10 花散里
「コツリコツリって言う葵ちゃんが、なんか可愛かったから……」
「理由になってないわよ!」
満足げな笑みの乙女に、葵は顔を真っ赤にする。
そこに、おうぎが困り顔で割り込んだ。
「えっと……一応言っておくけど、傷がついちゃうかもしれないから枕は狙わないでほしいかな?」
「あっ、そっか! ご、ごめんね……」
「いや、まぁ悪気があったわけじゃないことはわかってるから」
あっさりと許してから、おうぎは気を取り直すように話題を変えた。
「それよりも、今の話だよ! 狙ってコツリにしてたってこと?」
「え? あ、うん……枕に当たったらいいなーって」
これには、葵もおうぎも驚いていた。
「え、それってすごいことよね?」
「普通にすごいよ! 狙った場所に扇を投げるって、かなり大変なのに」
「え、え?」
二人の反応に、乙女は戸惑うしかない。
自分がどれだけすごいことをしたのか自覚していないのだから。
そこでおうぎが、ある提案をした。
「ねぇ、残り六投、ちゃんと蝶を狙って投げてみなよ」
「う、うん……」
まずは五投目。
乙女は集中して、おうぎの言う通りに的である蝶を狙う。
手から放れた扇は真っ直ぐ進んで、狙い通り蝶に当たった。
「あ……当たった!?」
乙女自身が驚いてしまう。
葵もおうぎも、ビックリした様子だった。
「すごいわ……」
「やっぱり投扇興の才能があるんだよ!」
才能。そんなものが自分にあるなんて、乙女には信じられない。
でも、的に当たったことは素直に嬉しくて、笑顔がこぼれてしまう。
「え、えへへ……ちなみにこれって何点なのかな?」
扇がぶつかった蝶は、枕から落ちてしっかりと床に倒れている。
これはかなりの高得点が期待できるのではないだろうか?
そんなことを考えていた乙女に、二人は微妙な表情を浮かべた。
「……え?」
乙女は途端に不安になる。
それを肯定するように、おうぎが告げた。
「えっとね、これは花散里って言って、ゼロ点なんだよ」
「え!? ちゃんと蝶も落ちてるのに!?」
「投扇興って、蝶と扇の位置で得点が決まるんだ。落ちた蝶が立ってたり、蝶と扇が重なってたりすると、点が入るんだけど……」
乙女の結果は、蝶と扇がバラバラに落ちているだけ。
これに、おうぎが慌ててフォローを入れる。
「でも、初心者なのに蝶に当ててるだけですごいから! ほら、とりあえず十回やってみようよ」
「そ、そうだね」
残りは五回。
一投一投、集中して扇を投げていく。
投げるたびに、乙女の扇は蝶をちゃんと捕らえた。
けれど、結果は――
花散里、花散里、花散里、花散里。
あと一投を残して、ずっと花散里だった。
まだ一点も獲得できていない。
このことに、乙女はある種の気付きがあった。
「……この花散里って、私みたいだね」
小さなつぶやきに、扇が首を傾げた。
「ん? どういうこと」
「あ、えっと……私の苗字、花里だから似てるなって」
言い訳のように答えてから、乙女はゆっくりと続けた。
「私、何をやっても結果が出せなくて……そういうところが、ゼロ点の花散里に似てるかな、って」
花散里が自分にはお似合いだ。
きっと、どんなに頑張ってもゼロ点しか取れない。
「やっぱり才能なんてなかったんだよ……この辺にしておいたほうが……」
そんなことを言い出す乙女に、おうぎが声を上げた。
「まだ終わってない!」