98.他の探索者
通路の途中、分岐から離れた場所で休む。
杭1つを独占するような位置取りは、基本的に悪い。ダンジョン内の明かりが限ぎられている現状、なおさら悪い行為だ。それでも命に関わる。他の探索者もいない。この状況なら薪を節約するだろう。
配下の魔物を呼び寄せ、目の届く範囲に留まるように指示しておく。
壁際に停めた荷車から道具を取り出し、野営の準備を始める。
たき火用に加工された積み石を組み、薪を入れる。床に置かれた松明から火を移し、次に使う2人に場所を譲った。
料理を作り始めた2人を見て、自分は寝床を整える。
足首より小さい丸石を荷車から持ち出して、たき火の横に置いておく。後々使う。
慣れた作業はかけ声も不要だ。
配下の魔物にも食事を配っておく。
ニーシアがお湯用の鍋をたき火に置き、燃える薪に丸石が置かれた。
たき火を囲む食事でも、杭の存在感が大きい。そばにある1つは当然、通路を見ると離れて並ぶ光は見慣れない。
「ダンジョンは暗いままだろうな」
杭のある道でも照明石の明かりしか見えない。離れたら暗闇になっているだろう。
百年以上明るさを保っていたダンジョンだ。暗い状態も数日程度ならありえる、なんて期待はしない。おそらくダンジョンは壊れた。自分のダンジョンもコアを取り出した際に、暗くなった。
「地上に出たら情報収集ですね」
スープを持ったままのニーシアが、顔を向けてきた。
討伐組合が管理していたダンジョンだ。壊す場合は事前に告知があるだろう。自分たちが入った後に告知があったとは考えられない。中層から最短で進んだとしても、こちらが滞在する期間よりは長くかかる。
自分たちが魔物を倒しているため、事前に魔物をすべて駆除したという事もない。最深部まで行く間に魔物も生み出されるはずだ。中にいる探索者が死ぬ危険を無視するだろうか。
「組合に寄るから、その時だな。他の探索者も集まっているはず」
奥に進んでいる者は別として、足の速い者や地上で異変に気付いた探索者がいるはず。最初に集まる場所は組合の施設だろう。素材を預けるため必ず寄る事になる。
「出てくるのは魔物も同じですよね」
ダンジョンが壊れた事で、中にいる魔物が飛び出す様になる。対策として地上で探索者が待ち構えているかもしれない。
各出口は防壁に囲まれているため、魔物は逃げられない。自分たちは地上に戻るまでを警戒すればいい。魔物の集団に出くわす可能性はあるのだ。
「そうだな」
ニーシアは、さじを浮かせたまま止まっている。その横のレウリファは、手を下ろしたまま動いた様子が無い。
「先に食事を済まそうか」
「はい、アケハさん」
自分が器を持ち上げると、ニーシアはスープを飲み始めた。
隣の床に剣があるのは、普段通りだ。一度だけ視線を動かしてから、自分も手を動かした。
食事を終えて樽の中で器を洗う。間の見張りとしてレウリファは手を空けていた。
片付けた後、たき火は弱まっており、中から焼いていた石を取り出す。靴を脱ぎ、熱した石を入れる。他の2人も順に火ばさみを扱った。
一日歩いた靴は、少なからず汗を含む。何日も履き続けると、蒸れて不快感が続いたり、感染症を起こす事があるらしい。遠出の際でも、替えの靴を持ち歩く者は少ない。干したり、拭いたり、その場で適度に乾燥させる。焼き石を使うのは定番の1つだ。
川に沈んだ際に対処でもあり、靴下を履き替えるだけでは、足りない部分を補ってくれている。日に一度と決めず、予備の数も十分あれば、臭いや湿気を防げるのかもしれない。
作っておいたお湯で、体を拭いた後に眠る。
履いた靴は温かい。レウリファが櫛を動かす姿を眺めた。
朝食を終え、たき火の灰まで片づけてから、移動を再開する。交代で見張りをしていた時も、通路に見える明かりに変化は無かった。1本に減らした松明は、前を進むレウリファが持つ。
杭が続く通路の床や壁に汚れを見つける。野営や戦闘、他の探索者の痕跡はまだ残っていた。ダンジョンが壊れたなら、掃除を行う魔物も生み出されなくなるだ。探索者が入らなくなった後も、利用方法はあるのだろうか。
敵の見えない通路は広い。資源が取れなくなった空間でも、倉庫に使う事はできる。入口付近だけでも、と考えてしまう。ダンジョンが崩れる可能性があるため難しいのだろう。ダンジョン跡が崩れた場合、地上の村は穴に落ちる。いずれ地上にある探索者村も人が撤退するのかもしれない。
「明日には地上に出られそうですね」
「問題が無ければ、昼頃だろうな」
今すぐ崩れるなら、自分も後ろのニーシアも助からない。深い場所にいる探索者は確実に死ぬだろう。壊れた後も形を残しているダンジョン跡は多い。
焦らず、歩いていく。
「叫び声がします」
層を上がったところで、レウリファから声がかかる。
探索者が魔物に襲われているなら、警戒した方が良い。
「どこだ?」
「奥のおそらく右側です」
魔物が近くにいると知った時点で放置は無い。対処できない敵なら逃げる。
「近付いて確認した方が良いな」
戦力を分ける事は危険だ。下手に助けに行けば、こちらが自滅する。
荷車を押す力を強めていく。
レウリファの耳に従って分岐を何度か曲がると、救助を求める声が近くなった。獣のが重なっている。鼻の奥にこもった声、張りと伸びを含んだ発声が複数聞こえる。
「行き止まりの場所か」
「おそらく」
次の分岐に来ると、レウリファが腕を伸ばして進行を止めた。
他人を探す言葉は続いている。声は一人、鉄を打ち鳴らす音が激しい。
「首毛犬が6体。どうしますか?」
人間の膝上ほどの高さに背を見せる魔物で、丸めな耳と、しま模様の毛並みを持つ。体重も大人には届ない。
「助けよう」
振り返った顔を戻し、行き止まりの方を覗いている。
他に魔物の気配はない。戦力に余裕はある。
「雨衣狼2体を付ける」
「わかりました」
レウリファよりは雨衣狼に任せた方が良い。松明を落として、荷台から盾を取っていく。
「ヴァイス、ルト。この奥にいる人間を助けろ」
2人に分らない言葉で伝える。
「行ってくれ」
「はい」
間をはかったような返事が来た。
走っていったレウリファに、ヴァイスとルトが続く。
「近く、警戒を」
荷車にいた夜気鳥に伝えると、方向を分かれて飛ぶ。
「自分たちも向かおう」
「そうですね」
ニーシアが先回りして床に置かれた松明を拾う。火の近くは焦げが広がっていた。
道を曲がった時には、レウリファとの距離は離れていた。
「獣魔を向けます!」
奥まで100歩ほど。半分を過ぎたレウリファの声が通った。
行き止まりの角に、魔物は群がっており、相手の探索者が動いている。単一の罵声を吐きながらも、囲んでいる魔物を抑えていた。振り回される剣が壁に当たる音が何度も鳴る。
ヴァイスとルトが吠えた後に飛び込むと、獣が動く。群れが散る。離れなかった残りへ、レウリファが向かった。
2体の雨衣狼は、4体の首毛犬を反対の角に寄せていく。回り込もうとした個体は、ルトの数歩で退く。ヴァイスが突き進み、囲む様に引き下がる。牙を見せる程度で距離を保っている。一回り大きい雨衣狼でも、隙を見せるのは危険なのだろう。
こちらに来た場合に備え、荷車を止める。隣に寄ったニーシアは盾と松明を持ち、シードは荷台の前に移動した。
襲われていた探索者は2人組らしい。立つ者と壁にもたれている者がいる。途中の床に血痕があるため、怪我人のようだ。魔物が離れた事で、剣を持つ腕の動きが少なくなった。
レウリファに攻撃を仕掛けた1体が距離を取る。振り下ろした剣は戻された。
もう1体が、せまった横薙ぎを避け、2体が分かれる。先手を狙った首毛犬は次を狙わず、足を止めていた。鼻辺りの茶毛から赤い筋が目立っている。
姿勢の低いレウリファが払った剣で突きを放つ。2撃目は顔に当たり、ひるんだ首毛犬が引く。追い付かれて蹴りを受け、前足が床から離れる。後ろ足で支えきれず、体勢を崩す。首を踏みつけられて、剣が突き立てられた。
積極性を欠いていた1体が、近付くレウリファから逃げ回り、最後に突進を見せた。突き付けられた盾にぶつかり、体をそらされ、横腹を切られ、剣が刺さる。横向きに倒れた隙に、顎の下を踏みつけられて、動きを止めた。
雨衣狼の方も待つ間もなく、戦いは終わるだろう。4体の内、2体は顔や首が血濡れて倒れている。質の違う声も少なくなった。
残りも逃げ回るだけで、茶毛が度々灰色に隠される。入れ替わりに近寄る雨衣狼が片方の首を咥えた。比較小さな体は、垂れながらも抵抗する。下半身を揺らし、四肢が荒ぶる。
ヴァイスが首を横へ振り、首毛犬が床に引きずられる。倒れながら足を振ってあがく敵を咥えたまま、胴体を踏んで顔を振り回す。離された後は、わずかな抵抗も見えない。
こちらに逃げようとした最後の一体は、ルトが追い駆ける内に壁側に寄っていき、太腿あたりに噛みつかれた。動きが悪くなると、回り込まれたルトに首を深く噛まれて、倒れた。
通路の行き止まりの方は、血の汚れが多い。怪我人を手前に移動させて、休憩した方がいいだろう。
「夜気鳥は戻ってこい」
振り返って待つと、鳴き声を出さずに荷台へ帰ってきた。
「向こうに着いたら、お湯を作りますね」
ニーシアに後ろを任せて、レウリファへ近づく。




