18 『源氏物語』54帖
動画のなかで投扇興をしていた女性がきれいすぎて、乙女はついつい興奮してしまった。
そのことを誤魔化すように、彼女は慌ててスマホに視線を戻す。
「ほ、ほんとすごかったね! 姿勢も、投げ方も、全部きれいだった」
一つ一つの動作がすべて美しくて。
落ち着いた佇まいからは、風格のようなものまで感じられた。
さすがは大会優勝者である。
あまりの美しさに、乙女が憧れを抱いてしまうほど。
「私もなれるかな?」
つい声に出ていた。
それにおうぎと葵が同時に答える。
「いやー無理でしょ」
「夢見すぎよ」
「即答!? ひどいっ!」
「まぁ、得点だけならいい勝負になってたかもしれないけど」
「そうね。偶然でも、六十五点の乙女を出せたわけだし」
ややこしい話だが、乙女は初めての投扇興で、乙女という名前がついた高得点をたたき出している。
とはいえ、動画の中の女性もすごかった。
枕の上に扇が乗って、その上に蝶が立ったまま乗っていた。
周囲が歓声をあげるほど珍しい形なのだろう。
「あれは、何点だったの?」
気になって尋ねてみると、おうぎが即座に答えてくれた。
「あれは胡蝶だから、八十五点だね」
「普通に私より高いよ……」
「まぁ相手は上級者だし、普段から澪標とか桐壷とか出してるような人だからね」
「み、みおつくし……? きりつぼ?」
知らない単語の数々に、乙女が首を傾げる。
すると、おうぎが付け足した。
「あぁ、澪標も桐壺も、投扇興の銘だよ」
「め、めい……?」
またしても知らない単語だった。
どんどん疑問を深めていると、今度は葵が声をあげる。
「おうぎの説明が雑でごめんね。銘っていうのは、投扇興の得点になる形のことよ。それぞれに名前がついているの」
「花散里とか、乙女のこと?」
「そう。さっきおうぎが言ってた胡蝶も澪標も桐壺も全部、銘の名前よ」
「なんだか、難しい名前ばっかりだね……」
「あぁ、それはね、銘は源氏物語のタイトルから名前を取っているからよ」
花散里も乙女も、胡蝶も、すべて源氏物語の巻名である。
源氏物語は全部で五十四帖。
だから投扇興の銘も五十四個ある。
という葵の説明に、おうぎが得意げに続けた。
「でも、投扇興はいろんな流派があって、流派によって名前も得点も違うんだけどね」
また面倒な話になってきた。けれど、乙女はむしろ前のめりになる。
「投扇興って知れば知るほど面白いね!」
「おぉー、乙女もどんどん投扇興にハマっていくね」
嬉しそうに言ってから、おうぎは自分のスマホを掲げてみせた。
「よーし! じゃあここらで、あたしおすすめの投扇興動画を見せてあげようかな!」
「うわぁ、見たい見たいっ!」
盛り上がる二人。
そこに葵の大声が響いた。
「そんなことより、部員集めが先でしょ!?」