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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
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99.救助



 たき火が小鍋を温める間、腰を下ろして待つ。

 助けた2人の男は壁に背を預け、暖を取っている。大した傷は無い。隠れていた方も、片腕片足に噛み傷を負った程度、今すぐ死ぬような怪我は無い。怪我が化膿する事は、探索者では日常だ。

 中身が沸騰してきた小鍋を遠ざけたニーシアは、食事用の鍋を火に置いた。早めの夕食になる。後で移動をはさんでから就寝するかもしれない。

 座る膝に戻った手が重なり、内側を隠している。観察する自分も似たようなものだ。床に置いた剣を何度も意識している。


 ニーシアから視線を移して荷車の方を見る。動く灰色の毛並みは隠しきれていない。向こうでは雨衣狼達が食事をしており、砕かれた骨や、口の開閉する時に肉を潰した汁が音を立てている。2体の首毛犬が彼らの食事だ。食い散らしの後片付けが少々面倒である。とはいえ、回収してアメーバに食べさせるだけ、シャベル一つで済む作業だ。平常より揺れる尻尾に困ることは無い。

 対象が魔物だとしても、血肉が食い破られる様子は、見るに疲れる。慣れない者はなおさらだろう。助けが来なければ、自身の身に起こり得た状況でもある。気にしているのか、男2人の視線がニーシアの後方に度々ずれる。

 大きな荷車に変えても音は防げない。獣魔に対する反応の差で、自分の異常性に気付くことはある。他人と接する機会が少ないため、数日の内に忘れてしまいそうだが。


 小鍋が冷まされ、火傷の心配も無い水を確保できると、レウリファが怪我の手当てを始めた。痛みで暴れないとも限らないため、たき火から離れた場所まで移動させる。怪我人の衣服を相方にめくらせると、傷周りを水で洗っていく。傷口のごみを取り除いたら、傷薬を塗り、布を巻いていた。特殊な怪我でなければ、処置は少ない。場所と道具が用意できれば誰でもできる。痛みは顔や声に出るほどで、素早く終わらせたレウリファは有能だろう。

 腫れが広がるなら、高価な治療か切除を行う。悪食の魔物に襲われた場合でも、最初の処置が適切なら、切断を防げる事はある。今回の場合は噛み傷が浅く、負わせた魔物も清潔な類である。深刻な状態になる可能性は低い。


 この行き止まりは、休憩する場所には適している。杭が並んで明るく、道が直線で距離もある。近付く敵の対処ができれば問題ない。探索者の通りが多く、魔物と遭遇する事は少ないだろう。

 残った温水を自由に使わせる事にして、食事を作るニーシアのそばに戻った。手伝う事は無い。守りは配下の魔物で間に合うため、低めの腰掛けに座るだけだ。鍋をかき混ぜている途中、ニーシアが一度だけこちらを見た。


 男たちが携帯食を食べている前で、穀物と干し肉の入ったスープを飲む。

 味覚として、木の実の乾物や麦餅だけでは寂しい。ニーシアとレウリファがいなければ、出来立ての料理が一品増える事は無かっただろう。手間が増えている事は、彼らの持ち物を見ればわかる。それぞれ背負う袋に入る量しか持っていない。水と食料と薪があればダンジョンを進める。

 獲物も紐でくくって運ぶ事も影響している。倒した場で魔物を加工するなら、持ち込む道具が増える。自分たちは頭数が多いため、運搬道具を使って運べる量を増やしている。容量に余裕あるため生活の質まで改善できるというだけだ。短期滞在なら寝具も不要だ。

 奥に進む探索者でも、探索者村を拠点に活動して、荷物を少ない人がいるかもしれない。


 食事を終えて一息つく。

「ダンジョンに入ったのは何日前か教えてくれ」

 必死に戦っていた方が答える。

「3日目、……になります」

 怪我をしている相方へ向き、頷きを確認すると顔を戻す。

 2人がダンジョンに入った時は、まだダンジョンも明るかったはずだ。

「入る前に、ダンジョンを壊す話を耳にしたか?組合か、入口か、村の噂でもいい」

 仮に伝達が遅れたとしても、直前までに失敗に気付き、改善するはず。

 ダンジョンの奥に行くまで、理想で10日かかる。別の連絡手段を持っているとしても、壊す事が決定してから余裕を持って周知させるだろう。このダンジョンを利用する探索者全ての生活に関わるのだ。

「店にも、組合にも寄ったけど、壊す話は聞いていません。宿でも普段通りでした」

「僕も知りません」

 両方とも聞き覚えが無いみたいだ。

 暗くなる原因が組合でないなら、探索者が独断で行った可能性もある。魔石の中でも優れた素材であり、希少で高価と知られている。大金欲しさに狙う者はいるかもしれない。

 ダンジョンコアは建物に守られて、組合員が監視している。襲撃した場合は抵抗を受けるはず。奇襲でも強襲でも、最奥に迎える時点で、戦力は相当だ。自分と比較する意味もない。見かけたとしても戦わない、相手も騒動を起こす気は無いだろう。

 いや、ダンジョンが壊れた以外の理由で、暗くなる可能性も残っている。資料に書かれていない方法が無いとは限らない。

 確定に足る情報を持っていない。思い出に囚われているだけだ。ダンジョンからコアを取り出した時、住処の明かりが消えた。生活を変えざるを得なかった。過去の出来事を、頻繁に意識しているだけだ。

「アケハさん」

 声を聞いて目線を上げる。

「悪い、少し考え混んでいた」

「この後はどうしますか?」

 ニーシアは探索者の怪我に目を向ける。足の怪我の部分に血は見えない。流れ出ないなら体力も持つだろう。

「地上まで送ってもいいか」

 相手の前となると厳しい話題だ。再びニーシアの目に晒された探索者たちは、張り詰めて動きを止めている。

 魔物から助けた時点で立ち去る事はできた。怪我の処置までしたのは相手が死ぬ危険があるからだ。この場で分かれたら、怪我人を背負って杭の道を進むだろう。途中で魔物に遭遇すれば、まず死ぬ。武器は剣ひとつ、鎧も兜も無い。布服を着込んでいる程度で獣と戦うのは、無謀だろう。

「はい、その方が良いです」

「ありがとう」

 次にレウリファからも、同意を貰う。

 男2人に伝えると、感謝の後に肩の力を抜いていた。


 倒した6体の首毛犬は、助けた側の取得であり、残りの4つを解体しておきたい。

 救助のお礼は貰えない。探索者を諦めさせるのは気分が悪い。貯蓄や親の援助がなければ、療養中の生活だけでも厳しい。馴染みの仲間という事で、分かれて活動するとしても一時的になるだろう。お互い稼ぎの悪い状況でも、こちらの方は余裕がある。相手も探索者になって1年も過ぎていないはずだ。獲物の買い取り額を良くしておきたい。

 解体するのはレウリファと自分。ニーシアは雨衣狼と共に荷車を守る。保護した探索者が賊という可能性もある。ダンジョン内でも盗難被害はあるため、警戒しておく方が良い。怪我と疲れがあり、装備まで足りていない賊という例は知らない。敵対しないにしても盗みは可能だろう。

 

 解体を終えて鎧を拭いた後に、雨衣狼たちに近寄る。食後で汚い、特に口と手足は血が染み付いている。

 専用の布を取り出して、触れられる程度に拭く。濡らした手で血の塊を揉み、毛並みに沿って布を当てる。疲れている指の力加減を気にしながら、3体を要所を直した。

 水で洗い絞った布を荷台のふちに垂れさせる。

 雨衣狼達の調子も確認しておきたい。怪我は無くても、飽きたり、疲れている場合がある。言葉の指示を受け付けない状態であれば、解消しておきたい。これから他人を連れて歩く。対話が出来ない分、気にかけた方が良いだろう。


 雨衣狼達が集まる場所に再び向かう。

 腕を伸ばして、手の甲を見せる。寄ってきたヴァイスは、先ほどから尻尾を揺らし続けている。

 手に寄せた顔がこちらに接近してきてから、撫で始める。静かに膝をつく。顎の下から首周りを撫でると、合わせるように首を動かしてくる。触れる場所を伝えたながら、毛並みを這わせるヴァイスがへと手を動かす。名前を呼びながら褒め、両腕で頭と背中を撫でていく。毛並みを整える目的に変わりない。毛を扱う途中で逆立てたり癖を作ると、普段より反応が良くなる。素早く滑らかな動きを支えている脚も、異常は感じられない。

 ルトもシードも、ヴァイスほど積極的ではない。肉付きに差があり、触れる好みも違う。名前を呼ぶ際に、個性を思い出す。首に巻いている布は、地上で洗った方が良い。

 3体の関係は、戦力として頼る分には良好だ。触れさせなければ、他人を襲う事は無い。



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