「遠くから竜が来るのが見えるからじゃないか?」
「当時は高い建物を作ることが一種のステータスになっていたようですね。建築学を修めている優秀な賢者として見られていましたから」
「なるほどね。幻惑魔術師も、普段あんまり人に認められないから、ダンジョンの中に塔を作ったのかな? ミストは塔を作りたいか?」
ケシミアの質問を、俺はちゃんと考えてみた。
「それが、一切ないんだよな。俺も幻惑魔術師の端くれとして、塔を建てたい気持ちがあればいいんだけど……。でも、おそらく不安な時代だったんじゃないか? だから、確かな建築物の塔から俯瞰して社会を見ることで、どうにか気持ちの整理を付けようとしていたのかもしれない」
「歴史を見るとそうかもしれません。竜が死ぬと、竜の背に乗って生活していた人たちは地上で暮らしていかなければなりませんし、いつでも同じような気温の場所に移動することもままならなくなります」
「難しいな。移動しながら暮らしたいなら、ユルトのようなしっかりしたテント暮らしが一番いいように思うけど……。それは私が時代への不安がないからかもな」
ケシミアはナイフをきれいに研げたようだ。報酬の一部として自分の物にしている。
「時代が変わることに不安はありませんか?」
コルベルはケシミアに聞いていた。
「ないね。時は過ぎゆくものだろう? 子供は成長し、若者はいつしか老いていく。それは世の理で、誰にも変えられない」
「それは個人の一生の話だ。コルベルは社会的な話さ。社会の技術が退化したり、忘れ去られないように、本を作って記録しているんだ。だから著述家は少なからず不安を抱えているのかもしれないよ」
「え~、そうかな。ほら、これ見てよ。『種族別、奴隷掌握術』だってさ」
ケシミアが本を掲げてタイトルを見せてきた。
「こんな技術はもう誰も使わないよ」
中を確認すると、まじないを駆使して奴隷を掌握する術が書かれている。
「今はその価値がわからないというだけだろう。あれ? この本なかなか面白いぞ。このまじないっていうのはほとんどが幻惑魔法のはずだ。俺も、魔物を奴隷にできるのかな?」
「ああ、ミストに余計なものを見せてしまった。これで、また想像力が飛躍してしまうかもしれない!」
ケシミアは、口角を下げて泣いている。
「いいじゃないですか。想像力を飛躍させることで、技術革新が起こるかもしれませんよ」
「ミストの場合は起こしたらダメなんだ。幻覚と戦わないといけない私の身にもなってくれ」
「どういうことですか?」
コルベルには訳が分からないだろう。
「試してみるか?」
「やめておけよ。草原で飲んだら、どうなるかわからないぞ。メガテリウムだって暴れるかもしれない」
「ダンジョンだったら、どう? まだ、冒険者たちも準備している頃だよ」
「なら、馬乳酒を一杯だけ」
「コルベルは塔の上で見ておいてくれ」
「え? なにをやるんです?」
俺たちは馬乳酒の壺を買い、コルベルを連れて「竜の腹」のダンジョンへと向かった。
衛兵に挨拶して、冒険者たちが来ているか確認。やはり、冒険者はまだ来ていないとのこと。
ダンジョンに入り、コルベルを塔の上に配置。
「いつでも岩を投げられるようにしてくれ」
「わかりました。でも、何が始まるんです? また、骸骨たちを塔に上らせるんですか?」
「違うよ。俺が酒を飲むだけ」
笑ってごまかしておいた。
「たとえどんなものが見えても慌てずに、岩を投げてくれ。頼んだぞ」
ケシミアはコルベルに遠距離攻撃を任せた。レベルが上がったからかコルベルは飛距離を伸ばしていた。
塔の一階で戦闘準備を済ませ、馬乳酒の壺を開けた。
独特のツンとした匂いが鼻についた。
「よし、飲もうか」
柄杓ですくい、コップに入れて少し舐めてみると、酸味が強い。
「これはこれで、飲めるな」
一気に飲み干した。アルコールが食道を通り、胃に落ちていくのがわかる。そこで飯を食い損ねていたことに気がついた。
「何か起こったか?」
「いや。外かな?」
塔の中で異変は起こらなかった。
「お二人! 何かがやってきます!」
コルベルの声が塔の頂上から聞こえた。
すぐに扉を開けて、外に飛び出すと、ボコボコと骸骨たちが地面から這い出てきた。
地平線からは、馬群の足音が聞こえてくる。
「ケンタウロスの群れか?」
「ホームの塔で飲んでいたら、塔ごと破壊されていたね」
見上げるほど大きな半人半馬のケンタウロスが群れで、這い出てくる骸骨を文字通り蹴散らしていた。手には槍やハルバートを持っている。
「初めから飲んで攻略していればよかったか?」
「後悔しても遅いよ。塔から離れるよ!」
「了解!」
塔を破壊されては元の世界に戻れなくなるため、一旦塔から距離を取り、挑発の魔法でケンタウロスの幻覚をおびき寄せた。本来であれば、幻覚に幻惑魔法など効かないはずが、ケンタウロスの視線はこちらに向いている。
「来るぞ!」
「おうっ!」
骸骨もろとも蹴散らす勢いで、ケンタウロスの群れが襲い掛かる。
ケシミアのハルバートが地面を叩き、土煙が舞う。目くらましだ。
目をつぶったケンタウロスの足関節を鉄の杖で逆方向に折る。
ギィイエエエ!
叫びながら倒れるケンタウロスを踏み台にして跳び上がり、向かってくる後ろのケンタウロスの喉元に鉄の杖を突き刺した。
横から槍が襲ってくるが、ケシミアのハルバートが槍ごとケンタウロスの身体を真っ二つに割っている。一撃必殺ではなくなったはずなのに、恐ろしい威力だ。
さらに向かってくるケンタウロスの群れを次から次に倒していく。
骸骨ばかりを相手にしていたからか、ケンタウロスの骨の形が見えるようだった。
体高が高いので弱い関節や背骨を狙い、飛び跳ねながら相手をするしかない。自然とフットワークが軽くなり、地面を蹴る威力もなくなった。
「ミスト、興奮をかけて!」
「了解」
興奮の魔法を自分とケシミアにかける。途端に、感知能力が上がり、空気の動きさえ感じ取れるようになった。
攻撃は必要最小限の威力さえあればいい。
何も身体を切断したりしなくとも骨を折り、戦闘不能にしてしまえばいいのだ。
それでもケシミアはケンタウロスの身体を割るようにハルバートを振るっていた。何か狙いがあるのだろう。
「あった! 魔石は馬と人間の身体の接続部分だ!」
弱点を発見してしまえば、こちらのもの。後は作業のように向かってくるケンタウロスの魔石を破壊していくだけだ。
弓矢での攻撃も飛んでくるが、骸骨で慣れていたせいか、何となく飛んでくる位置がわかってしまう。攻撃が飛んでくる方向さえわかってしまえば躱せる。
大汗をかいて周囲を見回すと、ケンタウロスが呻きながら倒れていた。
「一杯目にしては……キツい」
完全に酔いがさめてケンタウロスの群れは、煙のように消えてしまう。
体に異常がないかお互いを見たが、汗をかいていること以外は特に傷はなく、指のタコが破けたくらいだった。
入口の塔に戻り、汗を拭った。
「もう一杯行くか?」
「飲み過ぎると死ぬぞ。ここはホームとは違うんだから時間は巻き戻らない」
落ち着くと、なぜかまだ試したい気持ちが湧いてくるから不思議だ。
「今のケンタウロスの群れは、いったいなんですか?」
頂上から下りてきたコルベルが、俺たちを見て聞いてきた。
「これが俺の幻惑魔法さ。酒を飲むと、幻覚が出てきちゃうんだ。飲めば飲むほど凶悪になっていく。魔物の種族は酒の種類にもよるんだけどね」
「今回は馬乳酒だから、ケンタウロスだったわけ」
コルベルは口を開けたまま、頷いて理解したようだ。
「馬乳酒って保存がきくんだろう?」
「ええ。売っているのは熱処理をしているはずですけど……」
「だったら、今日はもうやめておこう」
馬乳酒はホームの塔でも試せるが、場所がない。かといって、このダンジョンで飲み過ぎて死ぬのはバカらしい。
「ホームの敷地を広げるか……」




