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1話:酒を飲み幻を見る


 幻惑魔法にどういうイメージを持っているだろうか。


「幻惑魔法ってなに?」

「え? 興奮させたり、足音消して何をしようっていうの?」

「その魔法、何が面白いの?」

「お前の魔法じゃ、魔物を倒せないだろ?」

「魔法を使えると言ったから雇ったんだ。そんな魔法じゃなんの意味もない。役立たず!」



 幼い頃、魔法の才能があると言われて跳び上がるほど喜んでいた。

 現実を知ったのは、魔法学園に通い始めた頃だった。


 親がなけなしの金をかき集めて通い始めたのに、自分ができるのは幻惑魔法だけ。

 気分を変えたり、僅かな時間怖がらせたりするこの魔法は、まるで人気がない。驚くほどない。魔法学園でも、ほとんど学ぶ者はいなかった。

 それもそのはずだ。攻撃としては相手へのダメージは期待できないし、回復もできない。

 バッファーやデバッファーに起用してくれる冒険者のパーティーは稀だ。というか、現状の王都でそんな物好きはいない。


 親への申し訳なさしかなかった。


 それでも学園に在籍している最中は、必死に勉強してひたすら自分の幻惑魔法を極め続けた。


 卒業後は、就職先はまるで見つからず、言われたのが先ほどの言葉の数々。幻惑魔法でお金を儲ける方法も思いつかなかった。冒険者として登録さえしてもらえなかった。

 できたのは、せいぜい娼館で元気にならないおじいちゃんたちを興奮させるくらい。


「俺は、心底役に立たないのか」


 絶望しながら手に取った幻惑魔法の本に、幻惑魔法の達人が遥か昔にいたと読み、借りてる部屋の家財道具をすべて売り、リュック一つで辺境の山へと会いに行ってみたら、塔にいた達人は椅子の上ですっかり屍になっていた。

 

 本を読みながら死んだらしい。


「死んでからも誰も会いに来なかったのか」


 まるで、未来の自分を見ているかのようだった。

 骸骨を近くの見晴らしの良い高台に埋めて、ようやく諦めた。


「無理だ」


 幻惑魔法だけで生計を立てていくなんて、無理なのだ。

 かつて古代王国では、兵を扇動したり、敵の軍団を恐怖に貶めて敗走させたりしていたようだが、魔法の技術も広く知られるようになり対処法も知られるようになると、幻惑魔術師の役割はなくなった。


 そんな幻惑魔法に俺は青春のすべてを捧げてしまった。完全に時代も情勢も読み誤った。

 金もなければ、女性にモテると言うこともない。

 ただただ、意味のない幻惑魔法の技術を上げることしかしてこなかった。

 だから、ダメだったのだろう。


 先輩が塔に隠していたワインを飲み干し、酔いつぶれた。


「無駄な時を過ごしたな」


 人生の落伍を悟り、自分の体たらくに落ち込んだ。

 落ち込み過ぎて、自分に幻惑魔法をかけたくらいだ。


 気づけば目の前に、美人の剣士が立っていた。もちろん、幻覚である。

 その証拠に、切られても痛くないし、魔法も効かない。もちろん幻惑魔法なのだが。

 とにかく切られていくうちに、なんだかやり返したくなって躱してみることにした。


 酔った勢いでの遊びとはわかっている。でも、他に誰もいない塔で、人生を諦めた俺が遊んでいたっていいだろう。


 俺は美女の攻撃を躱し続けた。最後は決まって、手刀で剣を落とすのだ。

 現実にはできっこないことはわかっている。俺の幻想だ。

 ワインを飲みつくすと、ジンに手を付ける。幻惑魔法の先輩は酒好きだったらしい。

 こんな夜にはありがたい。


 美人の剣士が、熊の魔物に変わっていた。

 振り下ろされる前足の一撃を、自ら吹っ飛んで躱し、蹴りを放つ。もう魔法など使っていられない。

 ただ、もちろん分厚い毛皮を纏った熊に勝てるはずもなく、ボコボコにされ続ける。

 幻覚なので、痛みはないはずなのに、思い込みだけで痣ができたり、口の中に傷ができたりする。酸っぱいものを思い出して、唾液が出るアレと同じだ。


 結局、有効打を当てられないまま、熊の目の玉を取り出して決着をつけるしかなかった。

 心はズタボロだ。


 ジンが切れて、ウイスキーに移行すると、今度は竜が現れた。

 本で読んだドラゴンがそのまま出てきたわけだ。

 

 炎のブレスで何度も黒焦げになる。当たり前だが、幻覚なので焼けるわけではない。ただし、幻惑魔法を極めすぎて、肌がひりひりと痛む。


 とにかくブレスを躱して近づいても嚙み殺される。


「ぐはっ!」


 幻覚のはずなのに、内臓が捻転しそうになるくらいもんどりを打った。

 周囲を走りながら、背後を取っても尻尾でペシンと叩かれてしまえば、頭蓋骨が割れそうなくらい痛い。


 もちろん、表皮は爬虫類の固い鱗なので、攻撃が当たったとしても効いているわけがなかった。

 その日は、ドラゴンに頭をかみ砕かれて気絶。



 朝起きてみると、二日酔いで死にたくなるほど頭が痛かった。

 上流の水を飲み、興奮の効果がある幻惑魔法を池に放つと面白いように魚が桟橋に跳び上がってきた。


「炭水化物が足りないな」


 塔のある山の麓には村があった。

 酒場でパンを買った。もちろん、お金は塔にあった先輩の財布から拝借したものだ。


「今日は満月だから、夜は混むんだ。来るなら早めにね」

「あ、はい」


 聞いてもいないのに、酒場の店主である中年女性は、最近、ウェアウルフが出るっていうんで、冒険者や衛兵が来て店を荒らしていくから困っているを話をしていた。


「冒険者の知り合いがいればよかったんですけどね」

「魔法使いの恰好をしているのに、冒険者じゃないのかい?」

「幻惑魔法しか使えませんから」

「そりゃあ、役立たずだね」


 こんな田舎でも幻惑魔法の役に立たなさは広がっているらしい。


「まいどあり」


 パンを買いこんで、俺は塔へと戻った。


 池の魚を焼き、パンに挟んで塩を振り、思い切りかぶりつく。

 またしても、幻惑魔法をバカにされたが、ワインさえ飲めば問題はない。

 昼間から飲む酒は驚くほど美味いのだ。

 

 今日も今日とて自分に幻惑魔法をかけると、塔の玄関ホールに美人の剣士が現れた。

 昨日と違って、こちらも戦闘経験者だ。武術家さながらに動き回り、手刀で手首に一撃。


 カラン。


 剣が落ちると美女も消えた。

 ワインの代わりにジンを飲み始めると熊の魔物が出てくる。

 魔法をかけなくても興奮している魔物を相手に、素早く動いて翻弄。酔っているのに、意外に早く動けるものだ。


 攻撃は思った場所にしか飛んでこないので、躱せるのは当たり前だ。

 そう思った瞬間に骨の可動域を越えて、熊が関節を捻じ曲げて攻撃してくる。

 昨夜は見なかった攻撃だが、当たれば痛いので躱すしかない。幻覚だというのに。


 グアアアアッ!


 雄叫びを上げても、こちらは幻惑魔法の使い手だ。恐怖心など感じない。

 むしろ、好機。背後に回って飛びつき、ローブで頭を覆い、そのまま倒した。

 あとは鼻を拳で叩き、思い切り目を突いてくりぬいて、熊の幻覚は消えた。


 続いてウイスキー。

 出てくるのがドラゴンだとわかっているので、今日は武器を持つ。

 近づいても攻撃が効かなければ意味がない。ただ、薪割り用の斧や刃が潰れた剣は、こちらも振り回すだけだ。魔法使いらしく鉄製の杖を持った。


 炎のブレスから攻撃してくることも知っているので、ひたすら走って躱す。背後に回って、尻尾の攻撃を鉄の杖で受け止める。

 ひしゃげることなく、杖はそのままだ。いや、幻覚だった。


 腹や背中の羽を叩いてみても、まるで攻撃が効いているようには見えない。攻撃は躱せるのに、効かないというのは落ち込む。

 自分で作りだした幻覚とはいえ、バカバカしくなってくる。


「いや、そもそも幻覚なんか見ている時点でバカなことをしているのだ」


 ひたすら攻撃を躱しながらドラゴンを叩いていくと、喉元に逆鱗を見つけた。

 やはり弱点だったのか、鉄製の杖で突けば一瞬でドラゴンが消滅してしまった。


「なんだ、一撃か。もう一杯飲もう」


 それから俺は気絶するまでドラゴンの幻覚を相手に戦っていた。


 

 翌日。

 酒場に行って、再びパンと一緒に、蜂蜜酒やエールビールも買い込む。


「今日は満月だから、夜は混むんだ。来るなら早めにね」

 店主の中年女性は昨日と同じことを言っている。


「満月は昨日じゃないんですか?」

「いや、今日だよ。何を言ってるんだい。こっちは……」

「ウェアウルフが出て、冒険者や衛兵が来て大変?」

「……その通りだよ」

 

 何かがおかしい。


「昨日、同じように私が来たことを覚えていますか?」

 店主に聞いてみた。


「いや、あんた旅の冒険者だろう? うちの店に来たのは初めてじゃないか。魔法使いなんて珍しいから、来たら覚えてるよ」


 俺は急いで塔に戻って、先輩の幻惑魔術師が読んでいた本を確認。冷汗が止まらない。


『ついにやった! この塔は幻惑魔法の到達点だ』


 そう書いてあった。

 使い方は簡単で、自分に幻惑魔法を使うと、その日をやり直せるという。

 詳しい説明を読むと、幻惑魔法を使った時点で、塔の敷地内にかかった呪いが発動。24時間後、時が巻き戻る。呪いは池の周囲まで及ぶらしい。


 俺は酒を飲んで、幻覚を見ていたせいで気がつかなかった。


「確かに到達点かもしれない」


 俺はその満月の日を繰り返し、美人剣士やドラゴンと戦い続けた。

 ちなみに蜂蜜酒は巨大な蜂の魔物が、ペールエールはグールの集団が襲ってくることがわかった。



 満月の日を繰り返していたある日のこと。

 俺は付近に現れるというウェアウルフに挑む決心をした。すでに俺は幻惑魔法を使い、鉄の杖を振り回す武術系魔術師と化していた。


 山にはいくつかの廃鉱がある。初対面の酒場の店主に場所を聞き出し、虱潰しに回っていった。


 山賊や熊は、幻惑魔法を使えば相手は恐怖に慄いて戦いにすらならない。酒を飲んで戦いを繰り返していたから、いつの間にかレベルが上がって幻惑魔法の効果が伸びたのか。

 


「見慣れぬ客人だな……」


 ウェアウルフは、ほぼ裸の状態で山賊のような恰好をしていた。臭いでわかるのか廃鉱へと続く道を上る途中だった。遠くからでも俺を見つけて襲い掛かってきたのだろう。


 攻撃は単調な腕を振るだけで、幻覚のように関節を折り曲げたり、首を伸ばして噛みついたりしてくることもない。


 「もしかして」と思って、至近距離で幻惑魔法を使ってみる。胸に掌底を当てるついでに恐怖を植え付けてみた。

 みるみる顔色が変わり、時が止まったかのようにウェアウルフは固まった。

 後は骨を砕くだけ。狼の鼻を叩き、牙を折り、四肢の骨を砕く。

 ウェアウルフの変身は解けて、毛深い中年男性が泣いて倒れていた。


 廃鉱の中にいた仲間たちもほぼ変わらず倒してしまった。というか、昼間だったからか、動きが鈍く、正直魔物とは思えないくらい脆い。

 カルシウムは鉄には固さで勝てないこと実証していくだけでよかった。


 鉱山の奥には牢があり、ウェアウルフが同胞にしようと村から誘拐されてきた若い女が一人鎖につながれていた。


「大丈夫か」

「ありがとうございます。武道家さん」

「いや、幻惑魔術師だ」

「え?」

「とにかく、ここから出よう」


 鍵を見つけて、牢を開けて鎖を外した。


「歩けるか?」

「足が折れてしまっていて」


 俺は女を背負って、村へと向かった。彼女は随分興奮していたようだが、幻惑魔法で沈静化。暴れることなく、無事に村へと着いた。


「すまない。彼女がウェアウルフに捕まっていた。家に帰したいのだが……」


 村に出張しに来ていた衛兵に頼むと、すぐに対応をしてくれた。

 娘を無事に返してくれたと、彼女の親から報酬までもらえた。


「冒険者としての功績にもなるぞ。記録しておいた方がいい」

 衛兵がアドバイスをくれた。


「いや、冒険者として登録していないんだ」

「なんだって!? それはいけない。すぐに登録した方がいい」

「そうは言っても、この村に冒険者ギルドはないぞ」

「だったら、酒場で仮登録してくれ。こちらは、残党がいないか現場の廃鉱を見てくる」


 衛兵は仲間たちと一緒に、廃鉱へと向かった。

 俺は、いつもの酒場へ向かう。


「あのぅ……。ウェアウルフの山賊たちを討伐したので、冒険者に登録しろと言われたのですが……」

「なんだって!? 今日は満月だから、混むと思ってたのに!?」


 初めての反応だった。


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