59 乙女と姫の対決
乙女と姫の勝負内容は投扇興に決まってしまった。
まだ上手くないが、毎日練習している乙女のほうが圧倒的に有利だろう。
けれど、姫はケロッとした様子だった。
「投扇興? 別にいいけど」
「あ、あれ……その反応は意外だなー」
思わぬ展開におうぎが冷や汗を流す。
対して姫は、にんまりと笑っていた。
「おばあちゃんが投扇興やってるから、わたしも子どものときから付き合わされてたんだもの。その勝負だったら、余裕よ」
「まさかの経験者だった!?」
「言っておくけど、今更内容を変えるのはなしなんだからね」
勝利を確信した笑みを向けられて、今度は葵が焦り出す。
「どうするのよ! 負けちゃったら、薫子さんが部からいなくなっちゃう!?」
「そ、そうだけど……。乙女、後は任せた!」
「丸投げ!?」
それだけおうぎが困惑しているということだろう。
しかし任されたほうも大変だ。
「け、経験者とするなんて無理だよ……絶対に負けちゃう……」
おろおろと取り乱していた。
慌てふためく乙女に、薫子はなぜか楽しげにささやく。
「乙女ちゃん、私のためにも頑張ってっ」
「うん、頑張るっ!」
「いやいや、乙女ちょろすぎだろ!?」
おうぎが驚きの声を上げるが、それよりも大きな声を出す人物がいた。姫だ。
「ちょっと薫子! なんでそっちの味方するのよ!?」
「えぇ、私は両方の味方だよ?」
「ダメッ! どっちか決めなさいよ!」
「それを決めるために、勝負するんじゃないの?」
「はっ、そうだった!」
気を取り直して、姫は改めて乙女に人差し指を突きつける。
「花里乙女! 投扇興で勝負よ!」
「お姉ちゃんのためだもん……受けて立つよ!」
二人の間で火花が散る。
そこにおうぎが割り込んだ。
「じゃ、じゃあここは乙女が先攻ってことで!」
「え、え……いきなりどうしたの、おうぎちゃん」
「考えてもみろって! 先に向こうが高得点出してきたら、いつも通り投げれなくなるだろ?」
「……う、うん、そんなの絶対緊張しちゃう」
「だから先にやっといたほうがいいって!」
堂々と話しているから、二人の相談は相手に筒抜けだ。
けれど、姫は余裕そうに腕を組んでいる。
「わたしはどっちでもいいから、さっさとやったら?」
「ほら、相手もこう言ってるし!」
「う、うん……じゃあ」
乙女が先攻で勝負をおこなうことに決定した。
投扇興の対戦では、本来交互に投げ合う。だが、今回はそれぞれが順番に十投することに。
これも乙女が緊張しないための、おうぎの提案だ。
「お姉ちゃんは絶対に渡さない……っ!」
薫子をかけた大一番。
緊張でいつも通りの力を発揮できなくてもおかしくない。
しかし、大事な人をかけているからこそ、乙女はいつになく集中していた。
渾身の十投を終えて、彼女は歓喜の声を上げる。
「やったー! 三十七点だよ、三十七点!」
十回の合計が、これだった。
半分ほどは無得点の花散里だったが、コツコツと積み重ねてこの得点である。
乙女としては、自己ベストといっていい記録だ。喜ばずにはいられない。
けれど、おうぎと葵は苦笑を浮かべていた。
「うわぁ……微妙だー」
「相手が経験者ということを考えると……厳しいわね」
二人の不安を後押しするように、姫が余裕そうに笑う。
「たったの三十七点? そんなの十投なくても勝っちゃうんだから」
自信満々に宣言して、定位置に着く。
彼女は何度か深呼吸をして、蝶に意識を集中する。
扇を構える姿は、確かに熟練者のそれだった。
「姿勢に無駄がないなー」
「えぇ、とってもキレイ……」
葵たちが見とれていると、一投目が放たれた。
扇はくるりと半回転し、真っ直ぐ飛んでいく。
そして――
蝶の下の台……つまり的ではなく台に当たった。
予想外の結果に、おうぎと葵が目を丸くする。
「え!? まさかのコツリ?」
「マイナス一点ね……」