14話:見つけた財宝は幻か、それとも確かな経験値か
夜になり、草原で焚火を囲む。曇天で遠くに見える町の明かりと、焚火の明りしかなくなってしまったような気がした。
「やっぱりダンジョンで本物の宝を見つけるしかないんじゃないか」
ダンジョンに潜らないギオルが言うと、寂しさが漂う。魔物の身体になって以降、今いる拠点で療養を続けてきた。
治ってはいるものの町には入れないし、ダンジョン恐怖症にもなっている。胸を射抜かれたのだから仕方がない。一日中、ザラス博士が持ってきた霊媒術の文献を漁っていた。
「町の人たちはイミテーションの装飾品しかないことがわかって、興味が失せたらしい。遺物としては重要なのだけどね」
ザラス博士は人集めをしているが、なかなか遺物は理解されないらしい。
やっていることがザラスとギオルで逆なら、それぞれ向いているはずなのに、それができないから難しい。
「冒険者ギルドの方も、思っていたダンジョンと違うらしく、入った瞬間に巨大な空間が広がっていて、四方八方の地面から魔物が出てくるのは危険すぎて冒険者たちに勧められないと言っていました」
コルベルは革の鎧も新調してすっかり冒険者のような姿になっている。
とりあえず、塔の中にあったものを運び出しているだけの俺たちが一番気持ち的には楽だ。
「またふりだしに戻ったような気分だな」
「気分じゃないです。ふりだしです」
発掘作業は止まってしまった。
「だったら、試してみてもいいですか?」
俺の提案に、3人は面食らったような顔をしている。
「試すって何を?」
俺たちは、町でまじないがかかった礼服を買ってきて、ギオルに着せた。
「なんでこんなものを?」
「これでレクイエムを弾いてくれないか。骸骨の動きが鈍くなるんだ」
「本当か?」
ギオルが疑うので、コルベルに説明させる。
「教会の鈴の音でも、少し遅くなったから、たぶん効くんじゃないかって」
「それにダンジョンはいくつも同じような塔が立っているから、元の塔がわからなくなるだろ」
俺たちもただ骸骨たちを粉砕していただけではない。ちゃんと観察していたのだ。
「私のハルバートも軽量化した。骨は粉砕できることがわかったから、あとはスピードについていけるかどうか」
ケシミアも、ダンジョンで特訓していた。
戦闘中でも頭を振って、遠くの弓兵からの攻撃にも目を配るようにした。遠距離攻撃はなかなか防げないが、戦っている骸骨を盾にすればいいこともわかった。後はフットワークだけだったので、一撃必殺のハルバートの攻撃をやめ、軽量化して、振ることに特化させ手数を増やした。
「初めの塔から見えている塔までは、これで行けると思う」
「冒険家とはいえ危険はないのか?」
ザラス博士は、死者が出てダンジョン探索を禁止されないか心配している。
「もちろん、危険はあると思いますが、そもそもダンジョンは罠だらけですから承知の上です。これでも冒険者ギルドに期待された冒険家ですから」
「あくまでもこれは学術研究だ。大きな怪我などせぬように頼む」
「了解です」
博士の許可も出たので、全員でダンジョンへと向かった。
いつものように詰所の衛兵に挨拶を済ませ、周囲の状況を確認。大きなナマケモノであるメガテリウムが遠くで欠伸をしている以外は、魔物はいなかった。
博士は何かあった時のためにダンジョンの外で回復薬を手に待機。
ダンジョンに入り、礼服を着たギオルは弦楽器のモリンホールを持って塔の頂上で演奏の準備を始めた。
「俺たちが東に見える塔に行って帰ってくる時間だけ演奏していてくれ」
「わかった」
「聖水の壺は配置したよ」
コルベルは俺たちが帰ってきたときに、頂上から聖水を振りかけてくれる役割だ。あと塔の扉の開閉も頼んである。
「さて、行こうか」
「幻惑魔法は?」
「せっかくギオルが鎮魂歌を演奏してくれているんだから、使わずに済ませたい。千里眼と鎮静化だけだ」
「了解」
コルベルに合図をしてから、俺とケシミアは塔から一歩踏み出した。
ガコン。
すぐに塔の扉は閉まり、閂が下りる音が鳴った。
骸骨たちを刺激しないようにゆっくり東の塔へと向かう。
塔の上からはレクイエムが鳴り響いた。
ボコッ!
周辺の地面から骸骨たちがいつものように這い出てきたが、レクイエムのお陰で動きが鈍い。
「戦わなくてよさそうなら逃げよう」
ボコボコボコ……。
塔から離れると、次々に地中から骸骨たちが這い出てくる。
消音の魔法は使っているものの、振動はあるため、地中の骸骨たちも俺たちが移動してきていることがわかるらしい。
目には赤い光が宿っている。3000年前、奴隷として扱われていた半人半獣の魔物たちだ。
塔から離れ、レクイエムの音が小さくなると、魔物の動きはよくなっていく。振り上げられた斧がケシミアの脳天に向いた。
カコン!
ケシミアのハルバートが骸骨の腰骨を割った。
おそらくミノタウロスの骸骨はそのまま動きを止めてしまった。
「これなら、いけるよ」
「よし、初動を止めるぞ」
俺たちは骸骨たちの重心を見て、腰を中心に足骨を狙った。骸骨たちを立たせなければ、攻撃の威力は大幅に減る。
また、骸骨たちの攻撃はほとんど腰から動き始めている。無意識で殴ってくるような読めない攻撃もあるが、杖とハルバートのリーチの長さがあれば距離は取れる。
「数が増えてきた!」
走りながら、ケシミアが報告してくる。
すでに、骸骨たちに囲まれていた。ただ速度はそれほどでもない。
「魔法を使っていく。タイミングを合わせてくれ」
鎮静化の魔法で顎を上げさせ、頚椎を粉砕。そのまま頭蓋骨が転がっていくと胴体の骨は糸が切れた人形のようにその場に倒れていった。
「東の塔から弓兵が狙ってるよ」
ケシミアの一声で、対応していた骸骨の肋骨を掴み、ぶん回して東へ向けた。
スコン! スコン!
矢が目の前の骸骨たちに当たり、何体も倒れてきた。
倒れてきた骸骨を盾にして、一気に東の塔へと突き進む。
「おおーっ!」
興奮の魔法を俺とケシミアにかけて、力のリミットを超えさせる。鍛冶場のバカ力のようなものだ。
俺たちは並んだ骸骨たちを踏み越えて、一直線で東塔へと駆け込んだ。
東の塔の扉は、幻惑魔法の魔法陣が描かれて封鎖されている。何度も見た鎮静化の魔法陣だ。
問題なく開錠して、塔の中に入った。
しっかり扉を閉めて、灯火の魔法で塔内を照らす。
入口の塔とほとんど変わらないが、薬の匂いが鼻に付いた。
棚には蛙の標本に、薬草、キノコの標本などが並んでいる。いずれも幻覚剤を作り出す材料だ。
「この塔の主は魔法ではなく、体内に幻覚を入れるつもりだったようだな」
「誰が作った?」
ケシミアは瓶を開けて、中を嗅いでいた。酷い臭いなのだろう。顔を背けていた。
「錬金術師だろう」
「金を作ったり、不老不死の薬でも開発していたのか?」
「不老不死の薬があれば、生きているだろうな」
「おーい!」
塔の中から返事はない。さらに塔内を探索。
薬が多いが、どれも固まっていたり、瓶の液体が消えてカスしか残っていなかった。
薬研に鉄鍋、解剖用器具などが並んでいるなか、保存用の奇麗な瓶だけは割れもせずに残っていた。
書物、スクロールもあったが、インクが消えて読めない物の方が多い。ただ、いずれも塔の主は幻覚剤の作り方を記していたようだ。
「幻覚剤に幻惑魔法。塔を作る奴らってのは、どうしてこう似通っていくのかなぁ?」
ケシミアは、悪びれもせずに言い放った。
「見たくもない現実があったんじゃないか?」
箪笥の中には腐った毛皮があり、金庫の鍵が隠されていた。
「金庫なんか見たか?」
「見てないね。千里眼で探せば?」
金庫は1階の床下から見つかった。石材がひとつだけ浮いていたのだ。
金庫を開けて見ると、中には強力なまじないがかかった指輪や腕輪、ネックレスが大量に見つかった。おそらく金でできている。錬金術の効果を上げようとしていたのだろう。
財宝と言えば財宝だが、扱う人によってはただの呪いのアクセサリーだ。
錬金術師以外は使わない方がいい。ただ、考古学的には価値がある。
「ようやく見つかったな」
「次の塔に行く?」
「いや、一度帰ろう。本物が見つかったら、町の人から反響があるかもしれない」
綺麗な瓶と財宝を袋に詰めて、塔から脱出。未だレクイエムが聞こえている塔へと向かった。
帰りは徐々に鈍っていく骸骨だと思っていたが、倒したはずの骸骨たちが組み合わさり、塔よりも巨大な竜の姿に変わっていった。無論、レクイエムなど効かず、いくらハルバードを振っても表面の骨が飛び散るだけ。
ドシンッ!
骨製の竜が歩くたびに、地面が揺れ、遠くの地面から骸骨が飛び出してくる始末。行きよりも帰りの方が怖いという諺が頭に浮かぶ。
炎を吐き出し、塔が炙られていた。
逃げたい気持ちがあるものの、これぞまさに俺が追い求めていた幻覚でもある。
塔より大きな魔物を相手にしてみたいというのは、旅の当初から考えていたことだった。
「なんなんだ、これは!? どうやって相手をすればいい?」
ケシミアは骨竜から距離を取り、周りの骸骨を粉砕していた。興奮してフットワークも軽くなっている。俺たちは炎を吐き出す竜の動きを完全に見切っている。ホームの塔で散々、相手をしていたからだ。
量を相手にする方が面倒なくらい。ただ、ここまで大きな竜の倒し方は知らない。
「よく見ろ。あれは完全な竜じゃない。奴隷たちの共同幻想から生み出された化け物だ。おそらく乗っていた竜を模しているんじゃないか?」
「だからどうやって攻撃するんだよ!」
「耳を塞げ。幻惑魔法を使う」
「結局そうなるのか!」
ケシミアは耳栓を嵌めて、俺の背中を押した。
混乱と狂乱の魔法を同時に骨の竜に放つ。
ボリボリと骨の内部が動き始め、竜の中で骸骨たちが暴れ始めた。
頭蓋骨が飛び散り、こちらに飛んでくる。
竜の身体が大きく膨らんでいた。
「逃げるぞ! このままだと自爆する!」
「くそっ!」
俺たちは全速力で走った。
骨が積み重なる山を越えて、飛び掛かる骸骨たちを蹴り飛ばし、立ちはだかる魔物の骨を鉄の杖とハルバートで粉砕し、レクイエムが聞こえる塔へと無心で駆けた。
塔に到着すると上から聖水が浴びせられ、閂が外れる音がした。
振り返れば、膨らんだ竜から骨が四方八方に飛び散り、竜の形を保てなくなって骨がばらばらに崩れていくところだった。
「ぼさっとするな!」
ケシミアにローブを引っ張られ、塔の中に転がり込んだ。
「2人とも無事か!?」
コルベルが心配そうにこちらを見ていた。擦り傷切り傷は無数についてはいるが、どこも骨折はなし。出血もわずかだった。
「見つけたぞ。財宝」
ジャラジャラとなる袋を掲げると、コルベルはにっこりとほほ笑んだ。
ダンジョンから出てザラス博士に報告すると涙を浮かべて喜んでくれた。
「おつかれ」
ギオルは指から出血してもレクイエムを弾いてくれていたようだ。
「なんだ、あれは!? 骨竜とでもいうのか!? 君たちが死んだかと思ったよ……」
月の光を浴びたギオルは、人間の姿へと戻っていた。
「ギオル、人の姿に戻っているよ!」
「ああ、本当だ!」
本人もなぜ人の姿を取り戻したのかわかっていないようだ。
「おそらく、ダンジョンでの冒険でレベルが上がったのだろう。胸の魔石も元に戻り、変身できるようになったんじゃないか?」
ザラス博士が解説してくれた。
「でも、俺はレクイエムを弾いていただけで、骸骨と戦っていないんですよ」
「僕たちは同じ発掘チームだからね」
コルベルがいつの間にか太くなった腕を見せて笑っている。ギオルは泣いているのか、笑っているのかわからない顔でコルベルを抱きしめていた。
俺たち発掘チームが初めて財宝を見つけた晩。草原の夜空には、きれいな満月が浮かんでいた。




