57 薫子をかけて
突然勝負を挑まれて、乙女は困惑していた。
「あの……えっと……」
なんと答えていいかわからない。
何も言えずにいると、薫子のほうが口を開いた。
「あれ、姫ちゃん?」
見知った顔のようだ。
そんな薫子に、葵がすり寄る。
「薫子さん、知ってる子ですか?」
「もちろん。みんなも一度は見たことがあるはずよ」
「え?」
「この人は朝雛姫ちゃん。この学校の生徒会長」
「生徒会長っ!?」
葵だけでなく、乙女もおうぎも驚きに目を見開く。
一方、紹介を受けた女の子は得意げに胸を張った。
「そう、わたしがこの学校の生徒の頂点! トップオブトップよ!」
誇らしげに語る姫に、薫子は苦笑を返す。
「みんな、顔覚えてなかったみたいだけど……」
「う、うるさい! 認知度低いとか、空気会長とか言わないでっ!」
「そこまでは言ってないよ~」
「いいもん、いいもん……どうせ、わたしはその場のノリで選ばれただけの会長だし。実務も薫子に任せっぱなしだし……」
「姫ちゃん、頑張ってー。落ち込むために来たんじゃないんでしょ?」
「はっ、そうだった!」
気を取り直すと、姫は改めて乙女に向き直る。
「というわけで、勝負しなさいっ!」
「話が見えないよ!?」
困惑は深まるばかりだ。
そこで間に入ったのはおうぎだった。
「待った待った! 生徒会長がなんだって乙女に勝負ふっかけるのさ!?」
「ふんっ、言われなきゃわからないの?」
姫は威厳を示すように腕を組むと、イラ立った様子で告げてきた。
「薫子を取られると、生徒会が困るのよ!」
「あぁ……」
これは否定できない。
葵も苦笑いを薫子に向ける。
「そういえば、毎日こっちに来てましたよね……?」
「え? でも私、生徒会の仕事は全部終わらせてるけど?」
「放課後、ずっとここにいるのに!?」
「休み時間とかに、ぱぱっと」
「さすが薫子さん……スペックが違うわ」
だとしたら、話が通らない。
おうぎが首を傾げる。
「なら、問題ないじゃん」
「う……そ、それは……」
追い詰められたように言いよどむ姫だが、慌てて言い募った。
「生徒会には業務以外にも、やることがいっぱいあるの!」
「例えば?」
「た、たとえば、ほら……えぇと……その……」
しばらく考えて、悩んで、思考を巡らせて……。
結局、続く言葉はなかった。
何もないらしい。
けれど姫は気を取り直すように頭を左右に何度も振る。
「とにかくっ! 薫子はわたしのそばにいないとダメなのっ!」
強引に言い切ると、今度は乙女に人差し指を突き付けた。
「だから、薫子をかけて勝負よ!」
その様子を横から見ていたおうぎと葵は、
「これは……乙女と同じニオイを感じる」
「奇遇ね。私も同じことを思ったわ」
すでに二人とも呆れ顔だ。
とはいえ、乙女にとっては深刻な状況だろう。
大好きないとこをかけての勝負を挑まれたのだ。
平気ではいられるはずがない。
だから、葵も呆れモードからなんとか復帰して、彼女を気づかう。
「乙女、大丈夫? 勝負なんて、無理に受けなくても」
「はぁはぁ……ちっちゃい子がムキになってて、かわいい……」
「あなた、そればっかりね!?」
こんな時でも、乙女は平常運転であった。