名前のない神様
これは魔力というものが人の中で扱われていた頃。人々がまだ魔法というものを使えていた頃の話です。
とある魔力の優秀な一族が神様を生み出したと話題になりました。それはどんな願いでも叶える事ができる神様だと言われていました。その噂は瞬く間に広がり、その一族の元には大勢の人が集まりました。
「私の願いを!」
「いいや俺の願いを!」
「僕が先だ!」
「あたしが先に来たのよ!」
様々な人が様々な願いを叶えようとしました。大きな願いも小さな願いも尊い願いも愚かな願いもありました。次々と押し寄せる人に向けて一族の当主はこう言いました。
「うちの一族に宝を与えてくれた者には、神様に会う権利を与えよう」
そうして醜い争いが起きました。宝の奪い合いや相手の蹴落としがあちこちで発生し、宝を持つ者は常に狙われることとなりました。
一族の当主は暗殺され、神様の所在を巡ってまた争いが起きました。次々と殺し合いや騙し合いが起き、少しずつ少しずつ人が居なくなりました。それでもなお、神様を手に入れるために人々は争い続けました。
そうしてそこに居た人間は全て死に絶え、最後に神様だけが残されました。神様は願い事を言う人が居なかったので何もせずにずっとそこに座っていました。
それからずいぶん時間が経ったある時、外の国から一人の青年がやって来ました。そうして神様を見つけました。崩れて原型を留めていない屋敷だったモノの中で、神様はぽつんと何もせずに座っていました。
「君はどうしてここにいるの?」
「ここに居るのが役目だから」
神様は自分の意志を持っていませんでした。神様として必要なもの以外を神様は知りませんでした。神様は食べる必要も飲む必要も動く必要もなかったので、ずっと何もしていなかったのです。
「どうして君しかいないの?」
「みんな死んだから」
「どうして死んだの?」
「殺されたから」
「なんで殺されたの?」
「わからない」
神様はどうして人が争っていたのかを知りませんでした。誰もそれを神様に教えなかったからです。
「君の名前は?」
「ないよ」
「どうして?」
「神様に名前はいらないから」
「神様でも名前はあるよ?」
「でもいらないよ」
「他の神様とごちゃごちゃになっちゃうよ」
「他の神様はいなかったよ」
この国には神様以外の神様は居ませんでした。きっと昔は居たのですが、神様が生まれた時にはもう誰も残って居ませんでした。だから神様は神様としか呼ばれませんでした。他の呼び名は必要ありませんでした。
「名前がほしくはないの?」
「どうして?」
「だって神様としか呼ばれないのは悲しいよ」
「悲しいってなあに?」
「神様は悲しいのわからないの?」
「わからないよ」
「わからないのは嫌じゃないの?」
「だってそれは神様には必要ないでしょう?」
神様は何も必要としていませんでした。神様として必要なものは既に持っていたからです。神様として必要ないものは、それが何であろうと神様にとっていらないものでした。
「神様はどんな神様なの?」
「願いを叶える神様」
「誰もここに居ないのに誰の願いを叶えるの?」
「さあ?」
「神様、ぼくと一緒に来ない?」
「それが君の望みなら」
「うん。ぼくそれを君に望むよ」
こうして神様は青年と旅に出ました。旅に出る前に青年は神様に一つ願いを言いました。
「ぼくのお願い聞いてくれる?」
「いいよ」
「神様はきっとこれから色んな人のお願いを聞くと思うんだ。だから一つだけ、お願いだ。誰かが泣くような哀しむような願いは叶えないで」
「それが君の望みなら」
「うん。ぼくはそれを望むよ」
そうして神様は青年と願いと言う名の約束をしました。神様と青年はたくさんの国を旅して、たくさんの人に会いました。旅の終わりに神様は青年と一緒に青年の故郷へ行きました。そしてそこで神様として祀られることになりました。
青年が中年になり、老年になり、そして天に召されても、神様はずっとその場所に居ました。神様はそれを嘆きも哀しみもしませんでした。ただ時折来る誰かの小さな願い事を叶えることだけが、神様のたった一つの役割でした。神様は青年との約束を守りながら、ずっとその場所で願いを叶えていました。
名前のない神様はその場所で神様をし続けるのです。ずっとずっと永遠に。