3/29 プロローグ②
「ごめん、待たせた」
「やけに長いシャワーね。ご飯冷めちゃったんだけど…きゃあぁぁぁ!は、裸じゃない!何考えてんのよ!服着てきなさいよ!」
「ん?ああ、忘れてた。でも裸じゃないぞ。ちゃんとバスタオル巻いてるし」
男の一人暮らしをしていた俺にとって、バスタオル姿でうろつくなんてのは普通すぎて完全に失念していた。
別に俺が見せるのが好きな露出狂ということではない。
というか、水着よりも隠してる面積多いだろうに、何を焦ってるんだ。
にしても龍星の身体は結構いい感じだ。身長は178㎝で体重は60Kg。腹筋はうっすらと割れている細マッチョだ。顔も結構イケメンだと思う。
①金持ち
②美人の幼馴染みがいる
③イケメン
三拍子揃ってしまった。死んだ方が良いと思う。今死ぬと俺が困るから死なないけど。
「上半身裸なのよ!早く服着て!」
「へーい」
(昌一さん、勘弁して下さいよ)
(別に良いだろ。女子に裸見られるくらいなんでも無いだろ)
(普通に恥ずかしいですよ!)
大人しく部屋に行き、服を着る。
しっかしこの家は広いな。
シャワーの時に情報交換をしたのだが、この家には20部屋もあるらしい。しかも両親は海外に居て、このデカイ家に一人暮らし。流石に管理出来ないので家政婦さんを数人雇っているのだが、今日は清里茜こと茜ちゃんが来てすぐに外出予定だったので、昼から出勤とのことだ。
両親が海外で、美人幼馴染が起こしに来るとかSNE?
死んだ方が良いと思う。
おっと羨ましすぎて再び毒が出てしまった。
しかし、この異世界はやばい。
魔法が普通に存在するし、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族などの異種族なども存在するらしい。
ちなみに異種族同士の戦争なんかはとっくの昔に終わっていて、発展途上国での内紛なんかはあるらしいが、基本的には平和な世の中とのこと。
うーん、なんかえらく都合が良すぎるような…。
まあせっかく平和な異世界に来たんだ、楽しもうか。
「おー美味そう。いただきます」
茜ちゃんが作ってくれた朝食は、普通の洋食だった。
トーストにオムレツ、サラダ、ヨーグルト。
貧乏で時間の無い社会人には考えられない素晴らしい朝食だ。
「………」
茜ちゃんはまだ疑っているな。
だが気にしないことにしよう。
こういうのはビクビクしてる方がボロが出る。
普通ですけど何か?って顔をしていた方が、相手に隙を与えないものだ。
「やっぱ茜の作ってくれたご飯は美味いな。また作ってくれるか?」
「別に言ってくれたらいつでも作るわよ。それにしてもやっぱり変ね。いつもはそんなこと言わないじゃない」
「これからは思ったことは素直に言うようにしたんだ。人間、いつ言えなくなるかわからないからな。だから慣れてくれ」
「?? まあ、美味しいって言ってくれるのは嬉しいし、慣れる様に努力するわ」
いつ言えなくなるかわからないというのは、俺の本音だ。
俺の親父は、俺が19の時に突然亡くなっている。
生前、親父が母親に『もう少しで昌一と酒が飲めるのが楽しみだ』と言っていたということを亡くなった後で聞いた。
…まだ育ててくれてありがとうって言葉を言ってなかったんだけどな。
それ以来、俺は感謝の気持ちなどの思ったことを、なるべく素直に言葉にする様にしている。
地球にいる母親のことは心配ではあるが、近くに俺よりしっかりした妹と弟が住んでいるし、不安ではない。
「ご馳走様」
「コーヒー入れるわね」
「おお、至れり尽せりだな。茜は良いお嫁さんになるな」
「っっっ!バカじゃないの、もうっ!」
耳まで真っ赤にしている。
うーん、高校生を卒業したてってのはこれくらいで照れるのか。もう10年くらい前だからなぁ。忘れちまった。
というか茜ちゃんは確実に龍星が好きだな。
聞けば中学、高校の時も家政婦さんが居るにも関わらず、毎朝起こしに来てくれていたらしい。いくら幼馴染みでもそんなのは好きじゃなきゃ出来ない。
それに気づかないとかこいつはバカなのか。
鈍感系主人公かよ。
(昌一さん、あんまり僕の身体で恥ずかしい事を言わないで下さいよ…)
ほら、こんなことを宣う体たらくである。
やはり死ぬべきか。死なないけど。
どうでもいいけど、さっきから俺のテンションが高い気がする。
理由は…、たぶん茜ちゃんが可愛いからだろうなぁ。
浮かれてるんだ、おそらく。
「はい、どうぞ」
「おーありがとう。…うーん、美味い!もう一杯!」
「まだ一口飲んだだけじゃないのよ。…あれ?砂糖とミルクは入れないの?ちゃんと5本置いたじゃない」
確かにソーサーの脇には5本のスティックシュガーが置かれている。
この量のスティックシュガーは何事かと思ったらそういうことか…。
しかし、俺はコーヒーはブラック派だ。
砂糖やミルクを入れるなら紅茶を飲む。
だが例外としてウインナーコーヒーは好きだ。ってどうでもいいな。
(昌一さん。に、苦いです…)
(俺はブラックしか飲まん、我慢しろ)
ちなみに俺が動かしている龍星の身体だが、龍星には全ての感覚が伝わっているようだ。
なのに身体は動かせない。脳からの電気信号が流せないのだろうか?
不思議なもんだ。
ただ、俺の魂が龍星の身体に入っていること自体不思議満載だ。
そこを突き詰めることにあまり意味はない気がする。
「あ、ああ。やっぱり大人はさ、コーヒーぐらいブラックじゃないと!」
「大人ならそんなこと言わないと思うけど…」
おっしゃる通りです。
これは誤魔化すのが手っ取り早いな。
「さて、美味しいコーヒーを飲んだらデートに行くとしますか。杖を買いに行くんだったよな」
「で、デートぉ!?」
(デートじゃないですよ!買い物に行くだけです!)
思った通りの反応。初々しい。
龍星の言葉は無視だ。
ちなみに杖とは魔法で使うものらしい。杖は無くても魔法は使えるみたいだが、威力が飛躍的に高まるとのこと。
杖は免許を持った者しか購入出来ないらしく、魔法学園に合格すると免許が交付される。
ファンタジー世界のくせにやけに現実的だ。
「男女が一緒に街に行って買い物をする。これをデートと呼ばずに何と呼ぶ?」
「ぅう…確かにデートね」
「よし、じゃあ行こうか」