52 ややこしい
乙女が感嘆の声を上げる。
「葵ちゃんのお家って、扇屋さんだったんだね」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないよー」
驚いた様子の乙女だったが、ふと何かに期待するような目を向けた。
「もしかして、おうぎちゃんの扇も?」
「あぁ、これ?」
即座に取り出された。
骨組みは黒で、和紙は真っ白というシンプルな扇子。
「そう、葵に選んでもらったものなんだ」
「やっぱり……」
乙女が満足そうに頬を赤らめる。
「その反応はおかしくないか!?」
などと言い合っていると、今度は薫子が声を漏らした。
「ふふっ」
「え? 薫子さん、どうかした?」
「ううん、おうぎちゃんの扇って、なんだか不思議な響きだなぁって」
「いまさら!?」
「それに、おうぎちゃんのほうじゃなくて、葵ちゃんのほうが扇屋さんで……ふふ、ややこしくて面白いかも」
「本人としては、なにも面白くないけど!?」
声を荒げたおうぎだが、ふと大事なことを思い出す。
「って、家に着いちゃったじゃん!?」
ショックを受けているおうぎだが、乙女はまだよくわかっていない様子だ。
「どうしたの、おうぎちゃん?」
「だって葵は用事があるから帰ったんだよ!」
にも関わらず、真っ直ぐ帰宅してしまった。
それだけのことだが、おうぎは青ざめてしまう。
「やっぱりあたしを避けるために……!?」
「こ、これからっ! これから出かけるのかもしれないからっ!」
「……そっか、そうだよな!」
一転して目を輝かせるおうぎ。
その様子に乙女は少しだけ息を荒げていた。
「おうぎちゃん……コロコロ表情変わって、かわいいなー」
その小さなつぶやきに気づくことなく、おうぎは腕を振り上げた。
「じゃあ、葵が出てきたら尾行再開だっ!」
おうぎたちはそれからしばらく待ち続けた。
けれど、葵が外出することはなかった。