02 いとこのお姉ちゃん
「薫子お姉ちゃん……ありがとー」
乙女は半泣きだった。
「お姉ちゃんが起こしに来てくれなかったら、初日から遅刻するところだったよ」
制服に着替えながら、お礼を口にする。
そんな彼女に、薫子お姉ちゃんと呼ばれた女性は優しく微笑む。
「気にしないで。いつものことだもの」
「う~」
乙女としては、否定できないことが悲しい。
決して優秀ではない乙女は、小さい時から失敗することが多かった。
それをいつもフォローしてくれたのが、ひとつ年上のいとこである薫子だ。
乙女とは対照的に、彼女はとても優れた女の子である。
成績優秀でスポーツ万能。高校では生徒会に所属している。
子どものときから、何をやらせても完璧にこなしてしまう子だった。
いくつも習い事をしていて、たくさんの賞を受賞している。
乙女にとっては物心ついたときからずっと憧れの存在だった。
薫子に欠点などない。そう思われるのだが――
「お、乙女ちゃん……!」
制服に着替え終わった乙女を見て、薫子が肩を震わせる。
「お姉ちゃん? どうかしたの?」
首を傾げる乙女に対して、薫子の行動は早かった。
「乙女ちゃん、かわいいよ~!」
薫子が抱きつく。必然的に、乙女の顔がその大きすぎる胸部に埋もれることになった。
「お、お姉ちゃん!?」
「やっぱり乙女ちゃんの制服姿かわいい~! うちの制服、絶対に似合うと思ったんだよね。受験すすめてよかった~」
「そんな理由だったの!?」
「ううん。一番の目的は、学校でも乙女ちゃんをかわいがりたいから」
「あんまり意味が変わってないよ!?」
このままではいけないと思った乙女が、なんとか薫子から離れようともがく。
「こ、こんなことしてる場合じゃないよ! 早くしないとほんとに遅刻しちゃう」
「乙女ちゃんのためなら、遅刻したっていいわよ」
「私がよくないよー!」
「大丈夫! 私生徒会だし、乙女ちゃんの遅刻くらいもみ消せるわ」
「もっとよくないよ!?」
「ふふ、困ってる乙女ちゃんも大好き。食べちゃいたいくらい」
完璧に見える薫子だが、ひとつ大きな欠点があった。
乙女に弱い。
彼女のこととなると、途端にこの調子である。
しかし乙女に弱いからこそ、彼女が本当に嫌がることはしない。
「お姉ちゃん、本当に遅刻しちゃうから! 早く学校行こうよ」
この言葉に、薫子は名残惜しそうに乙女を解放した。
「そうね。続きは学校ですればいいし」
「しないよ!?」
乙女が自分の体をぎゅっと抱きしめる。身を守るように。
そのまま一息ついて、
「ね、ねぇお姉ちゃん……私もうちょっと準備があるから外で待っててくれる?」
「準備? ここで待っててもいいけど」
「大丈夫。すぐ終わるから」
「……そう? じゃあ玄関で待ってるね」
なんの疑問も抱かず、薫子は大人しく部屋を出ていく。
ドアが閉じられて、遠ざかる足音が聞こえた。
そのことをちゃんと確認してから、乙女はベッドに倒れ込む。
彼女の体は小刻みに震えていた。
「大好き……食べちゃいたいくらい……」
さきほど薫子が口にした言葉。
乙女の頭の中で、何度もリフレインしていた。
「あぁ~、お姉ちゃんの言葉が本気だったらよかったのに……」
大好きは、いとことして。食べちゃいたいも、あくまでも比喩として。
だから乙女は欲求不満だった。
「お姉ちゃんみたいにキレイな人に、本気で迫られたら……きゃ~~~!」
枕に顔をうずめて悶絶する。
しかしそれは妄想の中だけで、実際に薫子がそこまで踏み込んでくれることはないだろう。
その事実に、乙女は頬を膨らませた。
「もう……お姉ちゃんのバカ」
花里乙女――至って普通の、どこにでもいるような女の子。
没個性で、特徴らしい特徴もない。
けれど一点だけ。
彼女は可愛いものやキレイなものに目がなかった。
そう、特に可愛い女の子が大好きなのである。