12話:発掘仲間は幻か
千里眼の魔法で、ダンジョンの入り口を探すと谷底にある割れ目の一部を掘ればあるらしいことがわかった。
ただ、そこはブラックハウンドの巣窟で、牛サイズの黒い犬がうろうろとしている。縄張り意識が強いので、こちらが近づけば攻撃を仕掛けてくる。
崖上から底を見れば、赤い目をした犬の魔物がこちらに向かって吠えていた。
「ここは僕の出番ですね」
コルベルが小さな荷台を持ってきた。まじないがかかった荷台なので、大きな岩でも運べそうだ。
その荷台に岩を積めるだけ積みこんで、谷の上から一気に落とす。
ガゥガウガァアア!!
土埃が消えていくと、ブラックハウンドが岩に潰されていた。
「これ、下りていって、岩を退かすんだよね?」
「そうなりますね」
崖に縄梯子をかけて、下りていく。
俺とケシミアが先行した。ブラックハウンドの生き残りがいないか確認するためだ。
グゥウ……。
案の定、ひときわ大きなブラックハウンドが血を流して起き上がろうとしていた。群れのリーダーだろうか。ケシミアがとどめを刺した。他にも生き残りがいないか確かめたが、しっかり岩に押しつぶされて原形はとどめていない。
こういう倒し方もあるのか。
ザラス博士たちにランプで合図を送った。
「凄惨だな」
「すごい臭いだ」
ザラスとギオルが手拭いで口と鼻を覆う中、コルベルは大きなリュックを背負ってブラックハウンドの体内から魔石を回収していた。
「怖くはないか?」
「死んでいれば怖くはありませんよ。それより、目的のダンジョンの位置を教えてください」
俺は割れ目の先を指さした。
ブラックハウンドの巣の先。割れ目の壁に千里眼の矢印が向いている。
岩を退かし、ブラックハウンドの死体を運び出す。乾いた地面がすぐに魔物の血を吸ってしまった。
谷底に死体を置いていれば、風が臭いを運んでしまう。
カツーン、カツーン。
ザラス博士とギオルが、小さいつるはしで掘り進めていった。
脆いダンジョンだったら、壊れてしまうかもしれないと俺もケシミアも手を出せない。
「そもそもダンジョンってどんな形をしているんだ?」
「だいたい入り口は扉や柱が立っているって文献には書いてありますね」
手に付いた血を洗っているコルベルが教えてくれた。
「柱だな」
「ダンジョンの柱が出たよ!」
ランプの光が崩れた壁の奥に当たっている。
「意外に早かったな」
「薄っすら、土がかぶっていただけだった。事実はいつだってそんなものさ」
ザラス博士は笑っていた。
被っていた土埃を払い落し、見上げるほどの柱が出てきた。幾何学模様が施されていて、魔法陣のようにも見えるが、魔法学園で見た魔法陣とはまるで違う。
四角柱で、竹の節のように分かれ目もあり、塔にも見える。
「じゃあ、ダンジョンに入ってみようか」
ザラス博士にはダンジョンへの入り方がわかるらしい。
「準備はできてますけど……。どうやって入るんですか?」
「魔力を込めたり、呪文を唱えたり、するの?」
「そういえばそうだな……」
ザラス博士はそこからいろいろと試していたが、全くダンジョンに入れた気はしない。
実際に、見ている景色が変わったりもしなかった。
「ダンジョンを見つけても、入り方がわからないか」
ギオルとコルベルも呪文を唱えたり、開錠の魔法を試していたが、一向にダンジョンが開くことはなかった。
「小麦を捧げてみたり、水をかけて見たりしようか」
「そうですね」
「俺もやってみていいですか?」
「いいよ」
俺は幻惑魔法で鎮静化の魔法を柱に放ってみた。
フォン。
柱の幾何学模様が青白く光り出した。
「あ、これはいったんじゃないか?」
「幻惑魔法が鍵だったみたいですね」
俺は柱に触れてみた。
腹がねじれるような感覚があり、目の前が真っ暗になった。
目を開けて見ると、地平線が彼方に見える塔の頂上。柱に見えていたのはやはり塔だったようだ。
後ろからケシミア、ザラス博士、ギオル、コルベルと柱に触れた状態で続々と現れた。
「ここは?」
「どこか別の場所ですね」
地平線まで続く荒涼とした地面にはいくつかの同じような塔が立っている。
このような景色は見たことがない。山脈から見た「竜の腹」とも違う。
「世界が違うようだ」
「下の階に行けるよ」
ケシミアが階段を見つけた。
ふたを開けて、下の階に行くとカビが乾いていた。相当な年数が経っている。骸骨が机で何かを書いたままの状態で発見された。俺とケシミアは既視感が強い。
幻惑魔術師の塔とほとんど同じだった。
ダンジョンへの鍵も幻惑魔法。塔の内装もほぼ同じ。
「時間が止まっているようだな」
「失敗だった……」
コルベルが骸骨を見ながらつぶやいた。
「え……?」
「いや、羊皮紙に書いてある。塔の所有者は失敗だったらしいよ。ほら」
机にあった羊皮紙を見せてきた。
羊皮紙には一言。
『失敗だった』とだけ。
先輩の塔は「幻惑魔法の到達点」と書かれていた。もしかしてこのダンジョンの塔も幻惑魔術師が作ったものか。
なぜ幻惑魔術師が塔を作るのかという疑問が湧いてくる。
「すごい! お宝だ!」
「なんと煌びやかな剣! 指輪にネックレスも!」
塔の中には竜の背に乗っていた人たちが隠した宝が確かにあった。ただ、どれも魅了の魔法陣が描かれただけのイミテーションで、本物はない。金に塗られた杖や、ガラス細工の宝石ばかりだ。
「よくできた偽物だ」
パンッ!
手を叩いて、皆の魔法を解除。今まで美しい宝石のネックレスと思っていた物が、途端にガラクタに見えるから不思議だ。
「なんだぁ。偽物か。どれも偽物かな?」
「偽物でも遺物には変わらないさ」
ギオルとコルベルは笑っている。
「偽物ということは、この地の塔のどこかに本物があるのではないか?」
「大いにあり得ますね。千里眼の魔法でも矢印がありますから」
掌の上で、方位磁石のようにくるくると矢印が回っている。
塔で幻惑魔法を使ってみたが、何かが起こっている気配はない。もしかしたら、今日が再び始まるかもしれないが、まだわからない。
「本当か!?」
「先生、行きましょう!」
「そのうち盗掘屋が来てしまいます! 今のうちに探した方がいいですよ!」
ギオルもコルベルも興奮していた。
「よーし! ミストくん、行先を教えてくれ」
「わかりました。方角は向こうです。どの塔も似ていますから、気を付けてください」
方向を指し示し、ゆっくり塔の外へと踏み出す。
柔らかい黒土で草原になっていてもおかしくないように見えるが、植物は一切生えていない。進むと、しっかり足跡がついていく。
キュポンッ。
振り返ると、ギオルが瓶を呷っていた。
「景気づけに2人もどう?」
「それは酒かい?」
「ああ、塔にあった。瓶はほこりをかぶっていたけど、まだいけるよ」
「3000年経っていてまだ保存できているとは、ダンジョンの時間は止まっているのか?」
ボコ。
塔の周りの土が急に盛り上がった。
ボコボコボコボコ。
さらに、俺たちの周辺の土が一斉に盛り上がり、中から白い骨が突き出してきた。
「マズい! 離れろ!」
ケシミアの声が響く。
「え? なにがあった!?」
「早く塔へ戻れ!」
ズシャッ!
土から出てきたのは魔物の骨だった。しかもミノタウロスやコボルトなど、頭が獣で身体が人間の半人半獣の骨ばかり。
「伝承の通りだ!」
ザラス博士が骨を見ながら叫んだ。
ヒュンッ!
俺の頬を回転する斧がかすめていった。
「逃げろ! 早く!」
いつの間にか、隣の塔までびっしり骨の大群が土から這い出てきている。
ギオルもコボルトも足が震えて、立ち止まってしまっていた。
鎮静化の魔法を放ち、落ち着かせるが、振り返ればミノタウロスの骨がこちらに向かって走ってきている。肉を失うと身軽で速い。
振り下ろしてきた斧を鉄の杖で受け流しながら、肘鉄を食らわせる。
ガシャン。
装備はないのであっさり砕けるが、背骨を直して再び襲い掛かってくる。
「頭蓋骨だ! もしくは魔石!」
ケシミアがコボルトの頭蓋骨を割りながら倒し方を教えてくれる。
魔物の骨は次から次へと向かってくるが、全て頭蓋骨をたたき割っていった。
トスッ!
目の端に飛んでくる矢が見えた。
遠距離の攻撃もあるらしい。見上げれば、角が生えた魔物が弓を構えていた。
近距離の戦いばかりしていて、遠距離の戦いは魔法でしかしたことがない。
「ケシミア、一旦退こう!」
「ミスト! ギオルが……!」
ギオルの胸に矢が刺さっていた。ザラス博士もコルベルもおろおろと戸惑っている。
「早く塔の中に! ケシミア、ギオルを!」
「わかった!」
俺は鉄の杖で、魔物の骨を粉砕しながら、塔へと戻る。
ケシミアがギオルを担いで塔の中に入るのを確認して、恐怖の魔法を放った。
一瞬、骨どもの足が止まる。
その隙を逃さず、俺は塔の中に入り、扉を閉めた。
閂をかけて、塔に閉じこもった。
「ごめん。皆」
「大丈夫だ」
謝るギオルに、そう言うしかなかった。矢は抜かずに刺したままだ。抜いてしまうと血が出て出血死してしまう。
俺とケシミアで肩を貸し、ギオルを運んだ。
塔を上り、塔のてっぺんにある柱に幻惑魔法を放つ。
ダンジョンから出ると、先ほどと変わらない。ブラックハウンドの死体が砂嵐に吹かれていた。
「コホッ!」
ギオルが赤い煙のような咳を吐き出した。地面に寝かせて、様子を見る。
「呪いか?」
「ああ、そうか。ギオルくん、やはり君は……」
ザラス博士がギオルを見ながらつぶやいた。
ギオルの額から巻いた角が生え、足の毛が獣のように生えて靴が脱げた。足先が蹄のようだ。
「ギオルが魔物に変わった?」
「サテュロスさ……」
白い顔のギオルが、俺の顔を見てつぶやいた。




