11 乙女
「あと一投残ってる。最後までがんばろー」
おうぎの言葉に、乙女は困惑する。
「でも……全然、点取れてないし……」
九回投げた結果は、マイナス一点のコツリが三回。ゼロ点の花散里が五回。
合計、マイナス三点。
投扇興の得点について詳しくない乙女だが、あと一投でまともな点が取れるとは思えない。
「なに言ってるのさ。ゼロ点だって、得点じゃん」
おうぎは、至って真面目な様子だった。
「投げなかったら、ゼロ点ももらえないんだよ?」
「そ、それはそうだけど……」
「それに、最後の一発逆転があるから、投扇興は楽しいんだ!」
「でも」
一発逆転なんて、そんな都合よく起きるとは思えない。
ここまで大した成績を出せていないのだから。
しかし、おうぎはそんなこと気にしてくれない。
「どうせあと一回なんだし、最後まで楽しもうよ」
「楽しむ……」
過程を楽しむ、ということだろうか。
しかし結果も出せていないのに楽しむなんて、乙女にはできそうになかった。
ただ、おうぎの言った「どうせあと一回なんだし」というのは、納得できた。
あと一回だけなのだから、最後までやろう。
せっかく誘ってくれたのに途中で投げ出すのも申し訳ない。
だから乙女は扇をかまえた。
「――」
最後の一投だから、せめて的には当てたい。
当てるだけ。花散里でいい。どうせそれがお似合いだから。
集中する。
ひとつ大きく息をついてから、扇を放つ。
くるりと半回転して、扇はすーっと飛んでいった。
そうして、これまで通り蝶を捕らえる。
けれど、その後がこれまでとは大違いだった。
「おぉ、これはっ!?」
「すごいわ」
おうぎと葵が驚愕する。
「え、え?」
どういうことかわかっていない乙女は、二人の驚きが理解できない。
わかるのは、自分が放った扇が蝶にぶつかって、そのまま枕の上に乗ったこと。
そして、これまでは床に落ちていた蝶が、枕の角に引っかかって逆さづりの状態になっている。
とても奇妙な形だった。
「えっと……これってすごいの?」
よくわからず問いかけると、おうぎがテンション高く答える。
「すごいなんてもんじゃないって! これ、六十五点だよ」
「えぇ!? そんなに!?」
これまでマイナス一点とか、ゼロ点という世界だったのに、いきなりの高得点である。
「ゼロ点じゃなかった……」
乙女は呆然とつぶやく。扇を投げたばかりの手を見つめて。
ゼロ点の花散里が自分にはお似合いだと思っていた。
なのに、こんな高得点をたたき出してしまった。
その事実が、信じられない。
驚いた様子の乙女に、おうぎが何か思いついたように笑みを浮かべた。
「ちなみに、コツリとか花散里みたいに、この形にも名前がついてるんだよ」
もったいぶるように間を置いてから、笑みを深める。
「乙女、っていうだ」
「え? 私の名前……」
これを聞いて、花散里よりこっちのほうが似合っている、なんて思うほど乙女は楽観的ではない。
「でも――」
楽しい。
投扇興に対して、そんな感想を抱くことはできた。
花里乙女、至って普通の女の子。
これが彼女と投扇興との出会いだった。