3/29 プロローグ
「知らない天井だ…」
一度は憧れるセリフを呟いてはみたが、俺には本当に知らない天井だった。
でも僕とっては見慣れたいつもの天井ですよ。
「……えっ!?」
慌ててベッドから飛び上がる。
な、なんだこの感じ。
まるで『一つの身体に二つの心がある』様な…。
落ち着け、落ち着くんだ。現状把握だ。
まずここはどこだ。
(ここは、僕の部屋ですね。産まれてからずっと住んでいる自宅の僕の部屋です。パソコンもクローゼットもTVも冷蔵庫もそのままです)
(俺は知らねーぞ。俺の部屋はポスターやタペストリーが所狭しと壁に貼ってあったし、何より明らかに広い。豪華すぎる。俺の部屋は6畳のワンルームだったはずだ)
(な、なんですかそのエッチな絵は…。そんなエッチなポスターなんて見たことがありません)
(はぁ!?俺が知らないはずはない。これは俺が大好きなエロゲのお気に入りヒロインのポスターだ)
…ん?やはりおかし過ぎる。
さっきから心の中で会話してないか?
とりあえず直近の会話を思い出してみよう。…うん、会話してるわ。
(お前は誰だ!)
(ぼ、僕ですか?僕は咲ヶ峰龍星『さきがみね りゅうせい』と言います…)
(なんだその物語の主人公みてーな名前は。俺は小林昌一『こばやし しょういち』のはずだ。って、やっぱり心が二つあるじゃねーか)
(そ、そんなことを言われても…。しかし、確かに貴方と僕は別人みたいですね。で、でもここは確かに僕の部屋です)
(みたいだな。俺はこんな豪華な部屋に覚えはない。俺の安月給じゃこんな部屋に住めないからな。身体はどうなってるんだ)
うーん、考えてみたけどわからん。
というか、さっきから驚きが多すぎてめちゃくちゃ疲れるぞ。
掛け布団をはいで自分の身体を確認する。俺は見たことないパジャマを着ている。パジャマなんて俺着ないしな。かなり着心地がいい。どうやら絹だ。部屋といいパジャマといい、龍星はかなりいい暮らしをしているみたいだな。
俺はベッドから降り、脇に置いてあったスリッパは無視して部屋の角に置いてある姿見に近づく。
(え、ええっ!?)
(どうした。まだ顔は見てないぞ)
(先程から何か変だと思っていたんですが、身体が勝手に動いています!?貴方が動かしているのでしょうか!?)
(ん?ああ、そうだ。どれ、お前も動かしてみろ)
そう心の中で呟いて俺は立ち止まる。
(わ、わかりました。あ、あれっ?動かせ…ない?……ふんぎぃぃぃ!だ、駄目です。身体を動かせません!)
龍星はなんとか身体を動かそうとしているみたいが、指一本動いていない。というか身体を動かすのにそんな力を込める必要あるのだろうか。
(そ、そうか。まあとりあえず俺が動かせるみたいだから気にするな)
(……はい)
気にするなとは言ったが、普通気にするよな。俺だってこんな訳の分からない状況で、身体を動かせなかったら絶望するだろう。
だが一番優先すべきは現状把握だ。
俺は再び姿見に向かって歩き出した。
だが、そこに写った姿を見て更に愕然とする羽目になる。
(……)
(ぼ、僕です!僕の顔です!よ、よかったぁ…)
(よくねーよっ!俺の身体どこだよ!)
(そ、そう言われましても…)
(ちっ!まあ文句言ってもしゃーねー。とりあえず確認だ。ここはお前の部屋で、身体はお前、身体の主導権は俺、心は二つ。これで間違いねーか?)
(は、はい。さっきからずっと身体を動かそうとしてますが、どうやら無理みたいです)
ここで俺は考える。
部屋も身体も龍星のもので、身体を動かせるのは俺だけ。
つまり…。
(俺の心だか魂だかはわからんが、どうやらそれだけがお前の身体に宿って、乗っ取っているってことみたいだな)
(そう、ですね。でもなんでこんなことに…)
(俺だって聞きてーよ。俺は昨日寝る前は俺の部屋居て、オ◯ニーして寝たんだ。それが起きたらこうなっちまってるんだ。ったく、会社どうすんだよ)
(お、オ◯ニーって…。まあ、それはいいでしょう。それよりも、会社ですか?つまり昌一さんは社会人なのでしょうか?)
(ん?ああ。って待てよ、お前の顔かなり若く見えるぞ。もしかして…)
(はい。僕は18歳の学生です。つい先日、高校を卒業しました。僕の記憶が正しければ、今は春休みで来週から学園に入学するはずです)
(マジかよ!俺ぁ27だぞ。えぇー、元の身体に戻るまでまた学生やんのかよ。勘弁してくれよ)
(あっ!?昌一さん!今何時でしょうか!?)
(ああ?何時って…)
俺は部屋を見回して時計を探す。壁にかかったアナログ時計は8時59分辺りを指している。
(まあ、見た通りもうすぐ9時だな。この明るさってことは朝だろう。って龍星は鏡も見えてたみたいだし、視覚情報は共有してるのか。触覚や味覚、聴覚はどうなんだろう?)
(まずいです!そ、そんなことよりもうすぐ茜がここに来ます!ど、どうしましょう!)
(茜?誰だ?名前で呼ぶってことは母親じゃなさそうだし、姉か妹か?)
その時、ドアの向こうから誰かが階段を登ってくる音が聞こえた。これが茜なのだろうか。
(来ました!茜です!茜は僕の幼馴染です!とりあえず茜との会話は、僕の言う通りにお願いできますでしょうか!)
(幼馴染ぃ?それが朝っぱらから部屋に来るのかよ。うらやまけしからん!)
龍星はどう見ても金持ちの家の息子で、更に幼馴染がいるだと?どんなリア充だよ。ふざけんな。俺との格差ありすぎだろ。
などと考えていると、足音はどんどん近づき、ノックも無しに部屋のドアが開かれた。
「あら?珍しいわね、自分から起きてるなんて。雪でも降るんじゃないかしら。やめてよ、今日は買い物に行く予定でしょ」
茜と呼ばれる女性の言葉は俺の耳に入っていなかった。なぜなら、茜の容姿に驚愕しすぎていたからだ。
なんとツインテール。
ツインテールなど三次元でやっても似合う奴はいないというのが俺の持論だったのだが、この茜という女性はめちゃくちゃ似合っている。
ツインテールの化身なんじゃなかろうか、というほどだ。なんだツインテールの化身って。しかし、それほど似合い過ぎなのだ。彼女以上にツインテールが似合う女性はこの世に存在しないだろうと断言できる。
いや待て、確かにツインテールにも度肝を抜かれたが、それ以上にびっくりしたのが髪の色だ。赤というかピンクというか…。もうコスプレのウィッグにしか見えない。だが不思議とおかしくないのだ。似合っている。何故だ。
しかもめちゃくちゃ可愛い。まるで二次元のキャラクターが飛び出してきたかの様だ。ええー、なにこれ、こんな可愛い娘が現実に存在するのか!?
「どうしたの?」
あまりの衝撃に呆けている俺を見て、茜は首をちょこんと傾げる。あざとすぎんだろぉぉぉ!だが可愛いぃぃ!
え?何?これが幼馴染みなの?こいつ、こんな娘に毎日起こされてるわけ?羨ましすぎんぞ、ちくしょぉおぉぉ!
(…さん!昌一さん!!)
はっ!?
あまりの羨ましさにトリップしていたらしい。
龍星が心の中で必死に呼びかけているのにも気づかなかった。
(なんだ)
(良かった!急に反応が無くなったので、焦りました)
(おい、おめぇこんな可愛い娘に毎日起こされてんのか?)
(えっ?そんなに可愛いでしょうか。僕はよくわからないんです…。確かに毎日起こされてるのは事実なので頭は上がりませんが…)
(死ね!死ね!死ねぇぇぇ!爆発しろ!消し飛べ!)
(ちょっ!酷くないですか?僕が何を…)
(うるせぇぇぇ!てめぇは陰キャ全員の敵だ!)
あまりに嫉妬しすぎて言葉が激しくなりすぎる。
「ちょっと、返事してよ。珍しく起きてると思ったらまだ寝ぼけているわけ?」
反応が無い俺に痺れを切らした茜が声をかけてくる。
いや、反応は心の中でいっぱいしてたんだけどね。
「あ、ああ、悪い。茜が余りにも可愛いもんだから見惚れてた。いつも起こしに来てくれてありがとう」
「えっ…」
どうやら今度驚愕したのは茜の方だったようだ。
きめ細かい白い肌が見る見るうちに真っ赤に変わっていく。
そんな様子も可愛いなぁ。
(ちょっ、ちょっと!昌一さん何を仰っているんですか!)
(うるせえ!後で話してやるから少し黙ってろ!)
(は、はいっ!)
龍星は俺の気迫にビビった様で、即座にいい返事を返す。
「い、いきなり何言ってるのよっ!か、かわ、いいとか…」
「可愛いと思ったのは本当だぞ。むしろ茜が可愛くなかったら誰が可愛いんだってレベルだ」
「ま、また言った!どうしたのよ急に!何か悪いものでも食べたの?」
「いや、起きてから何も食べてないぞ。買い物だったっけ、ごめん忘れてた。すぐに支度する…と言いたいとこなんだけど、寝汗が気持ち悪くてな。待たせて悪いんだが、シャワーだけ浴びてきていいか?」
「別にそんなに急いでないからいいわよ。と言うか朝ご飯まだなんでしょ?私もまだだし、作ってあげるから先にシャワー浴びてきたら」
起こしに来てくれただけでなく、朝食まで作ってくれる…だと…。
茜はあれか?
女神なのか?
いや、女神に違いない(断定)
「ああ、そうする。じゃ行こうか」
「…ねえ、貴方本当に龍星なの?口調が今までと全然違うし、わ、私のこと、その…か、可愛いなんて初めて聞いたんだけど…」
うーん鋭い。見た目は龍星なんだけど、中身は昌一なんだよなぁ。
というか龍星はどう聞いてもいいとこのお坊ちゃんって口調だし。
「まあもうすぐ大学生だしな、少しラフにいこうかなって」
「ダイガクセイ?何よそれ、初めて聞いたんだけど」
「へ?」
さっき龍星が高校を卒業して学園に入学する言ってたから、てっきり大学に入学するんだと思ってたけど違うのか?専門学校なのか?
確かに学園だと専門学校っぽい感じはするな。
モー◯学園とか。
でも、今の茜の言い方だと大学というもの自体無いような気もする。
(おい、龍星。お前が入学する学園ってのは大学じゃないのか?専門学校なのか?)
(えっと…僕もダイガクやダイガクセイというのは聞いたことが無いのですが…。僕が入学するのは皇国魔法学園です)
大学や大学生を聞いたことがない?
いやそれより、今龍星はなんて言った?コウコクマホウ学園…。魔法学園!?
なんだそりゃ!
(魔法があんのか!?つーかここは日本じゃないのか!?)
(えっ?魔法ですか?ありますよ、当然。あ、それとここは日本ですよ、正確には日本皇国です)
マジか。マジか。マジか。魔法が存在するとか確実に地球じゃねぇ!異世界だ。
そんでもって日本コウコク…。コウコクってのはたぶんあれだ、皇国だ。物語とかでは日本の別世界としてよくある表記だ。
やっべえ…、咲ヶ峰龍星に憑依?しただけじゃなく異世界に来ちまった。
こりゃ買い物なんてしてる場合じゃ…。
ふと茜を見る。顎に手を当てて俺をジッと見つめている。俺が何も喋らないから疑ってる様子だ。可愛い。
こんな可愛い娘とのデートに行かず、情報収集するのか?バカなの?死ぬの?
デートには行くな。龍星との情報交換はシャワーの時でいい。
「えーと、そうだったそうだった。魔法学園生だよな。まだ寝ぼけてたわ、すまん」
「本当に怪しいわね。でも顔は龍星だし…」
めちゃくちゃ疑われてる!
「シャワー浴びてくるよ。悪いけど朝飯頼む」
そう言って俺は逃げるように部屋を出たのだった。
基本人物情報
小林昌一
27歳
中流家庭で育ち、東京在住でオタク趣味を持つ普通のサラリーマン
今まで3人の女性と付き合ったことがある
モテないわけではないが、激務のため出会いがなく、ここ2年は恋人がいない
咲ヶ峰龍星
18歳 人族
日本皇国東京府に住む学生
両親共に社長業で国内外を飛び回っている為、豪邸に1人で住んでいる
かなりの鈍感で今まで恋をしたことがない
優しさと容姿のおかげで何人かの女性達を落としているのだが、周りからは茜と付き合っていると勘違いされており、女性達が勝手に諦めているので告白はされたことがない
清里茜
18歳 人族
龍星の子どもの頃からの幼馴染
昔から龍星を好きで、アプローチはかなりしているつもりだが、鈍感すぎる龍星に気づいてもらえない不憫な娘
その容姿から3桁以上の告白をされているが、全て「龍星以外は好きにならない」という理由で断っている