60 のわき
一投目からマイナス点を出してしまった姫は、慌てて立ち上げると扇を拾い上げた。
「ひ、久々だったから! ちょっと手がすべっただけよっ!」
口早に言い放って、定位置に戻ると急いで扇を構えなおす。
集中もそこそこに二投目が放たれる。
勢いよく飛んでいった扇はまたしても蝶を捕らえず、台である枕に激突した。
しかも、今回は勢いが強すぎたせいか、枕を倒してしまう。
この結果におうぎと葵が、自分のことのように頭を抱えた。
「あ~あ、やっちゃった……」
「野分……マイナス三十点ね」
姫の顔があっという間に真っ赤に染まる。
「ち、違う! 違うからっ!」
慌てて枕を立て直すと、続きを投げていく。
けれど、その投げ姿にはもはや集中などなくて。
投げれば投げるほど、マイナス点を積み重ねていく。
そうして十投を終えた結果は、
「ま、マイナス六十八点……」
自分がたたき出した得点に、姫はうなだれてしまった。
ここまでヒドイ結果は、狙ってもなかなか出せないだろう。
落ち込む姫を横目に、おうぎがそっと薫子に近づいた。
「あのさ、薫子さん……もしかして姫先輩って、かな~り残念な人だったり?」
薄々気づいていたことが確信に変わろうとしていた。
けれど、薫子の耳にはおうぎの質問は届いていなかった。
「落ち込んでる姫ちゃんもかわいいなぁ~」
「そんな場合じゃないと思うんだけど!?」
ともあれ、勝負はついた。
百点以上の大差で乙女の勝利だ。
このことに、葵が安堵の息をつく。
「よかった……これで薫子さんが生徒会に取られずに済むわね」
厳密に言うと、取ったのは葵たちのほうなのだが、細かいことは気にしない。
この決着に、姫が瞳を潤ませる。
「うぅ……ヤダッ、薫子はわたしのだもん!」
「そんな、子どもみたいなこと言われても」
「ヤダヤダヤダ~ッ!」
「子どもみたいというか、子どもだわっ!」
駄々っ子のように暴れていた姫が、不意に動きを止める。
「だ、だって……薫子がいないと、わたし何にもできないんだもん」
涙をこらえながら、独白は続く。
「わたし、グズでドジで、なにをやっても上手くいかなくて……」
どこかで聞いたような話だった。
「なりたいものにはなれなくて、叶えたい夢も叶えられなくて……」
あまりにも境遇が似ている。
「自分ひとりじゃ何にもできないから、薫子がそばにいてくれないとダメなの!」
とても他人事とは思えない。
だからだろう。
乙女の行動は早かった。
座り込んだままの姫に駆け寄り、彼女の手を両手でがっしりと包み込んだ。
「わかるよっ!」
「な、なに!? 急になんなのよっ!?」