表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

100文字小説 31-40

作者: 緋片 イルカ

三十一

 連勤の睡眠不足で寝坊してしまった。慌てて家を出ようとしたら靴がなかった。就職祝いに母が買ってくれた革靴。

「そんなに無理して働くことないんだよ」

 昨年死んだ母の声が聞こえた気がした。

 僕は玄関にぺたりと座りこんで、職場に電話した。


三十二

(こんな日になんで働かなきゃいけないんだ……)

 俺をあざ笑うかのように駅の自動改札が閉じた。駅員を呼びつけて文句を言ってやった。

 コンビニでは弁当を温め忘れた店員に怒鳴ってやった。

 ポストには宅配便の不在者通知。ああ、面倒くさい。

(どうして俺だけ……)


三十三

 人と目を合わせるのが怖い。見られてると思うと緊張して動けなくなってしまうんだ。そんな僕を見てみんな笑う。

 でも彼女は違う。

 彼女とならいつまでも見つめ合っていられる。ゲームの中の彼女に触れることはできない。わかってる。

 それでも見つめ合えれば、僕には充分なんだ。


三十四

「やった! 3㎏マイナス!」

 デジタル表示の体重計が、目標を達成したことを証明していた。高校二年から八年間、下回ることのなかった一〇〇㎏をついに切ったのだ。

「今日はご褒美にアイスクリームを食べよう!」

 もちろん冗談。わたしは変わると決めたんだ。


三十五

 ランドセルを背負った少年達の下校中。

「なあ、あれなんだろ?」

 川原に水色のクーラーボックスが置かれていた。

「ああ? ゴミだろ? 早く帰ってスマブラやろうぜ」

「そうだな」と、少年達は駆け出した。

 箱の中の死骸を気にする者はいない。


三十六

「夢は必ず叶います。諦めないで努力してください」

 小学校の担任の言葉をバカみたいに信じて生きてきた。

「義足のお前が宇宙飛行士に?」

 何度も笑われた。

 今でも信じてる。カウントダウンの始まったロケットの中で、次の夢も必ず叶うと、バカみたいに俺は信じてる。


三十七

「大臣の名前を読み間違えるなんて、おたくのアナウンサーどうなってるの? これだからテレビはダメなのよ……」

 電話口で陳謝するオペレーター相手に、老婆は三時間以上も話しつづけた。

 電話を切ったときには日が暮れていた。話し相手をなくした部屋は冷たいほどに静かで、老婆はまたテレビを点けた。


三十八

 その晩はずいぶんと冷え込んでいた上に、いつも使ってる電気毛布がいかれて、老人はなかなか寝付けなかった。

 隣の布団の老婆も震えていた。

「一緒に暖まりましょうか?」

 同じ布団で寝るなど結婚して六〇年、初めてのことだった。

 翌朝、抱き合ったまま息を引き取っていた。老衰だった。


三十九

 黒板を引っ掻いたような金切り声をあげて、女は少女の髪を引っ張った。ショッピングモールのアイス売場の前だ。

 娘らしい少女の足元にはソフトクリームが落ちていた。

 ヒステリックに(わめ)く母親の声が耳に入らないのか、娘はどこか遠くを見ている。と、突然こちらを向いた。

 わたしは、思わず目を逸らした。


四十

 その穴に()まるともう脱け出せない。

 足首をつかまれ、ずるずると引きずり込まれ、脱けようという気力すら奪われてしまう。

「ああ、眠くなってきた……」

 ダメだとわかっているのに動かない。

 ゆっくりと目を閉じて、炬燵で寝落ちていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ