50 バレたら大変
学校から駅前へ向かう大通りで、乙女が喜びの声を上げる。
「葵ちゃん、いたよ。なんとか追いつけたね」
尾行することにしてすぐに学校を出て、ものの数分でターゲットを見つけることができた。
けれど、おうぎは浮かない顔だ。
「やっぱ止めとかない? つけてるなんて知られたら怒られるって」
「大丈夫! 気づかれないように尾行するから」
「さっきからやけに自信ありそうだけど……どうやって?」
「誰かの後をつけるときって、その人の後ろを歩いちゃダメなんだよ」
「……ん? どういうこと?」
後をつけるのに後ろを歩かないなんて、いまいち理解できない。
首を傾げるおうぎに、乙女は得意げに説明を続ける。
「つまりね、こういうことだよ」
おうぎと薫子を引き連れて、信号を渡る。
道路を挟んで反対側の歩道へ。
「こうやって、通りの反対側から後をつけるんだよ」
乙女たちの位置から見て、斜め前を葵が進んでいく形になる。
「こうすれば、もし後ろを振り返っても見つからないし、こっちを見られても車が目隠しになってくれるから気づきにくいんだよ」
「おぉ、なるほど」
確かに、これなら見つかる危険性は低いだろう。
おうぎは感心すると同時に、恐怖を抱いていた。
「乙女、尾行に詳しすぎない? まさか本当に普段から……?」
「ち、違うよっ! この前テレビドラマでやってたんだよ!」
「えぇ……本当かな?」
「ほんとだってばっ!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ二人に、薫子が真面目な顔を向ける。
「しっ! 葵ちゃんに気づかれちゃうでしょ」
「ご、ごめん……お姉ちゃん」
「薫子さんが一番真剣だなー……」
おうぎの冷静な指摘に、薫子は躊躇うことなく頷いた。
「だって、葵ちゃんの普段は見られないかわいい一面が見られるかもしれないものっ!」
「薫子さんだけ目的が違うんだよなー……」
呆れるようにため息をつきながら、おうぎはさらに重ねる。
「そんな都合よく、特別なことなんて起きないと思うけど……」
「あっ、特別な動きがあったみたい」
「都合よかった!?」
慌てて通りの反対側に視線を送る。
そこでは、葵が誰かに話しかけられていた。
「あれって、外国人?」
しかも、大きなカバンを背負っていて、ガイドブックを手にしている。
おそらく観光客だろう。
「道を聞かれてるみたいね」
「葵ちゃん、すっごく慌ててるよ?」
乙女は不思議そうに首を傾げるが、おうぎにはなんとなく理由がわかった。
「たぶん英語で話しかけられて、困ってるんじゃないかな?」
この予想は大正解で、葵は上手く説明できないでいた。
そんな葵の様子を、乙女と薫子が笑顔で見守る。
「あ、身振り手振りで説明し始めた」
「ふふ……なんだか踊ってるみたいね」
「しかも全然伝わってないよ」
「余計に慌ててる……葵ちゃん、可愛いなぁ」
葵は大変そうだが、二人は幸せそうだ。
楽しそうに笑っていた乙女だが、ふと首を傾げた。
「あれ……でも葵ちゃん頭いいし、道案内くらい英語でできるんじゃない?」
「あぁ、それは多分あれだ。葵って本番に弱いから、テンパって英語忘れてる……」
「葵ちゃん、かわいいっ!」
おうぎの説明は、乙女をさらに喜ばせてしまった。
視線の先では、いまだに葵が上手く道案内できなくて困っている。
尾行がバレたら怒られると思って、おうぎは助けに行けない。
乙女と薫子は、ただただ葵の慌てる様子を可愛がっている。
「……これ、バレたらほんとに怒られるだろうなー」
おうぎは今日のことを秘密にしようと、ひとり決意を固めていた。