13話:たしかなダンジョンと、幻の人々
「刺さったのは魔石か?」
ケシミアがギオルに聞いていた。
「たぶん……」
ズプッ。
ケシミアがギオルの胸に刺さっていた矢を引き抜いた。回復薬を塗りこみ、血を止める。
「あぁ、痛い」
「心臓に到達していない。死にはしないだろ。知り合いの闇医者はいるかい?」
ザラス博士とコルベルを見て、聞いていた。
「獣医なら」
ロバとレースに出るコルベルは知り合いがいるらしい。
「呼んできてくれ。肋骨が折れてるから安静にしないと」
「俺は死なないのか?」
「心臓がちゃんと動いているし、息するのもそれほど辛くないか?」
「まぁ、大きく吸うと痛いけど」
「体内の魔石が割れただけだろう。魔物の身体でよかったな」
ギオルがどうして魔物であることを隠していたのかは知らないが、魅了の魔法がかかったケープを羽織っていても全然魔力切れを起こさない理由はわかった。あと、サテュロスは楽器が上手いと読んだことがある。それも魔物としての才能だろう。
「一旦、拠点に戻りましょう」
草原の拠点に戻り、コルベルに獣医を呼んできてもらった。
「サテュロスの俺を見て、怖くはないのか?」
「私たちの国では獣人が多かったし、会話もできるならそれほど怖くはない。精神魔法はミストがいれば効かないしね」
ケシミアが説明したが、俺も同感だった。なぜだかまるで警戒心はない。
「でも、人間を食べたりするのか?」
「しないよ! いって……」
「安静に寝ていてくれ」
ザラス博士が甘いお茶を淹れてくれた。
「博士、この地方では魔物と獣人の区別はないのか?」
「いや、無論ある」
「3000年前、竜の背で生活していた者たちにはなかったとか?」
逃げる際に、放った博士の伝承という言葉が気になった。
「ん? ああ。伝承では、魔物を飼う文化があって、特に半人半獣の魔物は奴隷として重宝されたと言われている。今では見なくなったが……」
「俺は普通の人間から生まれた先祖返りだ。忌み子として捨てられるまでは、遠い草原で暮らしていたよ。子どものころから人間には化けれたし、町の生活に慣れるのも早かった。先生は気づいていたようだけど……」
「ギオルくんは、ギフトが多かったからね。しかも民話通りのサテュロスの才能が……。血が入っているはわかっていたよ」
コルベルが獣医を連れてやってきて、患部に軟膏を塗って包帯を巻いていった。口止め料も払ったが、どこまで秘密が守られるのかはわからない。
「改めて謝罪するよ。ごめん」
「俺の方こそ言ってなかったが、俺の周りで酒を飲むと幻覚を見るって話をしていなかった。すまない」
「いや、あれは酒じゃなくてダンジョンの罠だろう。それに、あのダンジョンは幻覚魔法を使う者の領域だ。酒が呼び水になって当然ではある。私も注意すべきだったよ」
ザラス博士は幻惑魔術師に理解があったが、魔物とはいえ教え子がケガしたことにショックを受けているようだった。
「これからどうする?」
「しばらく発掘作業は休むしかなさそうだな」
ザラス博士が悔しそうにお茶を飲んだ。
「え!? やりましょうよ」
コルベルはやる気だった。
「ギオルは安静にしていないといけないのはわかるけど、それは怪我が治るまでの話で、我々は発掘作業……、というかダンジョン探索はすべきですよ」
「しかし、ギオルくんが離脱すると金がないぞ」
コルベルは鞄の中から偽物のネックレスや指輪を取り出した。
「偽物ではそれほど売れやしない」
「いえ、こっちは偽物ではないです」
さらに鞄の中からブラックハウンドの魔石を取りだした。魔石を売れば、それなりの値段にはなるだろう。
「いいか。我々はトレジャーハンターではないし、冒険者でもない。考古学者の発掘チームだ。罠が張り巡らされたダンジョンに潜れないのだよ」
「餅は餅屋ということですか」
「そうだ。我々は冒険者たちが罠を解除して安全が確保された場所で研究を行う。我々の言う宝とは、煌びやかな宝石ではなく学術的価値を見つけ出すことさ」
「だったら、このお金で冒険者を雇いましょう。せっかく何年も探していたダンジョンを見つけ出したんですよ。あのダンジョンは、俺たちだけが探していたわけじゃない。『竜の腹』付近に住む町の人たちにとっても重要な宝ですよ。このままじゃ終われない」
コルベルは鼻息を出して興奮していた。
「我々だけの宝ではないか……」
「そうですよ。町の人たちも巻き込んでしまいましょう。我々だけでなく町の人の目もあれば盗掘も防げるかもしれない」
ギオルも寝ながら提案していた。
公共事業にしてしまえば、盗掘も汚職もすべて犯罪になる。
別に宝を独占したくて、考古学をやっていない。過去を知りたくて、発掘している。
もちろん、地位や名誉はあるだろう。金銭欲だって間違いなくある。
それでも、彼らは学術的好奇心が勝ったのだ。
俺も金では買えない人の想像力を探して旅をしている。
いい案かもしれない。
翌日、町の冒険者ギルドに向かい、ダンジョン探索の依頼を提出。侵入方法と危険性もしっかりと伝えておく。
さらに、ザラス博士は役所に行って、ダンジョンの重要性を説いて回った。
ただ、「竜の腹」は強風が吹きすさぶ谷。ブラックハウンドのような凶悪な魔物もいるため、まずは周辺の環境整備から始めることになった。
それから、幻惑魔法を扱える者が極端に少ないため、冒険者ギルドでは魔法使いの需要が一気に高まり、俺はローブ姿の魔法使いたちにレクチャーまですることになってしまった。
「確かにダンジョンの宝は高く売れるかもしれないが、それを博物館に残した方が観光地にもなるし、子孫がずっと職にありつける。今、見つけた宝は未来への宝さ」
ザラス博士は、ダンジョンの宝の重要性を衛兵たちに話していた。
ダンジョンの近くには衛兵の詰め所ができ、「竜の腹」周辺のブラックハウンドは日ごと駆除されていった。
「竜の腹」のダンジョンにも、冒険者たちが押し寄せてくると思ったが、俺たちが予期していなかったことがあった。
「いやぁ、ここまでやっても全然人が来ないね」
「宝を見つけても町に没収されると思うと、誰もダンジョンに寄り付かないか」
「幻惑魔法も、皆、その程度なら学ぶ必要もないと早々に魔法使いたちはいなくなったからなぁ」
ギオルは怪我が治っても、姿は人には戻れないでいた。
詰所にいる衛兵も暇そうに、外で串焼きを焼いている始末。考古学的価値を理解するというのは難しいことなのかもしれない。
そこから観光につなげていくというのも想像しにくいのだろう。
不確かなことに命の危険を晒すこともない。
「結局、こうなるんですね」
「ああ」
俺たちはコルベルと共にダンジョンへと潜り、塔の上にいた。
コルベルが持ってきた荷台には岩が、山と積まれている。
「じゃあ、今日も始めるよー」
「準備できてるよー」
「いけます!」
塔の上から、興奮の魔法を地面に向けて放つと、一斉に骸骨の群れが湧いて出てくる。魔物は自分たちを踏み台にして、こちらに向かって塔の外壁を上ってきた。
「せーの!」
十分に骸骨柱ができたところで、岩を落として骸骨たちを粉砕していった。
「冒険者たちのために整備までするとはね」
「これ、俺たちの仕事ですか?」
「幻惑魔法を教えたら、『そんな魔法で開くようなダンジョンに金目の物なんかあるわけないだろ』って言われたよ」
草原に住む人たちにとって、明日の金より今日の食事の方が大事だ。
「冒険者だって、初めのうちは何人か来てたのに」
「あれは盗掘業者ですよ」
「武器を持つ魔物は、冒険者には特に嫌われるしなぁ」
知能ある魔物ほど厄介だ。
次から次に這い登ってくる骸骨を岩を落として撃退。弓矢も塔の上までは届かない。
「割に合わないダンジョンか」




